冬至
~ 十二月二十二日(水) 冬至 ~
※
よくものを知って、よく覚えてること
「とーじ? 凜々花知ってるよ! いちんちが一番短い日!」
「おおごと……」
地球の自転周期を夏冬で変えてしまう、神のような我が妹に。
畏れ多くも
「速さは変えないで……。ちょいとこう、傾きを変えるだけでお願いしますと
「よきにはからっちゃうよ?」
「よかった……」
ここのところ見当たらなくなった忍者の姿。
絶対に気を抜いちゃダメだと言う俺の意見を聞かず。
同じ電車で帰って来たのには。
まさかこんなわけがあったとは。
「舞浜ちゃんとお買い物ー!」
「わりいな。結構待ったろ」
「だいじょぶ! さっきまでハルキーと、通りすがりのおっさんの暗いトラウマ想像して遊んでたから!」
「おっさんと春姫ちゃんに謝れ」
そばにいたら爆笑してたことだろうが。
後から聞いたらただの酷い遊び。
でも、面白いこと聞いた。
今度授業中暇なとき。
先生の暗いトラウマ想像して遊ぶことにしよう。
……駅で待っていた凜々花と合流して。
どうして待っていたのか聞いてみたら。
今日の夕飯の買い出しを。
一緒にしたいとのことらしい。
そう言えば、年末に。
お袋に連れられて買い物に出たことがよくあったな。
滅多に無かった貴重な体験。
それがこいつにとってのトラウマか。
あるいは、幸せな記憶なのか。
「今夜は舞浜ちゃんが作ってくれるんだよね! 楽しみ!」
「おかず……。なにがいい?」
「舞浜ちゃんの作ってくれるもんなら何でもいい!」
「……どうしよう立哉君。あたし、天使と出会った」
「神から格下げになったな」
「そ、それより天使様。冬至って言うのはね?」
スーパーまでの道すがら。
天使様に、秋乃が冬至の意味と仕組みを説明して歩く。
こういう記憶は一生残ることだろう。
凜々花よ、一つ大人になれて良かったな。
「ふむふむ。……舞浜ちゃん。今のひょっとして、おにいから教わったん?」
「あ、あたしの知ってることは、ほぼ全部立哉君から教わった事……」
「おおげさな」
確かに俺が教えたものだけど。
いいんだよ、受け売りって行為は。
自分の中にしっくり来たから。
誰かに話したくなるという当然の心理。
しかも世の中にあふれる言葉のほとんどすべてが。
誰かの受け売りなわけなんだから。
スーパーに入って。
買い物かごを肘にかける秋乃。
お前はこれからも。
どんどん受け売りを語るがいい。
でも、そんな先生と。
より長く暮らしてきた凜々花だ。
こいつに教わる物の方が。
多いかもしれねえけどな。
「んじゃ、凜々花もおにいから教わったの教えたげる」
「うん」
「とーじに食うと良いもんがあるんよ!」
「じゃ、じゃあ。今夜はそれでご飯作ってみよう……」
そうそう。
随分前に教えてやったっけな。
凜々花も、俺から教わったことを。
自慢気に披露して歩いてやがる。
「まずは、こんにゃく!」
「そうなんだ……。たしかこんにゃくはお豆腐の棚に……」
「小豆!」
「え? それも?」
「カボチャ!」
「え? え?」
「はんぺん!」
「ク、クイズ形式? どれが正解?」
「クイズじゃねえ。全部正解だし、まだまだ出て来るぞ」
「え? え? え? え?」
こんにゃくと小豆粥。
それにカボチャは有名だ。
そしてはんぺんに代表されるが。
冬至には、『ん』の字が二つ付くものを食うのがいい。
それを凜々花に教えたのは俺だが。
俺はこのことを。
お袋から教わったんだ。
絶対に忘れることの無い。
小さな頃の思い出。
『ん』の字が二つ。
まるでゲームみたいで楽しくて。
スーパーの中を歩きながら。
笑顔のお袋と捜し歩いた。
いくつも見つけては、お袋に褒められて。
五つ目を見つけてかごに入れた時。
チョウチンアンコウなんてどう料理する気だってすげえ叱られて。
トラウマになったんだ。
「……スーパーの床に正座させられたんだ。一生忘れねえ」
「な、なんのこと……?」
「何でもねえよ。それよりさ、お前これだけの具材かごに詰めて、どう料理する気だ?」
「ピピー覚えたから。どんなものでも食べれるようにできる……」
ピピーって。
まあ、そうだけど。
親父たちが使ってた時代と違って。
チンって音はしないわな。
でも、なんでもかんでもレンチンしたら食えるとか。
どの口が言う。
この前、板チョコのアルミ外さずにチンして雷撃発生させたこともう忘れたのか?
「じゃあ、買い忘れ……、ない?」
「えと、何か忘れてるような気が……?」
どんな料理を食わされることになるのやら。
不安ばかりが残る籠の中。
でも、今夜は秋乃が作ると豪語してたからな。
口を挟もうもんなら膨れさせちまう。
「買い忘れ? ……まだ、みんなで買い物していたい言い訳?」
「えへへ! ばれた?」
「……どうしよう立哉君。妖精さんと出会った」
「どんどん格がさがってるぞ?」
厳密に。
妖精と天使とどっちが上かなんてものはないだろうけど。
大抵、ゲームとかじゃ。
天使の方が強いだろ。
「そ、それじゃあ、お姉ちゃんが凜々花ちゃんの忘れたもの当ててあげる……」
「まじで!?」
「凜々花ちゃんが忘れてた、冬至に買う物……。これ」
「おお! それそれ! さすが凜々花の舞浜ちゃん!」
秋乃が手にして。
買い物かごに入れたもの。
それは。
柚子だった。
……非常識だの世間知らずだの。
散々ばかにして来た秋乃も。
俺や、みんなと接してるうちに。
世間ずれしないようになってきたのか。
そんな姿が嬉しい反面。
ちょっと寂しい気持ちになるのは。
親心というものなのだろうか。
あるいは。
独占欲から来るものなのだろうか。
レジへ向かう二人を見つめていた俺の耳が。
喧騒で満たされる。
いつかこうして二人の声が遠くなり。
離れ離れになってしまうのか。
そんなのは嫌だ。
でも、止める事なんかできやしねえ。
なぜか足が動かなくなって。
一人取り残された俺。
せめて二人の会話を。
なんとか聞き取ろうと耳を澄ますと。
「やっぱこれがねえとな!」
「うん。ご飯の後には、デザートが無いと……」
「うはははははははははははは!!! 食うんかい!」
……なんだ。
やっぱり常識知らずじゃねえか。
俺は帰り道の間、ずっと。
柚湯の起源と効能について、知りうる限りのうんちくを披露しながら。
ご機嫌で歩くことになった。
……でも、そんな夜。
お世辞にも上手と言えない秋乃の料理を堪能した俺と凜々花が洗い物を始めると。
秋乃は、最近よく見かける。
複雑な表情で寂しそうに肩を落としていたのだった。
これって、もしや。
ひょっとしてお前……。
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