飛行機の日

 ~ 十二月十七日(金) 飛行機の日 ~

 ※時期尚早じきしょうそう

  まだ早すぎたんだ。




「保坂ちゃん。クリスマスはまだ先よん?」

「そんなの分かっとるわ」

「すげ~。ケーキが詰まってる~」

「なんて弁当持ってきてやがるんだお前」

「ほう? 甲斐には、これが弁当に見えるのか? クリームがおかずでスポンジがごはんのイチゴ丼だとでも言う気か?」

「……悪かったよ。泣くこたねえだろ」


 ちょっとした対抗意識。

 そんなの出さなきゃよかったぜ。


 でもな。


 全部なんて食えるはずもない。

 弁当箱一杯に詰まったショートケーキを。

 尻尾を振りながら頬張るお隣りさん。


 舞浜まいはま秋乃あきのには誰も突っ込まない。


 もちろん、こんなご機嫌な女の子をしょんぼりさせるやつなんかいやしねえだろうけど。


 真に男女平等を唱えるためには。

 まず、レディーファーストって言葉を廃止するべきだ。


「ほら見ろ。こんなの誰も食わねえってみんな言ってるだろ」

「だ、だったらあたしが貰おうかな……」

「そういう意味じゃねえ」


 完全否定の厳しい言葉も。

 とんちで乗り切りやがって。


 …………え? とんちだよな?

 みんなの弁当箱覗き込んで。

 ケーキじゃないからって俺をにらんでるわけじゃねえよな?


「た、立哉君……。食が進まないようだけど」

「あたしが貰おうか? とか言い出す気じゃねえだろうな」

「……わたくしがいただいてもよろしくてよ?」

「ふざけんな。身体に悪いわそんなに食ったら」


 納得いかない弁当だが。

 ここで食わなきゃ、こいつはフォークをこっちにまで伸ばしそうだ。


 仕方が無いから食い始めたが。

 こんなの三口で十分。


 ああ、白飯食いてえ。



 ……いつものように。

 みんなの笑いが浮かぶ教室の左後ろ。


 でも、今日の笑顔は。

 にやにやしてて腹が立つばかり。


 こんな時には。

 違う話題に逃げるが吉。


「そうだ。打ち上げの場所決まったのか?」

「いや……。それがまったく」

「俺~。場所はどこでもいいけど~。鈴村とかしまっちゅとか呼ばね~?」

「呼ばねえよ。誰が来るんだそんな罰ゲーム」

「ひで~!」


 よしよし、誘導成功。

 みんなは今日のテスト打ち上げ会について話し始めた。


 そんな中。

 秋乃がケーキをもしもし食う姿を、ぼーっと見てたきけ子が。


 変なことを言い出した。


「今日、テストの打ち上げしようって言ってたけどさ、フライングでクリスマス会やらない?」

「ひ、飛行機借りるの?」


 ……もとい。

 もっと変なことを秋乃が言い出した。


「きゃはははは! 飛んだ!」

「フライング違い~!」

「舞浜は頭いいと思ってるんだが、壊滅的に言葉を知らんな」

「まったくだ」


 みんなに突っ込まれても。

 当の秋乃はきょとんとするばかり。


 さすがにこれは。

 笑わせようとしてやったことじゃなさそうだ。


「ああ……。フライングって、そっちか……」

「当たり前なのよん!」

「で、でも、飛行機でセレブなクリスマス……。ちょっと憧れる……」

「そうなのか? 景色を眺めるだけなら高層ビルの方が良くねえ?」

「ちっちっち! 保坂ちゃんは分かってないのよん! 実態よりもうわべの高級感に憧れる時が女子にはあるの! ねえ、優太!」

「……スルー。あるいはノールック」

「そんなバスケテクで逃れられるとでも?」

「勘弁しろよ。いいだろ、普通の旅行プレゼントしてやるんだから」


 そこまで言って、慌てて口をつぐんだ甲斐だが。

 そりゃ手遅れってもんだ。


「え~!? お前らひょっとして……」

「そうよん! クリスマスに大阪旅行!」

「食い倒れてえんだってさ」

「楽しみー! ってわけで、みんなとフライングクリスマス会したくなったって訳なのよん!」

「ああ……。なるほどな」


 去年はみんなで過ごしたけど。

 今年はバラバラになりそうだな。


 それならクリスマス会ってのも確かに悪くないが。

 でも、どこでやったもんか。


「キッカ。ケーキが食える店ならいいのか?」

「そうね! それがマスト!」

「喫茶店とか~? そんなら駅前にいくつかあるけど~」

「だが、打ち上げ感がまるでねえな。どう思うよ立哉」

「……これ以上、俺にケーキを食えと?」


 未だ半分以上残した弁当箱を見つめて。

 みんなが苦笑いを浮かべる。


 それにこいつにだって。

 これ以上甘いもん食わせるわけにゃいかねえ。


「アクティビティがいいよな?」


 俺は、秋乃に半ば強制的に運動させようと誘導してみたんだが。

 こいつは、最後の一口をよく噛んでから飲み込むと。


「駅向こうの、天つなさん……」


 意外な提案をして。

 みんなの顔を驚きのそれに塗り替えた。


「え? なんで?」

「行きたかったの~?」


 至極当然のみんなの反応をスルーしながら。

 秋乃は、俺の料理道具を机に並べると。


「た、立哉君。ケーキの天ぷら、作って欲しい……」

「は? ……アイスの天ぷらなら聞いたことあるが、ケーキ?」


 意味が分からんが。

 秋乃が言うなら、まあやってみてもいいか。


 最近は料理の必要が無いから。

 限られた食材しか持ち歩いてねえけど。

 小麦粉ならあるし。


 俺は、自分の弁当からケーキを適当なサイズに切って。

 小麦粉をまぶして、油に入れる。


 そして出来上がったケーキの天ぷらを。

 秋乃の前に出したんだが。


 こいつ、一口齧るなり。


「うわ……。こ、これは美味しくない……」

「そんな恨みがましい目で見るな! 自分で揚げろって言ったんだろ!?」


 なんだよ、ただの思い付きだったのか?

 それにしたって、なんでこんな変な事思い付いたんだ。


 みんなが疑問に思いながら。

 秋乃のことを見つめていると。


 こいつは、嫌々って文字を顔中に張り付けながらもう一口齧って。


 ごめんなさいと、俺に皿を突っ返してから。


「だって、みんな楽しみだって言うから……」

「なにが」

「クリスマスのフライング」

「うはははははははははははは!!!」


 未だに、フライングの意味を理解してなかったことを。

 みんなに暴露した。


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