紙の記念日


 ~ 十二月十六日(木) 紙の記念日 ~

 ※巾箱之寵きんそうのちょう

  常にそばに置くほど大切にするもの




 ダイニングテーブルを埋め尽くす。

 紙、紙、紙。


「あけましておめでとうございます……」

「ことしもよろしくー、っと」


 テストが終わった日に、まっすぐ家に帰って。

 凜々花と二人で年賀状作成にいそしんでいるのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今時珍しい手書きの年賀状。

 色鉛筆を駆使して、一枚一枚見事な絵を描いて。


「これ、貰ったやつは嬉しいだろうな……」

「そ、そう? 立哉君にも書くね?」

「手間だろうし、いらないって言いてえとこだが。これなら欲しいな」

「手間じゃないけど……。でもこの場合、不思議なことになる」

「なにが?」

「送り先と差出人の住所が同じになる……」

「お前、ここの住所にしちまったの!?」


 慌てて一枚、虎の絵柄を裏返すと。

 未だに宛名は書かれていない。


「こっち面は後から……」

「実家の住所にしろよ!」

「え? それでここにお返事届くの?」

「晴れ着を着たフランス人形が届けてくれるから安心しとけ」


 そうなんだと頷いた秋乃だが。

 お前、警戒心が薄くなってきてねえか?


 万が一これが親父さんの目に触れたりしたら。

 ショットガン持ってうちに乗り込んで来るに決まってる。


 そんな心配を、俺がしてるとも知らずに。

 凜々花と一緒に正月の歌を口ずさみながら。


 楽しそうに絵を描いてるけどさ。


「しかし、全部絵が違うのな」

「うん」

「どうやって決めてるんだ?」

「り、凜々花ちゃんと順番こ……」

「は?」


 変なことを言いながら。

 秋乃が、凜々花の書いた絵葉書と交互に並べているんだが。


「……ね?」

「なにが、ね、なんだよ」

「しりとり……」


 そんなバカなと思いながら。

 よくよく見てみると。


 羽子板

 宝船

 年賀状

 丑年

 しめ縄

 和服


「つ、つぎ……。く……。く……」

「いや待て待て。見事なのは認めるけど、凜々花の方に試合終了のホイッスルが聞こえずに未だにピッチに立ってる牛がいる」

「アディショナルタイム……」

「ねえわ。もしそうなら、お前には一月二日に年賀状が届くことになるけどそれでもいいのか?」

「二日は、配達無いよ?」

「そんな話はどうでもいいが、二日も配達してくれていいとは思うがどうして休みなんだろ」

「特定の地域外のお宅に届けなきゃいけないから?」

「届くわ元日に。離島にお住まいでも」


 あれ?

 何の話してたんだっけ?


 いつもよりテンション高めの秋乃の受け答えのせいで。

 意味が分からなくなった。


 ……しかし。

 どうしてこんなにご機嫌なんだろう。

 

 その理由に、一つ思い当たることがあるにはあるんだが。


 正解を耳にしたくはないな。


 だって、去年のこの時期も。

 秋乃がご機嫌だった理由って。


「あのね? 二十四日が楽しみなの」

「………………へえ」


 やっぱりそうか。

 毎年恒例だって言ってたもんな。


「今年もクリスマスは東京なのか?」


 去年、散々な目に遭ったクリスマス。

 やたらセレブな立食パーティー。


 その後、家族みんなでホテルに泊まって。

 こいつは、幸せな時間を過ごしたって訳だ。


「ううん? 街の方に、大きなホテルあるでしょ?」

「ああ、俺がいつか買い取ってやるって言ってるあれか」

「そこ。まだ立哉君が買う前だから、割引できないね……」

「知り合いだって値引かねえ。でもまじか。あんなとこ泊まるのか」

「ケーキが絶品なんだって。ここ最近、ずっと夢に出てきたほど楽しみにしてる」


 どれだけ酷いことされても。

 どれだけ離れていても。


 秋乃にとっては最愛の親父さん。


 そんな親父さんと過ごす時間とケーキが楽しみと聞かされては。



 ちょっと腹が立つ。



 ……ふむ。

 ならば、反撃の意味も込めて。


 お前を無様に笑わせてやるぜ!



「じゃあ、ケーキ作ってみるか?」

「ケーキを作る……、だと?」

「なんで劇画風」


 今、この一瞬。

 親父さんのことを忘れて俺を見上げてくれたことに優越感は抱いたけど。


 そこまで食いつくとは正直思っていなかった。


 だが、チャンスは生かさねえと。

 俺は思い付いたネタを早速披露することにした。


「じゃあ、今から作るぞ? お前も手伝え」

「ケ、ケーキのためならば何なりと」

「まず、器を用意します」


 そんなセリフと共に。

 テーブルの上に置いたもの。


 それは。



 弁当箱。



「お、お弁当にケーキ……! すてき!」

「え!? いや笑えよ!」


 冗談が通じない。

 いやそれどころか。


 次の工程は何でしょうと言わんばかりの期待の眼差し。


 しまった。

 これ、ほんとに作ることになりそうなんだが。


 嫌だぞ俺。

 昼飯がケーキなんて。


「あの……、な? 今のは、その……」

「おにい! 凜々花も味見したげるからはよ作って! 十個!」

「八個は味見と言わん」

「だ、大丈夫……。あたしも二個までなら味見可能……」

「六個でもダメ。いや待て、二個も味見のレギュレーションに違反しとる」


 どうにか反撃したいところだが。

 さっきまで歌ってた正月ソングがクリスマスソングに変わっちまった二人を説得するなど不可能だ。


 やれやれ、仕方ない。

 今からイチゴを買ってきて。

 三人で作るとするか。


「じゃあ、材料買って来るから。お前らは年賀状終わらせとけ」

「合点承知のこんこんちき! 舞浜ちゃん、早く書いてよ! 凜々花、続き書けない!」

「そ、そうだった。く、だったっけ……」


 困ったなあ。

 最愛の妹と。

 最愛の女子。


 どうあっても。

 甘やかしちまう。


 しめるところはしめねえと。

 俺は、そう心に誓いながら。


 コートを羽織って財布を持って。

 買い物前に、一旦ダイニングに顔を出したんだが……。


「うはははははははははははは!!!」


 テーブルの上を見て大笑い。


 そんなテーブルの上に乗っていたもの。

 秋乃が年賀状に書いていたイラストは。



 クリスマスケーキ。



「痛んどるわ!」

「み、見事な突っ込み……」

「き、ね! き……、き……。教会!」

「神社行け神社!」


 このとんちんかんな年賀状。

 願わくば、洒落の分かるヤツの所に届きますように。


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