年賀郵便特別扱い開始日


 ~ 十二月十五日(水)

 年賀郵便特別扱い開始日 ~

 ※大隠朝市たいいんちょうし

  本物の隠遁者は

  俗世間に紛れて暮らす




 毎年、夏と冬の二回。

 凜々花のテンションが爆上がりする日が訪れる。


「じゃあ、ハルキーに見せて来る!」

「待て待て! まだ朝の五時だぞ!? 迷惑にも程が……、行っちまったか」


 夏にはセミの抜け殻付きの暑中見舞いが届いたから。

 今回はミノムシでも張り付いていたのか?


 なんにせよ、部屋に全部飾るほど大好きな婆ちゃんからの手紙。


 年に二回。

 まったく時期を間違えた暑中見舞いと年賀状。

 

 ご機嫌に自慢する凜々花の姿を見て。

 寝ぼけまなこのまま苦笑いで相づちを打つであろう春姫ちゃんが不憫でならん。



 さて、凜々花ほどの反応はしないものの。

 俺も毎度楽しみなんだ。


 達筆すぎて、読み解くのに難儀な筆文字が。

 今日は、俺にどんな格言を与えてくれるのやら。



 ばあちゃんな、おもうん。

 見て欲しいって思うんが人。

 見て欲しくねえって思うんが悪人。



 おお。

 確かに。


 誰だって自分を見て欲しいと思うのが普通の感情。

 見て欲しくないと願う、俺たちの行為は悪人のそれ。


 あのバカ親父が送り付けて来るエージェントから。

 こそこそと逃げるのに、どこか背徳感を覚えていたところなんだ。


 しかし毎度、人が直面してる状況をよくもまあ言い当てるな。


 これはあれか?

 占い師の手口か?



 ばあの頑張ってる姿、誠実な姿は、みんなが見てくれるん。

 んだからな、きっと立哉ちゃんは、ばあの真似すると良いん。



 ほうほう。

 真似ってなんだ?



 夏はしみーず一枚で歩くと良いん。みんな見るん。



 …………しみーずってなんだ?


 まあ、どうせろくなもんじゃねんだろう。

 だって、行数的にオチのタイミングだし。



 んでな、悪さが染みておてんとさんから逃げようもんは、しまいにゃ見つかるん。

 世の中、そううまくできちょらん。



 う……。

 まあ、そうだな。


 根本的に解決しねえと。

 いつか、秋乃が家にいる事がバレるだろう。


 でも、毎度おなじみのばあちゃんの手紙だ。

 なにか上手い解決策が書かれているはず。


 俺は、今までの奇跡を信じて。

 難読文字へ挑むと。



 だってよう。木を隠すんは森ゆうが。

 悪人は人混みを抜けよるからな。

 ほんじゃばれるばれる。



「おお! さすが婆ちゃん! よし、さっそくその作戦を使わせてもらおう!」


 俺は携帯を操作して。

 数少ない登録者へ、のべつ幕なしメッセージを送ると。


 まだ早朝だったから。

 返事は数名だけ。


 しかも全部が。

 クレームだったりした。


「…………すまん、婆ちゃん。俺、森なんか持ってなかった」


 詫びと共に、残る数行に目を走らせる。

 ひょっとしたら、こんな俺にも使える作戦があるかもしれない。



 でもなあ。ばあは思うんじゃけど。

 ばあが木ぃ欲しい思たら、森に行くん。


 ぽつんと一本杉なんて、だあれも見向きもせん。

 じゃから、こんはなしを最初に言うたやつ、バカなんじゃねえかって。



「うはははははははははははは!!!」


 すげえなやっぱこの人は。

 数少ない世の真理を完全否定。


 でも、今度ばっかりは……。


「お、おはよ……。どうしたの、大声で笑って……」


 この、寝ぼけまなこで二階から声をかけて来た。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 こいつを一人で。

 家から出す訳にはいかねえんだ。


「いや、なんでもねえ」

「ほんと?」

「まあ、しいて言うなら……、有難い神の教えにも首をひねることがあるって話だ」


 そんな言葉の意味を理解できず。

 いや、理解しようともしないで。


 秋乃は部屋に戻って。

 二度寝した。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「おお……。涙が止まらねえ……」

「途中で降りろとか、鬼なんですけど!」

「あたしなんか逆方向……」

「私もよ! 電車賃、請求するからね!」

「別に保坂のためじゃないから!」

「ツンデレ?」

「「「ガチ!!!」」」

「それはそれで涙が出そう」


 早起きしたせいで。

 今日は、俺の方が先に家を出ようとしてみれば。


 まあ、集まった集まった。

 クラスの女子の内、連絡先知ってる全員が。


 秋乃の登校時刻に合わせて駆けつけてくれた。


「これなら隠せるな……。おい秋乃、今日はみんなの真ん中に隠れて堂々と家から出れるぞ」

「隠れて堂々? 変なの……」


 慌てて準備を済ませた秋乃が。

 小声でみんなにお礼を言うと。


 みんなは任せておけと胸を叩いて。

 秋乃を隠すために団子になって駅へと向かう。


 バカ親父がさし向けた三人目のエージェントが忍者ルックで俺たちの後を付けて来るんだが。


 こいつがなかなかどうして。

 馬鹿げた姿の割にはいい仕事をする。


 おかげで何度か秋乃が見つかりそうになったほどなんだが。

 そんなこいつも困り顔。


「よしよし。作戦成功!」


 ……だが、喜んでいられたのも。

 朝のうちだけのこと。


 この作戦には。

 致命的な欠陥がいくつもあった。


 さすがに今日だけにしろという。

 当然の罵声により連射不能だし。


 みんなの交通費が意外な大金になったし。


 それに。


「……さて、立哉さん。この件についてご説明願えますか?」


 家に帰るなり。

 氷の目をした裁判長。

 春姫ちゃんに正座させられ。


 『十数名の女子に囲まれて登校するハーレム気取り高校生現る!』


 そんな地元ニュースを見せられながら。

 一時間ほど説教を食らった。


「……では、最後に。私の気がおさまるまで、立哉さんは廊下に立っていなさい」

「やはり悪人の末路はこうなるのか!」


 俺は、ダイニングテーブルに置かれたままのばあちゃんの手紙をにらみつけながら。


 学校のいつもの場所へ向かった。

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