ブリの日
~ 十二月二十日(月) ブリの日 ~
※
出世を願う
先週堪能した。
フライングクリスマス。
それに味をしめたこいつは。
「お前らは盛大にクリスマスパーティーするだろうが」
「立哉君とも凜々花ちゃんとも、パーティーしたい……」
そんな嬉しいことを言いながら。
珍しく炭酸ジュースを口にするが。
「いやだった?」
「いやじゃねえが、騙されねえぞ俺は」
きょとんと俺を見つめたまま。
口に運んだそれ。
お前、それ食いてえだけじゃねえか。
「チ、チーズケーキが五つも……」
「五個全部ひとりで食う気か」
スフレ、ベイクド、ニューヨーク、レア、バスク。
目の前に五つも皿を並べてご機嫌そうにしてるけど。
連日尋常じゃねえ量のケーキ食って。
心なしか丸くなったように見える。
「一つにしろ」
「え、選べない……」
「そしてケーキはご飯の後」
「待てない……」
甘いもんの食い過ぎも身体に悪いが。
それよりも、他の物食わずにいては体調崩しちまう。
俺は、嫌がる秋乃の涙に見向きもせず。
ブリの照り焼きと筑前煮。
ご飯と味噌汁を容赦なく並べてやった。
「ク、クリスマス感ゼロ……」
「文句言うな」
「ブ、ブリは出世魚だから、お正月に食べる縁起物って今朝教えてくれたのに……」
「いいから、クリスマス成分は視覚情報で補え」
ピザだのチキンだの。
そんなもの食ってたらバランス悪い。
部屋が十分クリスマスなんだから。
それで我慢しろ。
テレビの横にはクリスマスツリー。
至る所に飾られたオーナメント。
壁には凜々花と秋乃が描きまくった暖炉だの星だのトナカイだのといった落書き。
そしてお前の正面には。
「風習ニノットラナイト、集落カラ追イ出サレル」
「風習て。集落て」
美味しそうに、ブリの照り焼きを口にする舞浜母が。
今日はほっかむりを外して。
輝くほどの美貌をあらわにしているんだが。
「シカシ世界広シト言エド、コンナ勘違イノ風習、日本ダケ。ナント奇怪ナ」
「いや。日本は勘違いしていない。勘違いしているのはおばさんだけだ」
さすがは親子。
秋乃の動きとまったく同じ。
きょとんと俺を見つめたまま。
箸を口に運んでいるけども。
日本人だって、サンタがおっさんだってことくらい分かってる。
胸元全開のコス着た女子だと思ってるわけじゃねえ。
しかしおばさん。
すげえ美人さんなのに。
ファーの付いたサンタコス。
チューブトップから二つの天体が北半球をさらしているせいで……。
ぱしゃ
「お年玉が増えて仕方ねえ」
「違うよ!? ねえおにいちゃん、これ以上写真撮らないで!」
「じゃあおばさんの方見るなエロ親父」
「ほんとに違うんだって! 僕にそんな度胸あるわけな」
ぱしゃ
「もう、お金はいいからお袋に送ろうかな」
「許してくださいおにいちゃん!」
ええいうっとうしい。
飯食ってる時にすがりつくな。
俺たちのみっともない騒ぎを見て。
春姫ちゃんが苦笑いしてるじゃねえか。
「すまねえな、やかましくて」
「……とんでもない。賑やかで、実に楽しい食卓だ」
「そう思うなら、たまにはお袋さんと食いに来い。保坂家は大体いつもこんなだ」
「……部屋の飾りつけもか?」
「それはねえが……、おい秋乃。ほんとに壁の落書き消えるんだろうな」
秋乃に訊ねると。
返って来たのは自信満々な頷き。
こいつがそう言うんじゃ大丈夫なんだろうけど。
それにしたって、そこいらじゅうに星やらツリーやら描きまくりやがって。
「あと、夜光塗料も塗ってあるみたいだけど、あれはなんだ?」
「そ、それはまだナイショのサプライズ……。あと何日か待ってて欲しい……」
サプライズねえ。
何日かねえ。
おおかた、メリークリスマスとか。
文字が浮かび上がるんだろうけど。
サプライズが来る前に。
絶対目にしちまう。
まあ、気付かねえフリしといてやろうか。
それが男の甲斐性ってもんだ。
「さて、料理が多いから。食い終わった皿から洗っちまうか」
「……よし、私も手伝おう」
「お? ゲストを働かせて悪いな」
「……好きでやるのだ。謝罪ならいらんよ」
そんな言葉を裏付けるかのように。
嬉しそうについてきた春姫ちゃん。
家事についてはスーパーガール。
皿洗いも実に手際がいい。
「秋乃と離れて暮らすの初めてだろ? 寂しくないか?」
「……そりゃあ寂しいさ。私もこちらに住んでいいか?」
「お袋さんが寂しいだろ」
「……では、お母様も一緒に」
「どんな状況だよ」
そんな突っ込みに。
春姫ちゃんは、随分普通になった笑い声をあげる。
喘息の方も、発作が少なくなったと聞いているし。
良くなってきているのかな。
「さすがだな、洗い物、手際良いな」
「……褒められた」
「嬉しいのか?」
「……それは、まあ。褒められて嬉しくないものなどいるまい」
そう言って微笑んだ春姫ちゃんの笑顔が。
ふと曇る。
一体どうしたんだろう。
そんな思いが顔色に表れたのか。
春姫ちゃんは、俺の顔を見るなり。
肩をすくめて、訳を話してくれた。
「……いや、洗い物をして寂しい顔をされたことが一度あってな。ショックだったから、ずっと胸に引っかかっている」
急に聞かされた。
春姫ちゃんのトラウマ。
「で、では! もっとクリスマス感を出そうと思います……」
「舞浜ちゃんが準備してたやつ!? すげーすげー! はよやって!」
「部屋に仕込んだ機械の数々をフル回転! 音楽と照明で、ここにクリスマスを召喚します!」
「おおおおお!」
ダイニングの方では。
秋乃がなにやら芸を披露しようとしているようだが。
今はそれどころじゃねえ。
「洗い物をしたのに寂しい顔された? 相手は秋乃か?」
「……ああ。お姉様は滅多に洗い物などなさらないが、こうして並んで洗い物をするのが夢でな」
「うん」
「……いつだったか、お姉様がシンクの前に立った時に手伝ったのだ。その時、怒ったような悲しいような、そんな顔をされたのだ」
なるほど。
春姫ちゃんの見た顔を。
俺も最近、二度ほど見ている。
何か共通点があるに違いない。
俺は、その答えを見つけ出そうと頭をフル回転させて……。
「スイッチ! オン!」
バツンッ!!!
そして。
機会をフル回転させた秋乃がブレーカー落としたせいで。
思考が全て吹っ飛んだ。
……さらに。
「うはははははははははははは!!! クリスマスじゃなくて、正月召喚しやがった!!!」
真っ暗な部屋に夜光塗料で浮かび上がったのは。
もう数日隠したかったはずの。
やたらリアルなブリの絵だった。
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