有機農業の日
~ 十二月八日(水) 有機農業の日 ~
※
自然のまま、ありのままに生きる
思えば。
クールでお高くとまったお嬢様って認識が初めて破壊されたのは。
「んどっこいしょ」
この。
農業体験からだったな。
学校裏手の畑じゃなくて。
ご近所の本格的な畑の一部を借りて。
秋に植えたチンゲン菜。
土の付いた採れたてに。
「おいやめとけ」
頬ずりしているのは。
食育って言葉はそれなり最近できたものらしいが。
その意味の内、半分はこいつに全く必要ない。
愛情をもって育てて。
天災や病気から守ってあげて。
そして収穫を迎えた今。
「こ、これ、明日のおかずにしよう……、ね?」
しっかりと感謝して。
美味しくいただくということを理解できている。
……まあ。
食育の二つの柱のうち。
残りの半分は未だに酷いもんなんだが。
「それで、どうやって料理するの? このゲンゲン菜」
「良かったよそっちに転んで」
「え?」
未だに食材の名前があやふやだ。
昨日、何品も当てたのはただの偶然か。
しかし、繰り返したのが後半で良かった。
前半二文字を繰り返してたら大事だ。
二分の一を引き当てるその強運は素晴らしい。
思えば、こいつ。
相当強運だって気がして来た。
いつもぽわぽわ生きてるくせに。
他人の助けを受けて、なにも問題なく過ごしてる。
幸せな奴だと、恨みがましく眺めていたら。
秋乃は急に駆け出した。
「なんだ?」
そんな秋乃が向かった先は。
夢野さんの元。
ああ、そうか。
なんだ、そういう事だったのか。
「秋乃ちゃん、ありがとー。包帯汚れちゃうからどうしようって思ってたー」
「つ、突き指してたなって思い出した……」
「たすかるー。うれしー」
「あたしも、もう一回ゲンゲン菜抜けて楽しい……」
「なにそれー。チンゲン菜だよー?」
「さ、最初の二文字がちょっと抵抗あって、わざと間違えてる……」
「あー。ピュアピュアな感じー?」
「そう。ピュアピュアな感じ……、かな?」
まるで聞こえやしねえけど。
楽しそうに話しながら手伝って。
お前がみんなから貰う幸せは。
そうやって、配って歩いた分のお礼に過ぎないんだな。
「……情けは人の為ならず、か」
「だったらあたしを助けるのよん! 秋乃ちゃんいなくなって戦力ダウンなんだからサボるな!」
そう言いながら。
靴で俺の尻を蹴るきけ子の言う通り。
とっととやらなきゃ終わらねえ。
「そもそもあのギリシア原産の緑黄色野菜はどこ行ったのよ!」
「一株抜いた後、自分のためにこれを一番おいしく料理してくれる女子を探すんだってどっか行っちまった」
「ああ、そんなら行き先だけは分かるわよ」
「ほんと? どこ?」
「NASA」
「…………地球上にはいないと?」
さすがにそれは可哀そう。
などと、体験学習苦手な俺が思うはずもなく。
こんなの、八百屋に行けばいくらでも売ってるのに。
なんでこんなに苦労せにゃならんのだと。
折角の授業をフイにする感想を抱きながら。
きけ子に並んでチンゲン菜を引き抜いた。
……なんで体験学習で。
ここまで本格的な収穫作業をしているのかと言えば。
この迷惑教師が。
畑の所有者である老夫婦が難儀してるのを聞きつけたせい。
「困った時はお互い様というが、お前ら未成年は全ての先人に支えられて健康に過ごしているんだ。日頃のご恩をお返しできるいい機会を得たことに感謝して、丁寧に収穫するように」
病気で寝込んだ爺さんのことなんか知らん。
かつての俺なら一蹴していたであろうこの御高説も。
秋乃が、首がもげそうなほど頷いているのを見ると。
そう考える方が普通なのだと思い知らされる。
……損して。
得を取れず。
でも、得しないことが。
幸せなんて。
多分、ビジネスという名の戦場で日々暴れまわってるお袋に聞かせたら。
小一時間は説教食らうことになりそうだけどな。
「でも、そんな笑顔見てたら、出世ばかりが人生じゃないって本気で思えて来る」
「え? なあに?」
頬を土で汚した天使が。
畑をぱたぱた戻ってくると。
どうしてだろう。
逆に邪な感情が湧いてきた。
よし、お前のとびっきりの笑顔を。
無様にゆがめてやるとしよう。
「チンゲン菜をどう料理するか決まったぞ?」
「おお……!」
「そんな喜ばしいもんでもねえ。だってお前が作るんだから」
「こ、今夜だけは……。この子だけは、立哉君が美味しく料理してあげて欲しい……」
言いたい事は分かるけど。
愛着湧きすぎだよ。
「あたしも、どう料理したいか考えたけど、立哉君が思いついた方でいい……」
「そうなのか?」
胡麻和え。
サラダ。
オイスターソース炒め。
その辺りなら食わせてやったことがあると思うけど。
こいつが覚えているはずもない。
「どう食おうと思ったんだよ」
「夢野さんが教えてくれた……」
「炒めるの? 蒸すの?」
「そ、それは分からない……。だから、立哉君の方でいい……」
ふーん。
まあ、いいか。
俺は、軍手を外して。
携帯を操作して目当ての画像を探すと。
「こうやって食う!」
秋乃の前に突き付けた。
そんな画像は。
つやつやプリプリ。
甘く柔らかく煮込まれた豚の角煮の向こうに。
申し訳なさそうに見切れた緑色。
「……え? これ、中見は茶色なの!?」
「ああちきしょう! もの知らず過ぎて不発に終わるネタの多いこと!」
脇役じゃねえかよって笑うとこ!
人によっては食わずに残す、角煮の添え物チンゲン菜。
添え物じゃねえかよって。
笑ってくれると思ってたんだが。
「ほんと、なんど失敗すれば覚えるんだ俺のバカ!」
「え、えっと……。今夜は、これ作る?」
「作らんわ。ネタだネタ」
「あ、そうだったんだ……。それじゃ、夢野さんに教わったの作ってみたい……」
「いいぞ。煮るの? 焼くの?」
「そ、それは分からない……。でも、料理名は、ちゃんと教わった……」
秋乃は、手にしたチンゲン菜を見つめながら。
嬉しそうに料理名を口にした。
「フカヒレ」
「うはははははははははははは!!!」
それはもう。
九十パー飾り。
俺は、かかしの代わりに立たされながら。
ずっと思い出し笑いし続けた。
…………ツナ缶とチンしてとりガラスープとゴマ油。
チンゲン菜のおいしさを邪魔しない料理は。
この辺かな。
秋乃のせいで。
俺の料理す切るばかりが上がっていく気がする、今日この頃だぜ。
「こら、かかし。鳥が来てるぞ」
「いいんだよ。あいつらの方が人間よりよっぽど野菜の美味さを分かってる」
そして反省だ。
下手に手を加えまい。
さっと湯がいて。
そのまま食おう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます