クレープの日
~ 十二月九日(木) クレープの日 ~
※
隠れた在野の人材。
今回は学校都合で。
四日間で期末試験を終わらせるらしく。
その分一日の科目が多くなる。
一日の科目が多くなるという事は。
前日勉強だけでは間に合わなくなるというわけで。
だから今から。
しっかり準備しておくべきなんだと思うんだが。
相変わらず、エンジンのかかりが悪く。
昨日からようやく始めたテスト勉強。
「き、昨日頑張ったから、ご褒美……」
だというのに。
たった一日、勉強したくらいで。
報酬を貰おうとするこいつは。
そもそも勉強するのが当たり前だというのに。
自分のためだというのに。
なんだってお前は俺から褒美を貰おうとする。
「ここのとこ、帰りにどこにも寄ってないし……」
「当たり前。黒服に見張られてて、帰りの電車も別だろうが」
「で、電車は別でも途中までは一緒というのもありかと」
「ないない」
気を抜いたら最後。
下手に並んでクレープでも食べようものなら。
親父さんが斧持って襲い掛かって来るに決まってる。
俺は、秋乃お得意のおねだりポーズに心をぐらつかせつつも。
心を鬼にしながら鞄を掴んで席を立つ。
だが、こいつは。
ことご褒美に関しては諦めることを知らない。
「いい作戦を思いついたから、それを試そう……」
「いい作戦? なんだ?」
「影武者」
思い付いたも何も。
昨日、勉強前に見てた戦国武将物のドラマで見たまんまじゃねえか。
とは言え影武者か。
気にならないと言えばうそになる。
「……凜々花だってテスト前なんだ。あいつにもよくねえから、親父のお誘いをちゃんと断れ」
「はい」
「まあ、それは置いといて、だ」
「だ?」
「影武者って。……なに?」
「フィッシュ!」
これでもポーカーフェイスしてたつもりだったんだが。
餌に食いついたことはバレバレだったらしい。
かかった魚を巻き取るように。
秋乃は、言葉巧みに芝居がけつつ。
作戦を解説し始めた。
の、だが。
「こほん! まず、このどこにでもある巨大金ぴか蝶ネクタイを……」
「まてまてまて。どこにでもあってたまるか。少なくとも、我が人生で初の邂逅だ」
なんだなんだ。
冒頭から意味分からん。
秋乃が机から引っ張り出したのは。
芸人さんか司会者か。
文字通り金ぴか巨大な蝶ネクタイ。
「それを、だれがどうします?」
「これを、立哉君が首に巻きます」
「すげえ嫌」
とは言え船は出ちまった。
結論という名の向こう岸に着くまでは付き合うしかなかろう。
俺は制服のネクタイを。
蝶ネクタイのゴムに通してやって。
首元までぐいっと引き上げた。
「……で?」
「すると、それを真似したみんなが、手持ちの巨大金ぴか蝶ネクタイを……」
「うはははははははははははは!!! 仕込んでたのかよ気持ち悪いわ!」
付き合い良いというか。
バカばっかりと言おうか。
それまで、妙に静かに席に着いたままだった全員が。
揃って机から蝶ネクタイを取り出す。
「ね? どこにでもある」
「やかましいわ。それでどうする」
「これでカモフラージュ黒服も騙される」
「されるわけあるか」
半信半疑どころか。
零信全疑。
クラスの連中に、まあまあ騙されたと思ってとか言われながら。
背中を押されて学校を出てみれば。
案の定。
黒服は、俺の後ろを付かず離れずに歩いてくる。
そりゃそうだろと呆れながら肩をすくめる俺に。
金ぴかクラスメイトがまとわりつく。
そして、俺を隠すように取り囲むと。
そのまま団子になって。
「解散!」
委員長の号令で散り散りになると。
金ぴか蝶ネクタイ姿の俺と秋乃。
二人の姿はどこにも見当たらなかった。
黒服は混乱して。
手当たり次第に蝶ネクタイを追いかけて行ったが。
「…………バカな」
「しっ。……気づかれるから、しゃべらないで」
たった二人。
蝶ネクタイを、首ではなく髪につけて。
ちょうちょリボンにしているだけで騙せただと?
「今までちょいちょい、ほんとにプロのエージェントなのかと疑っていたが」
「あんなプロフェッショナルを騙せるなんて、あたし、何かの才能に目覚めたかも」
「目覚めてねえ。それはただの夢だ」
「将来の夢に、スパイが加わる日が来るなんて……」
「そういう夢じゃなくて。あと、スパイとエージェントは違うと何度言ったら分かる」
あのバカ親父。
雇うんならもっとまともなヤツにしろ。
お前のせいだからな?
秋乃が国際指名手配犯とかになったりしたら。
「じゃ、じゃあ。黒服さんをまいたから……」
「しょうがねえな。三十分だけだぞ?」
「や、やった……」
後ろ頭に金ぴかリボンを付けた高校生二人。
そんなおバカが向かった先は。
駅向こうの。
それなり広い公園だ。
「こんなとこ来たかったのかよ」
「お、お目当ては、あれ……」
「ん? ……おお。いいね」
中央の噴水のそば。
そこに出来た人だかり。
皆が見上げるピンクのバンは。
「クレープ屋台か」
「た、立哉君と来たかった……」
「そ、そうなの?」
「ひ、一人でお兄さんにお礼を言うのがちょっと抵抗あって……」
「は?」
一瞬浮かれたのに。
お礼って何のことだ?
どういう事情か問いただそうとした俺たちの前を。
お母さんに連れられた女の子が通り過ぎる。
その頭には。
俺たちとお揃いのリボンが括りつけられていた。
「ここで配ってたのかよ!」
「お願いして、沢山分けてもらった……」
「どうお願いしたら三十二個もわけてもらえるんだよ!」
「が、学校で沢山宣伝しますって……」
よく見れば。
確かに学校の連中が幾人も並んでるけど。
その全員が、揃って頭にリボンつけてる光景が。
シュールでしかない。
……俺は、列に並んだ客にリボンを付けるピエロにお礼を言って。
秋乃と共に列に並ぶ。
まったく。
お前といると、日常って言葉の定義がアミューズメントパークと同じになるな。
「小さな子には嬉しいものかもしれんが」
「いやだった?」
「これならまだ蝶ネクタイの方がましだ」
「う、移しちゃダメ……。立哉君だとバレる……」
「なわけあるか!」
「しっ! ……黒服が来た」
秋乃が俯きながら視線を向ける先。
俺もそれとなく横目で見ると、確かにヤツの姿がある。
「……さっきと同じ戦法がいいと思う」
「何の話だ?」
「きっと黒服さんは、リボンの男女を探してる……」
「違う場所に付けろと?」
呆れかえった俺の目に。
大真面目に頷いた秋乃の姿。
船はまだつかんのか。
いつまでこんな茶番に付き合わなけりゃならんのだ。
もうどうでもいいや。
それならせめてこいつを爆笑させてやろう。
俺は、リボンのゴムをぐいっと引っ張って。
頭にすぽんと、目の高さにかぶってやった。
まるで前は見えんが。
秋乃の方へくるりと向き直る。
そしてこいつが。
爆笑するのを待ってみたが……。
「おい。笑え」
「い、行ったかな……」
「黒服はいいから! こっち見ろって!」
「…………前、見えない」
「うはははははははははははは!!!」
大笑いしながら。
目のとこにくり抜きが無いマスクを取ってみれば。
正面には、俺が想定していた間抜け顔。
そして俺たちの姿を見て爆笑していた子供達の中に。
黒服が一人、クスリともしないで立っている。
「ねえ、もう行った?」
……やれやれ。
親父さんに、なんて報告されるのやら。
俺は、溜息をつきながら。
秋乃の仮面を引っ張って。
ぺちんと顔にぶつけてやった。
「いった!」
「いや? まだ行ってねえからそれ被ってろ」
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