大雪
~ 十二月七日(火) 大雪 ~
※
固い。
徳を表すが、最近はなんにでも使う。
「くしゅん!」
今朝、起きてみたら。
布団がベッドの下に落ちていて。
「くしゅん!」
健康優良が売りな俺にしては珍しく。
ちょっと風邪気味だったりする。
そんな俺を。
気遣っているのやらいないのやら。
今日は一日。
優しさと冷たさの波状攻撃。
結果としてプラスマイナスゼロ。
そんなこいつは。
「じゃ、じゃあ。黒服さんがいなくなったから、荷物持ちはよろしく……」
「おお、任せとけ」
……そして現在。
冷たさが一つ上回ったこいつは。
帰りの駅で。
すぐそばに突っ立っていた黒服のポケットから鈍い振動音。
そして携帯の画面を見るなり。
逆方向へ向かうホームへ駆けて行ったのだが。
「いつ戻って来るかわからんからな。それなり距離を取っておくように」
「りょ、了解……」
一本後の電車で帰って来た秋乃と合流して。
早速、料理を一品作るために。
近所のスーパーへやってきたわけだ。
「料理が上達する、一番重要な要素ってなんだか分かるか?」
「あ、愛情?」
「不正解。それは、たゆまず料理を作り続けるための燃料です」
「じゃあ、正解は?」
「ズバリ。食欲だ」
俺の説明を聞きながら。
ふむふむと携帯にメモを取る秋乃だが。
一つだけ言っておこう。
それがアガれないのはフリテンしてるせいだ。
「真面目に聞け」
「だ、だってまだ試合途中……」
登下校の間。
暇になったと言ったこいつに。
おすすめした無料アプリ。
電車の中。
麻雀ゲームをする女子高生。
なかなかシュール。
「そもそも、歩きながら携帯見ちゃいかん」
「だ、だから、立ち止まった時に操作してる……」
「いいからそこでちょっと止めておけ。明日、弁当で食べたいものはなんだ」
「…………立哉君の作ったもの」
「褒めたからって誤魔化すことはできんぞ? ……なんだ今の舌打ちは」
さすが、たった一日でコンビニ弁当に逃げた女だ。
料理嫌いの強度が違う。
だがここで。
負けるわけにはいかんのだ。
「年内に、簡単な料理をいくつか身につけてもらいます」
「りょ、了解です……」
「じゃあ、明日は何を食べたいか、真面目にお答えください」
「あつあつなもの」
「…………も少し絞れんのか?」
「あ、あれがあつあつで美味しかった……」
「あれじゃわからん」
スーパーへ入って。
レジかごを手にしながら口を尖らせる俺の隣で。
これでもかと眉根を寄せながら。
必死に料理名を思い出そうとしている秋乃の姿。
「どんな料理か、でも構わんぞ?」
「むむう……」
普通なら的確なヒントだろう。
でも、相手が秋乃だからな。
具材や調理法、調味料。
どうせなにも思い出せまい。
そう、思っていたんだが。
「マッシュルームとエビとホタテとベーコンと……」
「お? やるじゃないか、見くびってた」
「え?」
「こっちの話だ。マッシュルームとエビとホタテとベーコン? クリーム系のパスタか?」
「むむう……」
「そこで悩む?」
せっかく、具体的な食材をあげてポイントを稼いだのに。
こんな簡単な質問に首をひねるからマイナス点。
今日の秋乃は。
何につけてもプラスマイナスゼロ女。
「パスタだろ? でも弁当にパスタは考えもんだ」
「なんで?」
「パリパリに固まるわ」
麺はパリパリ。
ソースはもったり。
スプーンで切りながら食べる物体になっちまう。
「パリパリは、だめ?」
「パリパリがおいしい食い物ももちろんあるけど。パリパリパスタはいただけない」
「でもあれ、今までずっと考えたんだけど、パスタじゃないと思う……」
「ん?」
なんだ、間違えただけか。
じゃあ何の料理だ?
マッシュルームとエビとホタテとベーコン。
パスタじゃ無ければアヒージョか。
「それなら弁当にできなくはないか……」
「良かった……。はい、マッシュルーム」
「これは鶏だんご」
調理もめちゃくちゃ簡単だし。
油をしっかり目に切って弁当箱に入れれば大丈夫か?
「はい、エビ」
「伊勢から来た奴はダメ」
「じゃあ、ホタテ」
「マドレーヌなんかオイルに浸したら溶けてなくなるわ」
一難去ってまた一難。
料理は決まったのに、食材のお勉強会開催だ。
秋乃に、食材を一つ一つ教えて歩いて。
ようやくスーパーから出るころには、辺りはすっかり暗くなっていた。
「はくしょ! ……ずずっ」
「……これなら、あつあつ?」
俺が提げたエコバッグの中を覗き込んだ秋乃が。
最初のオノマトペを繰り返す。
そんな笑顔を曇らせるのは忍びないが。
「いや、お弁当にあつあつは求めようがない。どうあっても冷めちまう」
「そ、それじゃダメ……」
保温性の高いタイプの弁当箱。
あるにはあるが、今更準備のしようもない。
「ダメって言われても」
「でも、どうしてもあつあつがいい……」
「なんで。……はくしょ!」
「か、風邪をひいた時は、あつあつを食べてゆっくり休む……」
……予想通り。
秋乃の笑顔は曇っちまったが。
そんな心配顔と引き換えに。
俺の心には笑顔の花が咲いた。
これひとつで。
今日の優しい冷たいシーソーは。
片方に軍配が上がったってわけだ。
「……大丈夫だよ。これはただのポインセチア花粉」
「ア、アレルギー?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ、冷たくても平気?」
「ああ。パリパリパスタだって平気」
そんな返事に。
肩をすくめた秋乃には。
俺の姑息なウソなんて。
バレバレだったようだけど。
でも、わざと騙されたフリをして。
にっこり笑ってくれたんだ。
「そういう事なら、冷めてても平気……、だね?」
「そうだな。今夜のうちに作るぞ、マッシュルームとエビとホタテとベーコンで」
「うん」
「アヒージョ」
「チーズフォンデュ」
「うはははははははははははは!!!」
まさか間違ってたとは!
いや笑い事じゃねえ!
「パリパリ超えてガッチガチになるわ!」
そんな突っ込みを浴びながら。
秋乃は、クリスマスツリーの明かりの中で。
楽しそうに笑っていた。
……風邪。
すぐに治さなきゃな。
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