姉の日
~ 十二月六日(月) 姉の日 ~
※
誠実で虚飾なくありのまま
男子というものは。
彼女というものに幻想を抱く。
彼女とはこういう存在。
彼女ならこう言ってくれる。
それはもう。
相手が思考を持つとも知らずに。
それはもう。
相手だって、男子に幻想を抱いているとも知らずに。
……さて。
そんなことを考えたのにも訳があって。
俺が納得いかない彼女像。
夜のキッチンで、呆れる姿を目撃してしまったせいなんだが。
「こういうことは、分かってても黙ってるのが男子の甲斐性だって思ってる」
「ひっ!? ……お、思ってるんだったら、見てないことにしておいて?」
「しておくのは構わんが、記憶には残っちまうよな」
パジャマにパーカーを羽織って。
小さなキッチン照明ひとつに辛うじて半身を照らされたまま振り向く女子。
明日のお弁当こそは絶対。
そう宣言して、昼過ぎに買い物に出た秋乃は。
どこでどう道草を食ったのやら。
夕暮れ時に戻ってくると。
風呂に入って晩飯食って。
親父と凜々花と時代劇を見て。
そして真夜中、みんなが寝静まった頃合いを見計らって。
キッチンへと降りて行った。
「俺は、この時間まだ勉強してるからな」
「そ、それは良くない……。注意が散漫になってるから、こんな悪だくみに気が付く……」
「悪だくみって自覚はあるんだ」
「そこはかとなく……」
秋乃の前に置かれているのは。
二つの弁当箱。
いや、言い方によっては。
四つの弁当箱。
コンビニ弁当の中身を移し替えて。
手作り風に偽装しようとか。
「まあ、悪だくみとは思わんが……」
「ほんと?」
「だが浅知恵ではある」
「しゅん」
初めて聞いた時には。
それに何の意味があるのか理解が及ばなかった所業。
だが、こうして実際に目にしてみれば。
なるほど、妙案と信じて近視眼になってしまうのだと合点がいった。
「せめてお総菜屋で買って来ればいいものを」
コンビニ弁当のおかずって独特だからな。
バレないって錯覚するなんて相当なもんだ。
「こ、この辺りどこで買ってもバレそうな気がして……」
「まあそうなんだが。……ああ、その作業は続けなくていい。丁度腹減ってたから今食いてえ」
今日は結構食ったから。
ほんとは未だに腹は膨れているんだが。
弁当箱へのよそい方のせいだろうか。
誰が見ても、前日までコンビニ弁当やってましたと言わんばかりのおかずたち。
きけ子とパラガスに見つかったら。
絶対指摘されるに決まってる。
あいつら、どうしてそうなったのか考える前に。
思ったこと口からそのまま吐き出すからな。
俺は、移植途中のコンビニ弁当の容器を掴んで。
平べったい生姜焼きを口にする。
もちろん、不味くはない。
でも、調味料の味ばっかりで素材の美味さを味わっている気がしない。
……子供の味覚が壊されるとか。
悪評を浴びがちなコンビニ飯だが。
出来上がってから数時間放置しても美味しく食べることができるものなんだ。
そりゃあ塩っ辛くもなるさ。
俺ががっつく姿を見て。
秋乃に、ようやくいつもの理論的な思考が戻ってきたようだ。
しょんぼりと肩を落として。
ずり落ちたパーカーを引っ張り上げながらため息をついている。
ちょうどいい機械かもしれん。
あれ、確認しとこうか。
「……なあ。一つ聞いて良いか?」
「何を?」
「お前の不思議弁当の謎」
先週、気になった事。
不思議な秋乃の不思議な弁当。
白飯だけ詰め込んで。
他には何も入れず。
俺がおかずを作れない日は。
米だけもぐもぐ食べていた。
でも、俺は。
ちゃんとそこには、意味があるんじゃないかって考えて。
そして。
一つの結論にたどり着いたんだ。
「……こっちに暮らす条件、とか?」
正解と。
大きく見開いた目が語る。
やっぱりそうか。
だから黒服に見つかるわけにいかなかったんだ。
「なんでそこまでして……」
「は、春姫が、こっそり部屋で泣いてたの……。一人で知らない所に療養に出されるのは嫌だって……」
ああ、そうか。
元々、喘息の治療のために越してきたんだっけ。
そんな春姫ちゃんを気遣って。
きっと、自分のことは自分でするとか宣言してついてきたんだろう。
親父さんが、お前の生活環境に難癖をつけるのも。
東京に戻したいがためと考えたら道理が通る。
……出会ってから。
一年と八か月。
まだまだ、お前の知らない所、沢山あるけど。
お前が底抜けに優しいやつだって事だけは。
はっきりとわか…………。
…………ん?
「いや待て」
「はい」
「一見、いい話に聞こえると思うんだが……」
「あ。気付いちゃった?」
「お前の所業が生んだのは、料理洗濯掃除、何でもこなすスーパー女子中学生」
「……春姫には頭も上がりません」
「おいおねえちゃん」
「面目次第もございません」
大見得切って出て来たくせに。
なーんもやってねえじゃねえのよお前。
でも、それを咎める人も。
導く人もいなかったんだ。
しょうがあんめえ。
「……じゃあ、早速今日からスタートだ」
「え?」
「お弁当は自分で作る。……まずはそこから始めよう」
俺は、炊飯ジャーから御飯だけよそって。
二つの弁当箱へ詰めて、秋乃に渡す。
「最初から逃げずに、ありのままでいいんじゃねえのか?」
そう、これは。
お前が作れる、等身大の手作り弁当。
「今日はここまで。でも、今日より明日」
「あした……」
「明日からでいい。ここに一つだけ、おかずを詰めることから始めよう」
最初はここに。
梅干し一つでもいいんだけど。
でも、最初の一歩で楽すると。
次は、買って来るぐらいなら出来上がってる弁当でいいじゃないかと。
楽な方向へ進むもの。
だから。
「毎日、次の日に食べたいおかずを一つだけ考えろ。それを、俺と二人で作るんだ」
「た、立哉君……」
最初の一歩は。
進化する方向へ踏み出すべき。
これは、数少ない。
親父から教わった言葉の一つ。
「じゃ、じゃあ、早速一つおかずを……」
「お?」
顔をあげると。
前を向くと。
誰だって積極的になるのは道理。
秋乃は、瞳を輝かせながら。
冷凍庫を漁りだす。
この時間から料理か。
まあ、それもまたよし。
ミックスベジタブルを塩ゆでするも。
鶏肉を炒めるでも。
「料理……」
「よし、それじゃ早速……?」
そして秋乃は。
冷凍コロッケを弁当箱へ入れて。
蓋をして包みを結び始めた。
「うはははははははははははは!!! お昼には食べごろ!」
「え?」
それのどこが料理なんだと。
突っ込みたい気持ちを飲み込んだ俺は。
仕方が無いから。
ふりかけを二袋ずつ。
結び目の所に差し込んだ。
……
…………
………………
そんなやり取りをしていたのは昨日のこと。
本日、俺の目の前には。
「……昨日の弁当はどうした」
「コ、コロッケとふりかけ見て、できあいのおかずを乗せたらいいんじゃないかって……。そのうち、もっといい方法思い付いて……」
買って来たまんまの容器に入った。
コンビニ弁当が置かれていた。
「これがバレたらまずいって話じゃなかったか?」
「…………はっ!?」
きょろきょろしなくても。
黒服なら校門の外だ。
しかし、この楽をしようって発想を。
何とかするのは骨が折れそうだ。
俺は、溜息をつきながら。
昨日の夜食べた物とまったく同じ弁当の蓋を開けたのだった。
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