デジタル放送の日
~ 十二月一日(水) デジタル放送の日 ~
※
秘密にすべきことは口にするな
『おお……。さ、さすが4K。綺麗な映像……』
「携帯カメラの方が4Kじゃねえんだ。綺麗に映るわけねえだろ」
『ううん? 綺麗。サッカーやってる……』
「真面目にやって!?」
電話の向こうに。
思わず叫ぶと。
えへへと小さな笑い声。
校舎の裏手に立つ桜の木に。
携帯置いて。
その映像を視聴覚室で見ていたはずだった秋乃。
気付けばサッカー見てたとか。
自分でこんな面倒なこと頼んでおいて。
何やってんだよ。
……本日の昼休み。
面倒な頼みごとをしてきたこいつは。
俺が教室。
あいつが視聴覚室。
電話で話しているわけなんだが。
ならば、秋乃が見ている映像は。
どうやって撮られているかと言えば。
「俺の携帯どこ~?」
予め断っておくぞ?
俺じゃない。
パラガスから携帯を取り上げたのは。
あの、飴色の悪魔だ。
「立哉~。どこにあるか知らない~?」
「……ヒントしか知らない」
「おお~! 教えろよ~!」
「『木』の横に立つ『ツけいたい女』」
「付き合いたい女~?」
「ツけいたい女」
「どこだよそれ~!」
さあ、こいつが『桜』の中ほどに携帯があると気が付く前に。
ミッションをこなさないと。
俺は、自分の携帯を耳にあてながら駆け出した。
『く、黒服が追いかけて来てる……』
「分かってる! 階段を上に……!」
学校内までお構いなしにつけ回す。
舞浜父が仕向けたエージェント。
こいつをまくために。
秋乃がナビゲーターになって俺に指示を送る。
まずは東階段を駆け上がり。
「よっと!」
その途中で、手すりを乗り越えて下り階段へ飛び降りて。
そのまま下の階へ出て廊下を駆けていると……。
『だ、ダメだった。真っすぐついて来てる……』
「くそっ! だったらどこかの教室に隠れるか?」
『そ、それならいい場所がある』
「どこ!」
『こほん。こんなこともあろうかと……』
「いいから場所を言え!」
気持ちは分かるが。
全力疾走してる俺の身にもなれ!
しかしあのエージェント。
凜々花曰く、スパイのおっさん。
足はええなあ。
俺たちがよく見るスパイ映画と言えば。
こんなアクションシーンがあるのは常識だけど。
本物のスパイに言わせれば。
きっと非常識なのに違いない。
俺は、下り階段を踊り場まで全段飛ばしで飛び降りて。
黒服との距離を一気に稼ぐと。
秋乃から指示のあった化学準備室に駆け込んだ。
「ここでどうする!?」
『その人体模型、立哉君の身体と同じサイズの張りぼてに変えておいた……』
「相変わらず下らんことに熱心な奴だな!」
言われて後ろに回り込むと。
確かに、裏がくり抜いてある。
そこに体をすっぽり隠して。
穴の開いた目の所から廊下を覗けば。
一瞬、足を止めて。
準備室内の様子を確認した黒服が。
首をひねりながら。
廊下を走り去っていった。
『……せ、成功、ね?』
そして、窓から黒服の位置を確認した秋乃が。
もう大丈夫というのに合わせて外に出て。
一旦購買に寄ってから。
二階にあがって。
視聴覚室の扉を開く。
「お、お疲れ様……」
「ホント疲れたよ。なんでこんなことさせられてるんだ俺は!」
「ナ、ナイショ……」
何度問いただしても。
この一点張りだ。
今は、何を聞いても無駄なんだろう。
でも気になって仕方がねえから。
話の流れで、上手く聞き出そう。
こう見えて、俺はトーク術には自信がある。
簡単に聞き出すことができるだろ。
俺は、購買で買って来た。
ワンコ・バーガーの包みを机に乗せながら。
秋乃の向かい側に腰かけた。
「しかし、あの人体模型は何なの?」
「前に作った、リアル人体模型より簡単」
「バレなかったけど、模型、ちょっと合ってなかったぞ? 股下が長すぎて隠れきれなかった」
「盛ってみた……」
「…………そりゃどうも」
わざわざこんなことする理由。
どうにも思い当たるフシがないんだが。
ヒントはある。
「ハンバーガー、ありがと」
「そう言いながらも、やっぱ落ち込んでるんだな」
「ま、まさか忘れて来るとは……」
「ちょっとは自信あったんだろ? ケチャップライス」
「うん……」
今日の弁当は。
秋乃が、ほぼ唯一作れる料理。
ケチャップライス。
そこに昨日の残りを詰め込んで。
七割自分の手料理だと豪語していたこいつだが。
「……親父から、メッセージが入ってた」
「寝起きに、二人前のお弁当食べさせてごめんなさい……」
「もう食べられないよー、だってさ」
「起きてなかった……」
今日の食事を。
どうやら、黒服に知られたくなかったようだが。
どうして知られたくない。
赤の他人だろ、あの黒服。
「ほれ、冷める前に食え」
「な、何を買ってきてくれたの?」
「『甘く切ないパインとビーフのハワイアンバーガー』だ」
「ま、まさかのチャレンジメニュー」
「面白くなかったか?」
「パイナップルにソースがかかってるの、ちょっとだけ苦手……」
「いけね」
そうだったな。
お前、酢豚のパイナップル食べる時。
目をつぶって食ってたよな。
俺は、大好物のグラコロコロコロバーガーと交換して。
ハワイアンバーガーの包みを開いてかじりつくと。
秋乃が。
三枚重ねのコロッケを一つ摘まんで突き出してきた。
「こ、これ、ちょっと多い……」
「なにを今更。すき焼きの時はご飯三杯ペロリなくせに」
「く、口のサイズの問題……」
ああ、なるほど。
厚みの話ね。
俺は受け取ろうとして、バーガーをテーブルに乗せたんだが。
「はい」
「あむ………………」
直接。
口に咥えさせられた。
これはもしや。
世に言う、あーんというやつなのでは?
いや落ち着け。
秋乃は、『はい』って言いながら咥えさせたんだ。
ならば今の行為の名称は。
……『はい』?
あまりの事態に。
訳が分からなくなった俺を。
バーガー越しに見つめる秋乃が。
いつものように、口の中の物をしっかり飲み込んでから。
呑気なことを言い始める。
「そう言えば……、もともとの人体模型……」
「ん? あ、そうか。入れ替えてたわけだからな」
「どこに行ったんだろ……」
「どこにって。お前以外知らんじゃないか」
「でも、いつもの場所に立たせてきたのにいなかった」
「いつもの場所って、準備室?」
「ううん? いつもの場所」
いつも?
……ん?
「どこだよ」
「いつも立哉君が立たされてる場所」
「うはははははははははははは!!! なんでそんなとこに!」
「し、自然かなあって……」
「どうして自然って思った!? 俺と勘違いしてくれるとでも!?」
俺が、大笑いしながら詰め寄ると。
秋乃が返事をしようと口を開く。
その瞬間。
校内放送が響き渡る。
『あー、備品の人体模型に『保坂』と落書きした生徒。至急出頭するように』
「うはははははははははははは!!! だれだそんなことしたの!」
「よっこいしょ」
「おまえかい!」
それなら俺だと勘違いするよね。
なんて言うとでも思ったかこのおバカ!
でも、それこそ黒服に。
秋乃が問題おこしてるなんてバレたら。
親父さんに報告されちまう。
しょうがないから、秋乃を座らせて。
俺が職員室へ向かうことにした。
「……代わりに叱られてきてやるから。なんで隠れて食わなきゃいかんのか教えろ」
「ナイショ」
「じゃあ……、なんで弁当作りだしたのか教えろ」
「お弁当……? もともと自分で作ってた……」
「だったらなんで白米だけの弁当だったのか教えろ」
「ナイショ」
そういうわけで。
俺が本日知り得た情報は。
俺は。
トークが下手くそだということだけだった。
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