美人証明の日


 ~ 十二月二日(木) 美人証明の日 ~

 ※国色天香こくしょくてんこう

  美人。

  あるいは牡丹のこと。




 俺が好きな女性。

 舞浜まいはま秋乃あきのは。

 みっつの意味で美人である。


 一つは性格。

 人見知りなくせに。

 困っている人を見ると。

 何とかして助けようとする。


 一つは所作。

 歩き姿や立ち姿はおろか。

 例えば、綺麗な食事の様子に見られるように。

 動きの一つ一つが美しい。



 そして。

 最後の一つが。



「ダメだって、加工した写真なんか使っちゃ!」

「か、加工してません……」

「え? ……うはあほんとだ! 美人さんだね! こりゃ失礼しました!」


 秋乃が、運転免許証を出すと。

 大概こんなリアクションを取られる。


 だから近所のレンタルBD屋でも。

 いつもと同じ光景が待っていた。


 慌てて会員登録の処理をするおじさんは。

 ちらっちら秋乃の顔を盗み見てるけど。


 やめねえか、おっさん。

 減るだろうに。


「じゃあ、この書類の赤い枠の所に記入してよ」

「はい……」

「秋乃のこれ、運転免許ってより、美人証明書みたいだよな」

「な、なにそれ……」

「おお、兄ちゃん上手いこと言うねえ! 確かにな!」


 がっはがっは笑う、俺とおっさんに挟まれて。

 困り顔を浮かべた秋乃が。


 書類に必要事項を書くために。

 前かがみになって。

 肩から滑り落ちる髪を掻き上げる。


 そんな姿を見ているうちに。


 俺は、もう一つ。

 こいつの美人な所を見つけた。


「四つ目……」

「え? なにが?」

「字。綺麗だよな」

「すごく練習させられたから……」


 俺の言葉を聞いて。

 書類を覗き込んだおっさんも。

 ふんふん頷いて俺に同意する。


 こうなると、もう。

 すべてが秋乃の美人証明。


 こんな完璧美人に逆らうやつなどどこにもいるまい。



 だが、トップにいる者は常に挑まれるのが宿命。

 今宵、ここに。

 一人の挑戦者が現れた。



「…………なるほど。可愛らしさで勝負って訳だ」

「なにかちら? あたちにじゅんばんをゆずってくださるの?」

「ああ、構わねえぞ? 良いよな、秋乃」

「うん。こんな小さな子が、帰りが遅くなったら大変……」


 いつも駄菓子屋で見かけるおしゃまな女の子。

 こんなところで会うなんて奇遇だな。


「何を借りるんだ?」

「イルカさんのぶるーれいよ? とってもかわいらしいの。おすすめよ?」


 おしゃまちゃんは、珍しく子供らしい無邪気な笑顔を見せながら。

 カウンターの上にBDを置くんだが。


 ……ん?

 お前が借りるの?


「えっと、お前、小学生だよな?」

「ずいぶんぶしつけなのね? れでぃーにねんれいをきくなんて」

「そうじゃなくて。……ここの会員になれるのは高校生からだぞ?」

「あら、そうなの? でもあたし、これをみたいの」


 みたいの。

 と、言われても。


 ダメなものはダメに決まってる。


 でも、それをどう説明しようか考えている間に。

 慣れていることもあるんだろう。

 おっさんが、秋乃の免許をおしゃまちゃんに見せながら優しく説明し始めた。


「お嬢ちゃんは、こういう身分証明が出来る物を持ってないだろ?」

「もってない……」

「それだとダメなんだよ。大きくなってからここに来な?」

「う……。でもあたし……。イルカさんが……」


 こんな小さな子供には。

 今の説明じゃ納得できなかったみたいだな。


 おしゃまちゃんは、カウンターの向こうに立つおっさんを見上げながら。

 どうして貸してくれないのかと、訴えかけるような視線を向ける。


 可愛そうだが、こんなのどうしようもない。

 そう思っていたんだが。



 ……秋乃は、ここでも。

 美人であることを証明した。



「あ……、あたしが証明します!」

「は?」

「え?」

「この子はレンタル料も払うし返却期日も守ります!」

「いやそういうこっちゃないんだけど……」

「あと、可愛い!」

「うはははははははははははは!!!」


 最後のは関係ねえし。

 それに、お前が証明したところで決まりは決まり。


 どうしようもないことは分かっているんだが。

 でも、こんな悪ふざけに乗らない手はない。


「よし、そういう事なら俺も証明してやろう。リバースにしていた学生証をオープン」

「お兄さんまでなに言ってんの!?」

「何かあったら俺が全ての責任を持つ」

「だからそういうこっちゃなくて……」

「このおしゃまちゃんは、お金も払う。大丈夫」

「全然大丈夫じゃないんだけど……」

「そして可愛い」

「いやそこはお兄さんが言ったらアウト」

「え?」


 酷い差別を受けたが。

 確かに今のはキケンな発言だったかも。


 でも。


「お前、ちゃんとお金払えるよな?」

「おいくらするの?」

「えっと……。会員料とレンタル料で千円、か?」

「あらいやだ。あたち、そんなおかねもってない」


 そう言いながら見せてくれた。

 手の中の三十円。


「またあらためて、おとうさまといっしょにうかがうわね? ごめんあそばせ」


 そして、あっさり諦めたおしゃまちゃんが出ていくと。

 俺と店員さんは、顔を見合わせて大笑いした。


「意外にもあっさりしてたな」

「確かにな!」

「代わりに俺が借りてやっても良かったんだが」

「勘弁しろよお客さん! また貸しなんてダメに決まってるだろ!」

「さっきも言ったろ? 俺はあいつがちゃんと返すことを証明するって」

「ダメだって! ああいう可愛い女に限ってあっさり裏切るもんなんだから!」

「まじか。俺の信用よりイルカを取る気かあの女」


 冗談を言いながら、秋乃の会員登録と時代劇のBDレンタルの手続きをしたおっさんに礼を言い。

 俺は秋乃の借りたものを代わりに持って、店を後にする。


「いやあ、楽しい事件だったな」


 なんとなく、胸がほっこり、幸せ気分。

 きっと秋乃も同じ気持ちなんだろうと、その顔色をうかがうと。



 ……意外にも。

 悲しそうな顔で俺のことを見つめていた。


「なんだ。あの子が借りれなくて悲しいのか?」

「そうじゃなくて……」

「じゃあ、なんでそんな顔してるんだよ」


 それきり黙って。

 ため息をついて歩く秋乃の横顔を。


 俺は、いつもよりゆっくりした足取りの中。

 じっと見つめ続けていた。




 ……いや。

 綺麗だから見惚れてるって訳じゃないから。



 ……おしゃまちゃんより可愛いなって思ってるわけでもねえから。

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