Dear My Doll
淡い月光が闇を照らす夜。
辺りには蝉の鳴き声だけが響いていた。
澱むように空気は蒸し暑く、じめじめと湿っていた。
人は皆寝静まる時刻だというのに、夜道を一人の少女が歩いていた。
華奢な腕には大きな紙袋を抱えていた。
重そうにしながらも、少女は足早に歩き去った。
少女が去った後の、人気のない夜道には誰もいなくなったかのように思われたが。
電柱の影に、一人の男がいた。目立たぬように、夜にまぎれるようにして。
愛しいものでも見るかのような視線は、少女が去った方へと向けられていた。
美しい口の端には、歪んだ微笑が浮かんでいた。
「それでは、気をつけて帰りましょう。まとまって下校するように」
ざわついた教室に、教師の挨拶が響いた。
それは退屈な授業の終わりの合図。
凝り固まった体を解すように、少女は大きく伸びをした。
「あーあ。つまんないなあ」
そのままばきばきと骨を鳴らすと、少女は鞄に手を掛けた。
少女が教室の外へと出て行こうとした時。
「茜、ちょっと待ってよ!」
ショートカットの少女が走り寄ってきた。
金村茜は立ち止まった。結い上げた髪が風になびいて、スカートがふわりと揺れた。
制服の胸元には、桜をモチーフにした校章が縫い付けられていた。私立聖倭学園のシンボルの桜。
県内でも有名なお嬢様学校である学園。比較的お嬢様が多いだけで、それ以外は普通の共学と変わらない。
男子の制服にも桜をモチーフにしたものがついているが、あまり評判はよろしくない。
だけど、いい学校だからといっておしとやかな子ばかりとは、限らないもので。
「ん、どうしたの沙織? 何かあった」
走り寄ってきた少女は花篠沙織。
有名な大手アパレルメーカーのご令嬢。本当の意味でのお嬢様。
育ちがいいらしく、物腰も穏やか。茜よりはこの学園にお似合いだといえるだろう。
そんな茜は、大量にお金を積んで入学した口だ。世の中、何でもお金で解決できてしまうらしい。
「先生が、一人で帰らないようにって、言っていたわ。話は聞いていたでしょう?」
「そんな話してたっけ? 寝てたからわからないや」
そういうと、茜は首をかしげた。
「それで、何で一人で帰っちゃいけないの?」
「本当に聞いてなかったのね、まったく。最近、この学園で行方不明者が多いのは、知ってるでしょう?」
「うん。変質者だとかいわれてるよね」
「その人達のほとんどが、一人で下校しているの。だから、一緒に帰りましょうよ」
一緒に帰ろう、という言葉を聞いた途端、茜の表情は輝いた。
「やった! 沙織ったら、いつも用事があるとかいうから……久しぶりだね、一緒に帰るの」
笑いながら二人の少女は、教室を後にした。
二人の少女がゆっくりと歩いていた。
車の通りは少なく、下校途中の小学生がたくさん歩いていた。
綺麗に晴れた空を、沙織は眺めていた。
茜が鞄を振り回すと、ストラップがじゃらじゃらと音を立てた。
「そういえばさ、もう何人くらい行方不明になったっけ?」
上の空だった沙織が、ぼんやりと返事をした。
「ええと確か……十人くらいじゃなかったかしら」
答えは返ってきたものの、どこか呆けた様子の沙織。
気のない返事に、茜は口を尖らせた。
「何、みんないなくなったままなの?」
「そうみたい」
「どうせ、若い女の子が好きな変態の仕業なんじゃないの?」
「さあ。そうかもしれないし、違うかもしれないわ」
「行方不明になった子ってさ、殺されたのかな?」
「どちらかといえば、生きていて欲しいわ」
次から次へと質問を投げかけるも、沙織の返事はどれもそっけない。
痺れを切らしたかのように、茜がいった。
「ちょっと、あたしの話ちゃんと聞いてるの? さっきから、ぼーっとしてさ。なんか変だよ」
歩いていた沙織の足が止まった。
茜は沙織の目の前へと歩いていった。
「ねえ、悩みとかあるなら、教えてよ。
そんな状態じゃ、こっちまで心配だから」
言い方は大雑把だか、茜の言葉には真剣な響きが含まれていた。
真摯な茜に打たれたのか、沙織の表情が翳った。
「……茜なら、話しても平気かもしれないわね」
そういうと、沙織は再び歩き出した。
隣に並んで茜も歩き出した。
「あのね、最近、家に変な手紙が届くのよ」
「変な手紙って?」
「知らない人からなんだけれど、すごく丁寧な文章なの。でも、迎えに行きますとか書いてあって……」
「ストーカー? 沙織って、結構男子に人気あるもんねえ!」
沙織の暗い声を吹き飛ばすかのように、茜がいった。
場の雰囲気を明るくしよう、という努力が現れていた。しかし、沙織は未だに暗い表情のままだった。
「これって、行方不明と関係あるのかしら?どう思う、茜」
「うーん、どうなのかな。手紙をもらっただけでしょう?」
「ええ。でも、何だか変な視線を感じるときもあるの」
「警察とかに、相談はしてみたの?」
「変な手紙くらいじゃ、まともに取り合ってもらえないわ」
沙織はそういうと俯いてしまった。俯いたまま、沙織は続けた。
「おまけに……危ないから、学校をしばらく休みなさいって、お父様とお母様がしつこいの。でも、家にこもりっきりじゃあ、気が滅入ってしまうし」
本人以上に、親が一番心配しているのかもしれない。けっこうな人数の被害者がいるだけに、過保護だといいきれない状態で。だからといって、親友と学校で会えないなんて嫌だと茜は思った。
「とりあえずは、そのままで様子見してみたら? ずっと気にしてたら、疲れちゃう。
相談には乗るけどね。どう? これからお店に遊びに来ない?」
「そういえば、カフェでバイトしてるっていってたわね。ええと……今日は無理だけど、明日なら」
そう言って沙織は少しだけ笑った。ほんのちょっとでも、彼女の気が晴れるならいいんだけど……
「それじゃあ、明日の放課後行こうか……ん、明日?」
何か、他の人と明日の放課後、そのお店に行く約束をしていたような気がする。どうかしたの? と聞いてくる沙織に答える。
「確か、あたしの友人とカフェ行こうとしてたんだけど……一緒でも構わない?」
「私は構わないわ。茜の友達なら、いい人でしょうから」
実際は、なんてことのない幼馴染の男なのだけど。気にしないというのだから、よかったけれど。
明日の放課後は、退屈しなくてすみそう。
「じゃあ、明日の放課後楽しみにしてるわね? 茜、これからバイトでしょう?」
うなずきながら、茜は腕時計を見る――バイト時間まで、あまり時間がない。
「そうそう。結構時間やばい。それじゃあ、明日ね?」
こちらを向いて手を振る沙織に笑いかけてから、くるりと向きを変えて茜は走り出した。
その頭の中は、すでに明日のことでいっぱいだった。
翌日、茜は沙織と一緒に、自分がバイトしているカフェへと遊びにきていた。駅の近くにあるお店で、学校が終わるこの時間帯はけっこう空いている。だからといって人気がないわけでもなく、そこそこリピーターもいたりする。いわゆる穴場に近いかもしれない。
「結構、学園の人もいるのね」
そんなに多くはなかったけれど、同じ制服を着ている学生がちらほらといた。
「メニューが比較的安いし、甘いものも多いから」
そう答えながら、茜は町を行きかう人を見る。そこに自分のしっている顔がいないかと探しながら。
「そういえば、もう一人いらっしゃるんじゃ? 急用かしら?」
盛大に遅刻している幼馴染の顔を思い出して、なんとなく殴りたい衝動に茜はかられた。
「用は特にないみたいよ? 携帯に連絡きてないし。ただ単に、遅れてるだけだよ」
彼が、待ち合わせの時間に間に合ったことが、ほとんどないのを茜は思い出した。
まぁ、いてもいなくてもあまり変わらないから大丈夫よね。
注文をとっていったウエイトレスの服を見ながら、沙織が残念そうにいった。
「茜も、ウエイトレスさんの仕事をしているのよね? 中じゃなくて」
中というのは、たぶん調理場なのだろうと勝手に想像しながら茜は答える。
「そうそう。注文とって、品物運んだり片付けたり。それがどうかしたの?」
じっとこちらを見る友人に、尋ねた。
「いえ、茜のウエイトレス姿を見てみたいと思って。今日は仕事じゃないものね」
「……今度は、バイトの日に呼んであげるから。そんな大したものじゃないのに」
真剣な顔でそういう沙織を見て、思わず声をだして茜は笑った。
それにつられたのか、沙織もくすくすと笑みを零した。
二人で笑っている様子が楽しそうに見えたのか。声を掛ける男がいた。
「こんにちわ。随分と楽しそうですね?」
ええと、いったい誰だったか。記憶をたぐりよせて、よくお店に来ている馴染みの人だと茜は気づいた。
外人さんらしく、綺麗な金髪で、整った顔立ちの人。その綺麗な顔には、澄んだ青い瞳がよく似合っていると思う。バイト仲間には評判のいい人。
「こんにちは。ねぇ、茜の知り合い?」
そういいながら、くるりと沙織がこちらを向いた。我に帰って、茜は挨拶を返した。
「こ、こんにちは。すいません、ボーっとしてて……」
ずいぶんと失礼なことをしてしまったと思いながら、沙織によくお店にくるお客さんだと紹介した。そうなの、といいながら沙織が彼の顔をじっと見ていた。
「今日もお店に来たんですね。よく飽きないですね」
バイトしている身がする質問じゃない、と思いながらも彼に尋ねる。それほど頻繁に来ているから。今日はレシートを持っているから、どうやら帰りのようだけれど。
「お店の雰囲気もいいし、料理も美味しいしね。気に入っています」
ありがとうございますと茜は答えた。ただのバイトでも、良く言われると嬉しくなる。
そこでふと、このお客さんの名前を知らないことに気が付いた。常連さんなのに。せっかくだから、聞いてみてもいいかもしれないと思って、話かけたのだが。
「あの、お名前は……」
「おーい! わりぃ、ちょっと遅れて――」
でかい声で叫びながら、見知った顔の男が近づいてきた。ちょっとじゃないくらい遅れてきた、茜の幼馴染。遅れてきただけではなく、非常に間も悪かった。
テーブルに近づいてきた彼をちらと見て、微笑みながら綺麗な人はいった。
「待ち人も来たみたいですし、私は失礼しましょう。それでは、また」
やってきた男へと軽く会釈をしてから、綺麗な人は去っていった。
なんだか気まずそうな顔をしたまま立っている男に向かって、沙織がいった。
「初めまして。ええと、茜の友人さんでいいのかしら……?」
そういって彼女は椅子を引いた。お辞儀をしながら、男は大人しく座った。
「私は花篠沙織。よろしく」
薄く微笑みながら、沙織は彼に手を差し出した。手を握ろうとはしなかったけれど、彼は挨拶を返した。
「ああ……俺は間宮佑治。よろしく、あと、遅れて悪かったな」
気にしてないわ、といいながら、沙織は茜へと話しかけた。
「茜の友人さん、普通の人ね。名前聞きそびれたの、残念に思ってる?」
色々と突っ込みたいところがありすぎる、と茜は思った。自分は、どこにでもいる普通の女子だと思っているんだけど……普通ってなんなのだろう。最後のは、わかりやすいけど。
メニューを佑治に渡しながら、話す。
「そう、名前聞けなかったのは残念。佑治~あんたすっごいタイミングで来てくれたわね」
「遅れてるからやばいと思って、急いで来たって言うのにひどいよなぁ。で、さっきの人誰?」
沙織に言ったのと同じように説明をすると、佑治はふーん、と言った。関心がなさそうだ。
その後、くつろぎながら三人で他愛のない話をたくさんした。学校のこと、趣味のこと、最近見た映画の話、テレビの話。佑治と沙織は初対面だったが、すぐに打ち解けていたようで、楽しそうにしていた。
楽しい時間は過ぎるのがはやい。夕方になったので、カフェで二人とは別れた。
ほんのりと暗くなってきた夜道を、一人歩く。買い物帰りか、仕事帰りか、まばらに人とすれ違う。ふと、すぐ後ろから足音が聞こえた気がして、茜は振り向いた。けれど、怪しそうな人は誰もいない。気のせいかとまた歩き出すと、足音もついてくる。……少し歩いて、素早く振り返るも、帰り途中の人がいるだけで。
話し込んだから、疲れたのかな? 最後にもう一度だけ振り向いて、変な人がいないのを確認してから、家へと急いだ。
それから一週間ほど経ったころ。沙織が急に学校に来なくなった。親が行かないようにすすめたのかと、担任に聞いてみたのだけれど、そうではないようで。彼女の携帯に連絡をしてみたが、留守番電話になってしまった。彼女の両親は警察に捜索を頼んだらしい。沙織は、行方不明になってしまった。学園の女子生徒達は、色めきたった。また一人、いなくなってしまったと。そういうひそひそ話を聞くたびに、胸が悪くなった。他人がいなくなっても気にならなかったけれども、友人がそうなってしまうと悲しい。少し前までは、彼女達と同じだったのに。
前にもまして、学校側からの注意は厳しくなった。それでも、一人で帰る生徒は大勢いたのだけれど。茜も一人で帰ることが多かったが、時折、佑治が付き合ってくれた。しばらくは、何事もなく毎日が過ぎていった。沙織が見つからないまま。少しずつ、少しずつ行方不明者が増えていった。
それが茜の家に届いたのは、蝉の声がだんだんと聞こえなくなってきたころだった。
『ご機嫌いかがですか? お嬢さん。
この時期は体調を崩しやすいので、気をつけてください。
貴女をお迎えする日が待ち遠しくて仕方がありません。
過ぎていく時間、一分一秒がとてもとても長く感じられます。
その日まで、貴女を想って待ちたいと思います。
健やかにお過ごしください。
私より狂気を込めて』
綺麗な便箋につづられた、気味の悪い言葉たち。送られてきた封筒が、並べられた文字の筆跡が美しくあればあるほど、奇妙に、不気味に感じられた。私はその手紙をそっこう捨てた。そしてそれ以降、手紙が再び届くことはなかった……けれど。
奇妙な視線を感じるようになった。塾へ行った帰り、買い物にいった帰り。しまいには、自分の部屋のなかにいても、見られているように感じるようになってしまった。家の中には、家族以外いやしないのに。これじゃあただの疑心暗鬼、もしくは被害妄想じゃない。こんな弱気なのは、あたしらしくないわ。親にいっても、気のせいだといわれるだけなんだから。あの手紙だって、ただのいたずらにすぎないわ。そう思い込むことで、ぐらぐらと揺れる心を落ち着けようとした。
沙織は相変わらず戻ってこないけれども、あたしは学校へもちゃんと登校していた。授業が終わると、人を気にしながら帰る。その日も、なんども足音がついてきてるような気がして振り返るけれど、当然かのように誰もいなかった。足早に自宅へ帰って、鍵を開ける。鍵がかかってるから、きっと親は買い物にでもいてるんだろうな。そんなことを考えながら靴の向きを整えて、自室へいこうとしたとき。
不意に、ノックの音が聞こえた気がして。茜は入ってきたばかりの玄関を見つめた。少したってから、再びノックの音が聞こえて、気のせいではないとわかった。でも、どうしてインターホンがあるのに、ノックなんかするのだろう、変だよね。茜はそう思い、ドアの穴から外を覗いたけれど、誰もいなかった。どこかへ行ってしまったのか、やっぱり気のせいだったのか。一安心しながら、念のため、ともう一度茜は覗いてしまった。
声にならない悲鳴をあげながら、自室へと駆け込んで茜は鍵をかけた。それでも今みた光景が頭のなかから離れず、叫び出してしまいそうだった。覗いた先には、口元をひどく歪めたあの人がいて――彼が、手紙を送ってきた本人だとすぐにわかった。どうして、という思いとひたすら怖いという感情が混ざり合って、わけがわからなくなった。ただ、もう家からは一歩も出たくなかった。早く親に帰ってきて欲しい、それだけを茜は考えていた。
翌日、茜は学校を休んだ。風邪を引いたと偽って。昨日すぐに帰ってきた親に、変質者がいたと訴えたのだけれど、軽く流されてしまった。思い込みだろう、気のせいでしょうと。気のせいで、あんな不気味な笑顔を見ることなんてない。あたしが何をいったって、通じやしないんだ。
部屋の中で膝をかかえて、一人ふさぎこむ。相談するような友人は沙織のほかにいない。あたしは、性格は明るいほうだけれど、あんまり大勢の人と絡むのは好きじゃない。その沙織も行方不明。親はあてにならない。警察だって、変な人が覗いていたくらいじゃ、動いてなんてくれない。どうしようもない気がした。それでも、家の中だけは安全な場所に思えた。だから、家からでたくはなかったのに。
その翌日、二日続けて学校を休んだ茜を、親は激しく叱った。茜も訴えつづけ、粘りに粘った。学校に行かないのなら、せめて塾にだけは行きなさい――それが親の出した答えだった。あたしは学校に行きたくないわけじゃない。外にでたくないの、家から出たくないのに。いくら心の中で叫ぼうが、親に聞こえるはずもなく。茜は家から追い出されるような形で、周りを気にしながら塾へと向かった。塾の講義中も、クラスメイトが恐ろしくてしかたがなかった。変質者は誰なのかわかっているのに。絶対に違うとわかっていても、他人すべてが恐ろしく感じられた。塾の講義は長く、終わるのは日が落ちること。。一人で帰るなんて、絶対にいやだ。そう思った茜は、幼馴染にメールをした。暇だったのか空いていたのか、すぐに返事は返ってきた。少し安心しながら、講義に集中することにした。
長い講義が終わり、塾の外へとでると、すでに佑治が待っていた。
「ごめんね、急に呼び出して。ほら、最近物騒だから……」
あたし、なんで言い訳みたいなことをいってるのかしら。目をつけられてるのは確かなのに。
「ん? 別に気にしてないって。女の子の一人歩き……一人帰りは危ないからなぁ。
ま、茜はそんな柄じゃあないだろうけどな」
そういいながらにやりと笑う佑治をみて、茜は久しぶりに心が落ちついたような気がした。そうよね。くよくよしてるのはあたしらしくないわよね、やっぱり。今日も、今までなにもなかったんだし……閉じこもってるのはよくない。明日からは、ちゃんと学校に行こうかな。
他愛のない話をしながら、暗い夜道を二人で歩く。通る人は少なく、車などもあまり見られなかった。所々街灯が切れ掛かっていて、鈍い点滅を繰り返していた。
茜のほんの少し後ろをあるく佑治。首を少しずらせば横顔が見えて、安心できた 一人じゃないから、怖さを感じなくて。それとも、本当は怖かったのか。茜はずんずんと早足で歩いていった。佑治が、少し追いつくのが遅れてしまうほどに。
「ん……なんだ……?」
背後から、そんな佑治の声が聞こえて。何かいたのかな? と思った。その直後、何かが倒れるような重い音が聞こえて、おかしいと思った。足を止めて、後ろを振り返る。そこにさっきまで後ろを歩いていたはずの佑治の姿はなく。背筋がいっきに寒くなった。、慌てて、少し道を戻ると、佑治が道に倒れこんでいた。街灯が切れていて、彼の顔が良く見えなかった。
「ちょっと、ねぇどうしたのっ何があったのよ、佑治!?」
必死に抱き起こすと、彼の顔がぼんやりと闇の中に見えた。見えた彼の口元が、微かに動いて。何を伝えようとしているのかと、茜は耳を近づけ、必死に聞き取ろうとした。
今すぐ、逃げろ
茜は彼の言葉を聞いて、怪訝に思った。聞き間違えてしまったのかとも思った。けれども、背後から近づいてくる足音を聞いて、彼のいっていることが正しかったのだとわかった。でも、置いていくなんてできない。なおも彼の唇はなにごとかを紡いでいたけれど、茜は唇を噛み締めながら、振り向いた。そうでもしないと、歯ががちがちと音をたててしまいそうだったから。
深くなりつつある闇の中ですら、浮かびあがるかのように見えるのは、美しい金色の髪。澄んでいたように見える瞳には、濃く影が落ちていた。一度瞬きをしてから、その人は呟いた。
「さようなら、お嬢さん」
呆然とする茜の耳に聞こえてきた次の言葉は。
「Good evening Dear My Doll」
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