騙しあい

ある恋人の話




「ねえ、紺野君」


「どうかしたの? 悠美」


「聞きたい事があるんだけど、聞いてもいい?」


「もちろんだよ」


「紺野君は、私のこと愛してる?」


「どうしてそんなこと訊くんだい? 愛してるに決まってるじゃないか」


「別にね、理由はないんだけど……何となく」


「何か悠美を不安にさせるようなことしてしまったかな……?」


「ううん。私がちょっと変なだけだよ」


「僕は悠美の事を愛してるよ。心の底から」


 ……ねえ。どうして紺野君はそんなに優しいの。


 どうして私みたいなのを好きになってくれたんだろう。


 絶対に、私と彼とじゃ釣り合わないのに。


 彼は、完璧すぎるよ。


 頭も良くてスタイル抜群。馬鹿で醜い私とは大違い。


 なのに、私のことを愛してるっていってくれる。


 でもね……私不安になるの。彼は、本当に私のことを愛してるのかしら。


 消極的な私にいつもさり気無く気配りをしてくれて。


 何か辛い事や悲しいことがあると、そっと慰めてくれて。


 出来すぎてると思うのは……私だけ?


 こんなことを考える私がおかしいのかな。


 彼が傍に居てくれることだって、贅沢なのに。


 そんなに……私に優しくしないで。


 そんなに幸せそうに微笑まないで。私……勘違いをしてしまいそうだから。


 私は、遊びなんでしょう……きっと。


 彼みたいにかっこいい人が私なんて好きになるはずないもの。


 なら、彼は私のことを愛していないの……?


 うろたえる私を冷静な私が見てる。


 ああ、本当は――。


 私、どうすればいいんだろう。




 ある夫婦の話




「何だか、部屋が香水臭くないかしら。あなたはどう思う?」


「ん……? そういえば何か匂うなあ。つけすぎじゃないのか」


「何言ってるのよ。あたしが香水使わないのは知ってるでしょう」


「そうだったっけな。消臭剤でも置いておけば」


「またそんないい加減なこといって。まさか――浮気してるんじゃないでしょうね」


「何変なこといいだすんだよ。俺がもてると思うか?」


「――それもそうね。……それじゃあなたと結婚した私が馬鹿みたいじゃない」


「そんなこと俺にいってもしょうがないだろう」


「はあ……。ほんと、どうしようもないわね」


「……何か言ったか?」


「退屈でしょうがないっていったのよ」


 何が退屈だ。毎日毎日、近所の人と喋りまくってるだろうが。


 俺なんか、男ばっかりの職場で毎日汗水たらして働いてるっていうのに。


 いいご身分だよな。


 俺こそどうしてこんな女と結婚したのかわからんよ。


 他にいい女はたくさんいるはずなのに。


 浮気する気にすらならないとは……俺、えらいな。


 そんな俺を邪魔者扱いしやがって。まったく。


 香水が何だって? そんなの知らないって。


 俺は香水なんかつけないんだから、あいつが使ってるだけだろう。


 本人は使わないとかいってるけどな。


 じゃなきゃ、誰の香水なんだよ。


 職場から持ち帰ってくるほど、強い匂いでもないだろうに。


 香水の匂いなんか気にしてる暇があるならさ、部屋の掃除しろよ。


 お風呂場の排水溝とかさ。洗濯物は外に干すようにするとか。


 そっちの方がよっぽど臭いんだよ。


 人の浮気を疑ってる暇なんてないはずだろうに。


 あいつ、自分で言ってることわかってんのか?


 香水が臭いとかいってるけどさ……


 あれ、男物の香水の匂いだぜ。


 最近の女は、男物も使うのか……ってそんなはずないだろう。


 そこまで俺は馬鹿じゃないさ。


 じゃあ、誰の香水かっていうのは……簡単だよな?




 ある親子の話




「お母さん、この写真の人って誰?」


「どの写真?」


「これ。アルバムの三枚目の右上の写真」


「ああ。これは母さんの古い友達だよ」


「友達? じゃあ、なんでこの人がたくさん映ってるの?」


「それはね、お母さんは、お前を産んだ後体調が優れなかったんだよ」


「お母さんの代わりにお母さんしてたの?」


「何だか変な言い方をする子だねえ」


「良くなるまで、その人に預かってもらってたんだよ」


「……お母さんって、本当のお母さん?」


「――っ。この子は何馬鹿なこと言うんだい? あたしが産んだに決まってるよ」


「本当に?」


「まったくしつこいねえ。そんなこと言ってる暇あるんなら、宿題しなさい」


「はあい」


 あはは。お母さんに怒られちゃった。


 お母さんにはそんなに仲のいい友達がいたんだね。


 本当のお母さんは、お母さんに決まってるじゃない。


 ちょっと退屈だったから、からかっただけなのにね。


 そんなにムキにならなくたっていいのになあ。 


 あ、あたしの遊びに乗ってくれたのかな。


 本気になった振りしてくれたみたいだったし。


 洗ってる食器落とすなんて、お母さんも演技うまいね。


 ねえ、びっくりした? 真剣な顔とか久しぶりにしたなあ。


 驚かせて、怒らせちゃった……あたしって演技うまいでしょう?


 嘘をつくのもうまいんだあ。


 お母さんのこと疑うなんてありえないんだから。


 羨ましいなあ。あたしもそんなに仲のいい友達作れるといいなあ。


 ねえ、お母さん。私は、お母さんのこと……信じてるからね。




 ある親友の話




「やー今日もいい天気だなあ」


「やっぱり屋上で飯食うのが一番だよな」


「そうそう。天気いいと気分も良くなるしなあ」


「そういえばさあ……」


「ん? なんだよ、お前が口ごもるなんて珍しいじゃんか」


「いや、ちょっとな。良くない噂聞いたからさあ……」


「何だよ、言ってみろ。俺が気になるんだけど」


「オレもまさかとは思ってたんだけどな」


「何だよ?」


「オマエさ、いじめられてるって本当か?」


「はあ?」


「……悪りぃ。オレの聞き間違いだったか。そんなわけないもんな」


「いや、そうじゃなくてさ……」


「さ、飯食うか。パンやろうか?」


「お前さ……いっつも人の話聞かないよな」


「はい? なんだって? ってことは……」


「お前、俺がいじめられてんの知らなかったのか?」


「え。オレの聞き間違いじゃないのか」


「その噂は本当だよ。というか、噂じゃなくて事実」


「オマエ、大丈夫かよ」


「……何が?」


「色々やられてるんだろう? いじめっていうからには」


「ああ。不幸の手紙とか来たぜ?」


「下駄箱に猫の死骸とか?」


「そうそう。虫とかもな。まったく気持ち悪い」


「やる奴の気が知れないよなあ」


「そんなもん知らなくていいって。どうせ暇つぶしにされてるだけだろ」


「ま、そんなところだろうな」


「やられる側はたまったもんじゃないけどなあ」


「なあ」


「ん、何だ?」


「オレはさ、オマエのこと……裏切らないからな」


「ああ。そんなの、とっくの昔に知ってるよ。お前が俺を裏切るなんてないってね」


「そうか」


「ああ。長い付き合いだから、信じてるよ」


「それならよかった」


「さあ。飯食おうぜ? 休み時間が終わるからさ」


「ああ、そうだなあ」


 あいつにはさ、本当に感謝してるよ。


 昔からいろいろ世話になってきたし。


 いつも笑ってくれるしな。


 お前は、嘲笑していたのかもしれないけど。


 いじめとかさ、本当にやる奴の気がしれないよなあ。


 やられる方はさ、じわじわストレスが溜まっていくんだぜ。


 だんだん、何もかもが嫌になってきて……投げ出したくなる。


 もちろん俺はそんなことしない。


 あいつがいてくれるしな。


 ……あいつは、俺のことを裏切ったりしないと思ってる。


 でもさ、何であいつは、俺の下駄箱に猫の死骸があったのを知ってるんだろうな?


 俺がいじめにあってるっていうのは、最近知ったんだろう?


 不幸の手紙が来たとはいったけど、何も下駄箱とはいってない。


 実際は家のポストに届いたんだから。


 死骸は下駄箱に入ってたけどな。


 何故あいつは知ってるんだろうな。


 ……信じてたのは、俺だけだったんだな。


 俺たちって、そんなものだったんだな。


 ごめんな。お前のこと……信じてるなんて嘘だ。


 この、今の関係を壊したくないんだ。


 事実をいったら、もう、戻れないだろう?


 偽りの友情でも――壊したくないんだ。それは、あいつも同じだよな。


 だから、こうなってるんだ。


 知らないままでいたかったよ。何も見なかったことにしたかった。


 でも、俺は忘れられないんだ。知ってしまったから。


 あいつが――俺の下駄箱に、猫の死骸を入れてたんだ。微笑みながら。




 ある双子の姉妹の話




「姉さん、ちょっといい?」


「ん、どうしたの?」


「あたしさ……姉さんにとって必要なのかな」


「佳奈子ったら、その質問するのは何度目?」


「だって……紗枝姉さんがちゃんと答えてくれないんだもの」


「私はいつもちゃんと答えているわよ? そんなことないって」


「全部同じ答えじゃない」


「当たり前じゃない、本当のことなんだから」


「またそーやって誤魔化そうとするのね」


「誤魔化してなんかいないといってるでしょう?」


「何だか納得いかないなあ」


「佳奈子こそ、なんでそんなこと聞くのよ?」


「だって、姉さんとあたしってそっくりじゃない?」


「だから?」


「同じものは二人もいらないんじゃないかなって……」


「またそんなことを言う」


「だって――」


「佳奈子だってわかってるでしょう?」


「何が?」


「私たちは、双子よ? 二人で、一人なのよ」


「うん」


「だから、必要ないなんてことはないはずよ」


「うん。でもあたしは知ってるよ」


「知ってるなら訊かなくてもいいでしょう?」


「……考えてみればそうだね」


「考えてから質問した方がいいわ」


 双子。自分とそっくりな顔をしたものが、もう一人いるということ。


 この意味が分かる? 自分が二人もいるのよ。


 そりゃ、性格とかは違うけれども、見た目なんか瓜二つよ。


 どれだけ嫌なことか分かる?


 私は私。あの子じゃないの。


 いつも回りは比べてばかり。姉と妹。


 あの子のほうが、女の子らしいって。


 比べてお姉さんのほうは無愛想だねって。


 私とあの子を……比較しないで!


 いくら似ていても、別のモノなんだから、違ってあたりまえでしょう。


 双子なんて関係ない。顔つきも違っていればいいのに。 


 同じものは、二人も要らないの。


 私一人で十分よ。あの子は……私にとっては、いらないの。


 あの子は、本当に私が必要にしていると……思ってるのかしら?


 何度もしつこく質問してくるけれど。


 いい加減答えるのも鬱陶しくなってきたわ……。


 でも、気づいてるとは思うのだけど。だって、佳奈子は言ったじゃない。


 あたしは、知ってるよってね。


 なら、そういうことなのでしょう。 



 嘘を吐いているのは……誰だ……?


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