思い出を食す
可元が近々引っ越すことになった。
「そうか」
「反応うすっ! もうちょっとなんかあるでしょ!」
「いやないだろ。さみしくなるな、くらいで」
「それが欲しいのこっちは! 言われる前に言ってよ!」
「そうか……さみしくなるな」
本心だった。
それが伝わったのか、可元はうつむくようにして言葉をこぼした。
「この際だからホントのこと言うけどさ、あたし、この学校で友だち全然作れなかったんだよね」
「知ってるよ。それくらい」
周りの連中にとって可元はかわいすぎたらしい。
笑顔は向けるけれど、深いところまでは踏み込めなくなっている。
それがわからないほど、もう浅い関係ではなかった。
「だから、まともに話せるのアンタくらいだったんだ」
ありがとね。と、小さく消えるような呟きが聞こえた。
俺は緑のたぬきの残り汁をすすってから、言った。
「実を言うと、俺も転入生だったんだ」
隣の可元が顔を上げるのがわかった。
「この学校には一年の時に来た。けど全然馴染めずにここまで来た」
俺は続ける。
「前の学校、というか引っ越す前の地元の友だちと交わした最後の晩餐が緑のたぬきだった。それから、俺は緑のたぬきを食べるようになった。これさえあれば多少寂しくても平気だったから」
言うなれば、
「俺は思い出を食べてたんだよ。そいつらとバカ笑いしながら食べた楽しい思い出を」
だから、
「可元がもし次の学校でも馴染めなかったとしたら、赤いきつねを食べればいい。毎日じゃなくても、時々。そしたら緑のたぬきばっか食ってた変なヤツのことは思い出せる」
これが励ましになるかはわからないけれど。
「少なくとも、俺はこれからお前のことも思い出しながら緑のたぬきを食べるよ」
「なにそれ、キモいんだけど」
俺の言葉に可元は鼻をすすって笑った。
「まぁ、偶にならいいかもね」
そうして、可元は転校して行った。
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