つみかさなる五分間
次の日の昼休み。
「文句があるならって言ったはずだけど」
「あるから来たんでしょうが!」
可元はお湯を入れた緑のたぬきを前にぷりぷりと怒っていた。
正直、俺としては来てほしくなかった。
結局、あの後食べた緑のたぬきは伸びてしまっていたのだ。
昨日の延長戦ならそのまま麺も伸びてしまう可能性が高い。
「アタシより緑のたぬきを選んだやつに一言でも文句を言わなきゃこっちの気が済まないの!」
「お前よりって、それは当たり前だろう」
「何が当たり前なの⁉︎ たとえあたしじゃなくてもたかがカップ麺と人ひとりを比べて前者を選ぶなんて――」
「…………は?」
俺の喉から絶対零度のごとき声が漏れた。
それは可元の怒りの炎を一瞬にして消し去った。
「たかが? 可元、お前いま、たがかって言ったか?」
「い、言ったけどなに」
「いいか。お前がいま”たかが”と言ったのは1980年に発売されてから実に四十年近く、ただの一度も販売中止になることなく売れ続けているインスタント麺だぞ」
「それがなに!」
「お前のように少しかわいく生まれたからとあぐらをかくようなことなく、少しずつ味やパッケージを改良し、客の胃と財布を温めることを第一に考え続けた企業努力の結晶なんだぞ。どちらを選ぶかは火を見るより明らかだろう」
「よくわかんないけど、アンタが緑のたぬきを好きなことは分かった……」
「好きなんてもんじゃない。俺の
「キモっ! え、まさか夏も?」
可元の問いに俺は勢い盛んに首肯する。
「緑のたぬきの何がアンタをそこまで狂わせるの」
「別に緑のたぬきが狂わせているわけじゃない。ここが誰も来ず一人で飯を食べるのに適していて、なおかつ緑のたぬきが置いてあるから食べているだけだ」
「一人で……って何、アンタ友達いないの?」
「いないことはない」
「ぷっ、いないヤツの返答じゃん」
いつの間にか怒る気が無くなったようで、可元は憐れみと可笑しみを込めた目で俺を見ながら出て行った。
と思ったら次の日も来た。
「お前も友達いないんじゃないのか」
「なわけないでしょ。おかげさまでたくさんいます〜」
「じゃあなんで」
「緑のたぬきを優先するようなアンタにあたしをかわいいって言わせるため」
「いや最初からかわいいって言ってるんだが」
そんなこんなで、可元は昼休みに毎日購買に現れるようになった。
話すのは俺の緑のたぬきができるまでの五分間。
内容はささいなことばかり。
「アンタおにぎりとかも食べるんだ。緑のたぬきだけだと思ってた」
「男子高校生の胃袋がインスタント麺ひとつだけで保つと思うな」
「こないだの小テストの結果どうだった?」
「俺理系だからその小テスト受けてないぞ」
いつしか、可元も一緒に赤いきつねを食べるようになった。
「へえ、結構転校くり返してるんだな」
「ここでもう四回目。しばらく落ち着けそうとは言われてるけど」
「そうできたらいいな」
冬休みを越えたあたりで食事した後も話すようになった。
「廊下では声かけるなよ」
「え、なんで」
「クラスメイトにどやされたんだ。いつ知り合った!って」
「ウケる。もっと声かけてやろ」
「ノートありがと。数学苦手だから助かった〜」
「あんまりわからないなら勉強見てやろうか?」
「えっ嘘!」
「ウソ」
「ざっけんな!」
そして春の近づいてきたある日。可元が言った。
「引っ越すことになったんだ」
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