ソウルフードと転入生

にのまえ あきら

伸びた麺ほど記憶に残る味は無い

 

 緑のたぬきの伸びた麺をすすった時、必ず思い出す記憶がある。

 それは高校二年生の冬の昼休みだった。


 ◇ ◇ ◇


「んぁ?」


 トイレを出て冷たい手をさすりながら購買に戻ったその時、俺の喉から声にならない声が漏れた。

 理由は二つ。


 一つ目は、食べ物がインスタント麺と携帯栄養食品しかない、購買もとい食料備蓄小屋に先客がいたこと。


 二つ目は、その人が転入生だったこと。


「あ、これキミの?」


 彼女はお湯を注いでフタをしてある緑のたぬきを右手で指さす。

 俺は無言で頷いた。


「まだあったからお湯使わせてもらったんだけど、良かったよね?」


 彼女は無人のカウンター上に置いてある赤いきつねを左手で指さす。

 俺はまたも無言で頷いた。


 転入生。

 ……苗字は可元かもとだったか。

 一ヶ月ほど前に転入してきたばかりのはずだ。

 

 なんでもクラスメイトの野郎ども曰く――めっちゃかわいい。まじやばいって。いやほんまよ、お前も見てきてみ……など、とにかくかわいいという噂が絶えなかった。

 

 そして目の前にいる可元は確かにかわいい。

 けれど、そんなに騒ぎ立てるほどでも無い気がした。

 いや、かわいいはかわいいのだけど。

 

 そんなことを思っていたら、

 

「なに? あたしの顔になんかついてる?」

「……かわいい顔がついてる」

「ふっ、なにそれ。口説き文句?」


 案外引かれるかと思ったのだけど、可元は困惑と興味が3:4の割合で混じった笑みを浮かべた(残りの三割は純粋な笑いだったと思う)。


「いや、うちのクラスでも可元がかわいいっていう話が流れてきてさ。ホントにかわいかったから」

「ふぅん、じゃあ先に謝らないとだね」

「謝る? なんで?」


 俺の問いに彼女は、笑みを浮かべて、言い放った。


「あたし今、カレシとか考えてないんだ。だから、ごめんねっ?」

 

 爽やかに、可憐に、明らかに。

 その笑顔を見た瞬間、俺はなんだかムカついた気分になった。

 理由は二つ。

 まず一つ目は表情。

 俺はこの表情を知っている。アレは精神的優位に立っている者のそれだ。

 定期テストで自分が最高得点を取った者の、あるいは童貞を捨てたことを誰かに話したくて堪らない奴の表情。あいつらの顔まじでムカついたな……。


 それはさておき、二つ目は、俺がフラれたことだ。

 正確に言えば”勝手にフラれたことにされている”ことだ。

 あれは断じて口説き文句などではなく、事実を端的に述べただけである。

 

 なのにこの女と来たら、勝手に精神的優位に立った上に勝手に俺をフッたのだ。

 この場合、どう反撃すべきか。

 俺は思考するまでもなく、口にしていた。


「そうか。ところで俺も言いたいことがあったんだ。かわいいって話の続きなんだけど」

「ん、なぁに?」

「正直、みんなが騒ぎ立てるほどじゃなかった」

「…………は?」


 可元の喉から外の冷気より冷たい声が発された。

 けれど俺のマグマより熱い憤怒の心を鎮めるには到底足りない。

 

「アイドル級だとかなんだとか言ってたけど、遠くから見たせいで実はよく見えなかったんだろうな。だから想像で補った結果、美化してしまったんだろう」

「なん……」

「内面に関しても褒められるのをありがたがらず、当然のことと甘受している時点でお里が知れるし、人が否定しているにも関わらず勝手に告白されたと思い込んでフるのはどうかと思う」

「こっ、の……」

「正直言って全くかわいくない。かわいいのは顔だけだったらしいな」

「言わせておけば!!!!」


 今度は可元の怒りが爆発した。

 真っ黒な髪を振り乱し、白い頬を赤く染める。

 その様すらもかわいいのは素直に感心した。

 けれど、時間切れだ。

 

「アンタねえ――!」

「俺に文句を言いたいなら明日にしろ」

「は? なんでよ!」


 俺は緑のたぬきのカップを手に取って言った。


「麺が伸びる」

 

 

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