第46話 そして、おしゃれなカフェで
そして、おしゃれなカフェで、ちょっと遅いランチを取った後、山上埠頭公園をぶらぶら散策して、ベンチに腰掛け、埠頭に停泊している客船をみながら、心地よい潮風に吹かれている。
「あのね…… 」
隣に座った雄奈さんの雰囲気が変わり、声を掛けられた。
そちらを見ると、空色の髪にアクアマリンの瞳に涙を溜めていて、夕奈さんが出て来きているのがわかった。
めずらしい。人目のあるところで夕奈さんが出てくるなんて?
「夕奈さん。どうしたの? 穏やかな雰囲気だからかな?」
「うん。たまには、真治くんのぬくもりを直接感じたい……」
そういうと、僕に体重を預けてくる。しかも、少し幽奈さんの認識阻害のスキルを使って気配を消しているようだった。
結構、海里さんと一緒に居るから、人格の入れ替わりはビジュアルだけでなく、雰囲気でわかるようになっている。それなのに、雰囲気は夕奈さんのままで、認識阻害のオーラが出ているなんてどういうことだ。実はみんなの人格を真似できる幽奈さんが出ているのかも?
そんな疑問が夕奈さんに伝わったのだろう。夕奈さんが僕の目を見てはっきりと言ったのだ。
「もちろん夕奈なの。最近は、お互いの人格の領域を侵食し合っていて、他の人格の能力もできるようになってきているの」
「なるほど。人格の統合ももうすぐだということですか?」
少し、僕の声に力がなかったと思う。人の目を見て話せるなんて本当に夕奈さんはみんなの性格に近づいていることが理解できてしまったのだ。
「どうしたの真治君。昨日は今のままで良いって言っていたのに?」
涙を目にためている夕奈さんは、それぞれの人格が統合されたとしても、みんなのことは忘れるなと言っているようだ。
「なるべく、今のままでいてください。そうしないと僕と優奈さんたちが、付き合い始めた根拠がなくなってしまいます」
「そうですよね。真治君は夕奈たちの好みの平均の合作でしたね」
ふふふっと弱く笑う夕奈さん。
今日の夕奈さんは、しっかりと物が言えるんだと考えていると、夕奈さんが俺の腕を取り、胸を密着させてきた。認識阻害で、潮風と一体になった夕奈さんを感じながら、まったりとした時間を過ごす。
一時間ほど、何も話さない時間が過ぎただろうか。
夕奈さんが思い切ったように口を開いた。
「真治君、今日はごめんね。夕奈たちの復讐に巻き込んで、危ない目に合わせちゃった。みんな、真治君に合わせる顔がないって出てこれないの。夕奈も、みんなの影に隠れて泣いていただけ。だから、頑張って私が出てきているの」
「そんなこと……。僕が、不甲斐無いばかりに、勇奈さん一人だけなら、きっと、きりぬけることができたのに……」
「そんなことないよ。真治君は、夕奈たちと違って異能がないんだもの。……でも、夕奈たち真治君に助けられて、少し真治君に甘えすぎていたみたい。もう、私たちに付き合わせるわけにはいかないって」
「なに言ってるんだよ。僕だって、今日、復讐するのを止めさせるべきだったって、一瞬、思ったんだ。でも、勇奈さんの瞳には迷いはなかった。絶対あきらめないって……。だから、僕も命を懸けるって、あの時思ったんだ」
「真治君。本当に?」
「ああっ、僕は一度、死んだ人間なんだって思い出した、優奈さんたちのために、何を今更、命を惜しむことが在るんだってね」
「……真治君……」
あれ、前髪がヒョコンと立っている。
「当然、最後まで付き合うさ。だって僕たちつきあっているんだろ。だったら、困難があったら一緒に悩んで、半分にしなきゃだろ?」
「うん」
優奈さんが僕の腕を取り、そのまま、駅の方に早足で向かう。
僕は、一瞬、足がもつれそうになって、それでも体制を立て直し結奈さんに付いて行く。
ほほに触れる黒髪ストレートのさらさらした毛先が顔に当たって少しこそばゆい。
今週は充実しすぎた週末が過ごせたようだった。
と思ったのは間違いで、日曜日の報道番組で各テレビ局は競って巨富製薬のMRの佐藤逮捕のニュースを報道したのだ。
まず、巨富製薬の従業員、佐藤は会社での自分の地位を利用して、媚薬と精神錯乱剤を入手。それを使用して何件もの婦女暴行を行っていた。精神錯乱剤は微量では麻薬のように気持ちを高揚させる効果があるらしい。
佐藤の仕事先で女子高生が大学附属病院で襲われた。その際、佐藤は精神錯乱剤を誤って大量に打ち、婦女暴行は未遂に終わり、襲われていた海里優奈さんの通報により警察が駆け付けその場で逮捕されたという内容だった。
テレビ画面には、入学当時の優奈さんの写真と今日、校門で僕を待っていた金髪ツインテの雄奈さんの写真が映っていた。最初にこの女性から佐藤を誘ったようだと大学付属病院の待合室にいた患者が証言してた。まあ、確かに、遊奈が誘ったんだけど。
「このように入学当時は真面目な生徒だったみたいなんですけど、最近は服装や髪型に派手になっていまして、結局は、そんな目立つ恰好をしているとですね危ない人間に目を付けられるわけなんです。被害者に隙があるから、犯罪に巻き込まれたと云えるでしょうね」
とコメンテーターが問題をすり替えて、優奈さんを暗に非難している。
そして、画面が巨富製薬の経営陣の謝罪会見が映し出され、社員の不正を詫び、被害者の肩には心よりお詫びし、出来る限りの補償することを述べていた。
コメンテーターはその潔い態度をほめ、社会的責任の取り方の模範と褒め称えている。
結局、以前に優奈さんが誘拐されたことも、いたずらされたことも報道されず、優奈さんの事件は、佐藤が起こした婦女暴行事件の中の一つという扱いであった。
これじゃあ、優奈さんの復讐にはならない。返って巨富製薬の株を上げただけの事件だった。そういえば、佐藤との会話を録音したものを警察に提出しておけば……、と考えたけど、かなり脅かしが入っていたし、結局、佐藤からの自供は得られなかった。
僕の考えて通り、佐藤は巨富製薬のトカゲのしっぽ切りになったのだ。
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