第44話 真治、遅い!
「真治、遅い!」
必死で勇奈さんの後をついて行くが、勇奈さんの身体能力は常人を軽く凌駕している。僕に気を使って走れないのは、目に見えて僕にはわかっていた。
それに、僕たちの逃げ道を防ぐように、派手な服を着て、一見で堅気ではない人たち数人が、路地から飛び出してくる。勇奈さんが何人かを蹴り飛ばしながら、再び、道を変え迷路のような路地を逃げ回っている。一〇分ぐらい逃げまわったか。すでに、僕の息は上がっている。そして、いつの間にか、僕たちは袋小路に十数人の男たちに追い詰められていた。
その中で、チンピラのような恰好をしている中で、一人、上質なスーツを着るこの男たちの上に立つと思われる者が、僕たちに声を掛けてきた。
「そこのお嬢ちゃん。かわいい顔をしてなかなかやるな。俺の子飼いが数十人もやられちまうなんてな」
「うるさい。俺たちをどうする気だ」
「どうするかは、お前たちの出方次第だな」
男がそう言うと。別の二人が、勇奈さんを拘束しようとして近づいてくる。そこで、一閃、勇奈さんの蹴りが、見事にヒットして、二人の男を蹴り飛ばす。
それを合図に、乱闘が始まったが、勇奈さんは神速の動きで、男たちの間を縦横無尽に動き回り、男たちを地面に沈めていくのだ。
まだまだ、勇奈さんの動きには余裕がある。勇奈さんの後ろで、僕が勇奈さんに見とれていると、路地に銃声がこだまする。
「お前ら、動くな!」
スーツの男が、拳銃を空に向けてぶっ放したのだ。そして、その銃口を今度は僕に向けているのだ。
初めて見る本物の銃、心底の怯えに、僕の身体は膠着する。僕は逃げることに専念していたのだが、そこに隙が出来たのだろう。あっと言う間に服を捕まれ、溝打ちに拳(こぶし)を叩きこまれ、酸っぱいものが胃の方から上がってくるのを感じながら悶絶する。そして、後ろから、羽交い絞めにされ、首元にドスを突きつけられたのだ。
「そこの女、動くな! 動くとこの男をぶち殺すぞ!」
それまで、空手で言う猫足立ちで、隙なく構えていた勇奈さんが、体の力を抜いたのだ。
すぐに、二人の男が両側から腕を取り、拘束すると、スーツの男が、拳銃ののグリップで勇奈さんの溝打ちに拳を叩きこんだのだ。
「うぐっ」うめき声をあげた勇奈さん。
「どうだ、観念したか! このあま」
ポニーテルの髪の毛を掴んだまま、勇奈さんの顔を覗き込むスーツの男。
しかし、勇奈さんの目は死んではいなかった。
勇奈さんは、男から左ほほに、拳銃で平手打ちを叩きこまれた。口の中を切ったのか、勇奈さんの唇から血が流れ落ちている。
「お前、まだ、これからどうなるか分かってないのか? ここにいる奴ら全員に廻されるんだぞ。言っておくが、快感なんかは与えねえからな。彼氏の見ている前で、乳首を噛み千切られ、けつの穴に棒を突っ込まれて、血を垂れ流すんだよ。そういうビデオが高く売れるんだブラックマーケットでな。
それで、もう死にたいって思うんだ。その頃合いで、今度はソープに売り飛ばす。いや、お前、美人だから海外の変態に売り飛ばすか? 普通の事に飽きた猟奇的な美少女趣味の金持ちが海外にはごろごろいるからな!」
そう言うと、スーツの男は、勇奈さんのTシャツを掴んで引き千切る。露わになった白い肌にピンクのブラジャー。 周りの男たちから好奇の声があがる。
(こいつら、鬼畜だ。やっぱり、どんなことをしても、復讐なんてやめさせるんだった)そう思い唇を噛み、勇奈さんを見る。
しかし、勇奈さんの瞳には、後悔の色はない。まだ決して諦めていない。
そうだ、僕もまだあきらめてはいけない。
「そこの男は、金にはならん。後で、コンクリート詰めにして、東京湾にでも沈めとけ」
やっぱり、そう来るか。どうせ死ぬことになるのなら、今ここで死んでも同じだ。
そう考えて行動を起こそうとする。
その時だ。すぐ、近くで、パトカーのサイレンの音が鳴り響いた。
一瞬、あっけに取れた男たち。
僕は、全身全霊で首元にドスを突きつけている男の脇腹に肘鉄を食らわし、拘束を逃れた。
それを見ていた勇奈さんは、腕をねじり上げている両側の男を人外の怪力で振り払うと正面のスーツ姿の男の顎に目にも止まらない前蹴りを蹴り込み、仰向けに倒れたところを、素早く追いかけ、拳銃を持った右手を踏みつぶしてた。
そこに、三台のパトカーが乗り付け、銃を抜きながら、刑事たちが飛び出してくる。
すぐさま、銃撃戦になったが、拳銃の弾が飛び交う中、勇奈さんが躍るように飛び回り、残りのチンピラを制圧していく。
そして、僕はテレビや映画で見るような銃撃戦を目の当たりにみて、再び足がすくんで動けなくなっている。
「真治、大丈夫か?」
「はい、なんとか」
「首のところ、血が出っている」
「ただのかすり傷です。さっき、拘束からの逃れようとして。それより、勇奈さん、その姿!」
「ああっ、大丈夫だ。前にも一回あったから」
そう言いながらも、少し恥ずかしそうにパーカーのファスナーを上まで上げて、胸を隠した。
辺り一面に伸びていたり、痛みで転げまわっている男たちに、手錠をかけ終わると、やっと、刑事たちが、僕たちの周りに集まってきた。
「えっ、刑事さんたちって?!」
「海里さん。そうなんだ。俺たち、海里さんの危機に居ても立っても居られなくなり、大急ぎで駆けつけたんだ」
「でも、ここは黒坂署の管轄じゃないでしょ」
「はん、海里さんのためなら、越権行為なんて糞喰らえです」
「だいたい、ここの新塾署なんて、事後でしか動こうとしないんだから、刑事の風上にも置けん奴らだ!」
「そうそう、事件は会議室で起こってるんじゃない。現場で起こっているんだってね」
「本当に。うちのボスが熱く言って、俺たちのやったことを何度も後始末してくれましたから」
駆け付けた刑事たちが、口ぐちに熱くなる言葉を掛けてくれる。
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