第43話 SS(ショートストーリー)

「鬼無、暑いわね! なんでこんなに暑いんだろう? 」

「雄奈さん、本当に暑いですね。なんかダブル高気圧が原因だとか。」

「原因が分かっているなら何とかしなさいよ。気象庁!!」

「いや、そんな原因が分かっても、自然相手ですし……」

「決めたわ。こういう時には、肝試しで涼みましょうよ」

「肝試しって、何をするんですか?」

「決まってるでしょ。心霊スポットに突撃よ!いい情報を聞いたのよ」

「僕、ちょっと怖いのは苦手で……」

「なに言ってるのよ。今日、夜の9時に私の家に迎えに来なさいよ」

「えっと、僕、チャリしか持ってませんよ」

「そっか、まあ、チャリでも行ける場所よ。それじゃあ、夜9時ね」

 放課後、金曜日の図書当番が終わって、二人で下校の途中、いきなり、雄奈さんが僕に肝試しを提案してきたのだ。

 まったく、二人で、そんなにデートもしてないというのに、こういうことには、すぐに、首を突っ込みたがる好奇心旺盛の海里さんたちには、困ってしまうのだ。


 そして、夜9時に海里さんの家の前にチャリで向かうと、すでに、海里さんは白いキャミソールにショートパンツという色っぽい出で立ちで玄関の前に待っていた。

「もう、鬼無君、遅いんだから、すぐに出発しよ。パパとママに門限を決められちゃったんだから」

 ちょっと、ふくれっ面の海里さんの頭には、前髪がピョコンと立っているのだ。


「優奈さん、門限があるなら、そんなに遠くには行けませんね」

 チャリの後部座席に横坐りして、腰に手を回している優奈さんの薄着のDカップの胸が、もろ僕の背中に押し当てられて、ドギマギしながら、やっと言葉を発したのだ。

「ここから、20分ぐらいの所にある旧黒尾トンネルに行くのよ。

 なんか、最近、ここを通った車で、トンネルの途中で、何かにぶつかった衝撃がして、 トンネルを抜けたところで、車体を確認してみると、ボンネットやフロントガラスに、無数の手形が残っていて、その車に乗ってた人たちは、気が狂っちゃたんですって」

「でも、その怪奇体験した人たち、みんな気が狂っていたのに、なんで、噂になっているんですかね?」

「真治君。そんなの怪談ではよくあることだ。きっと、作り話なんだよ」

 いつの間にかアンダーリムのメガネを海里さんは掛けていた。

「結奈さん、そこまでわかっているのに、行くんですか? 」

「噂というものには、何か根拠があるものさ。それを確認しに行くことに意義があると思わないか」

「うーん。わざわざ行かなくてもいいような」

「なんだ、ここまで来て、びびったのか真治?」

 勇奈さんが出てきて、器用にポニテに結び直している。

 

 いよいよ、トンネルの内部に突入するのだが、海里さんも、結局、勇奈さんの人格のままで、結局、他の人格はトンネルを抜けるまで出てくることはなかった。

 実はみんなビビってる?


「勇奈さん。さすが、トンネルの中は空気が違いますね。淀んでいるというか、沈んでいるというか」

「真治、今、明らかに空気が変わった。肌に絡みつくような、不穏な気配の壁を突き抜けた感じがした。いやな予感がする。全速力でトンネルを抜けてくれ!」

「勇奈さん。わかりました!」

 そう言って、すでに立ち漕ぎをしている僕の耳には、耳鳴りのように雨音が聞こえている。さらに、チャリは誰かが載っているように重くなり、中々前に進まない。

 当然、トンネルに入る前までは、雨は降っていなかったし、トンネルの中で、雨が降るわけもない。そして、人影一つもみていないのだ。


 トンネルのオレンジの薄暗い明りの先に、防犯灯のLEDの白い光が見えている。

 僕は、そこまで必死にチャリを走らせた。


 やっと、トンネルを抜けた。そうして、LEDの防犯灯の下で、お互いの姿を確認し合う。

「勇奈さん。そ、それ……」

 そうなのだ。海里さんのキャミソールのDカップの胸の所に、血のような赤い手形が付いているのだ。

「なに、このキャミソール、私のお気に入りだったのに! それに、まだ、鬼無君にも触らせていない胸を触られたよ!」

 前髪が立ち、嘆いている優奈さんに変わって、目の淵にアイシャドーが引かれた幽奈さんが現れた。

「喰らえ、悪霊!」

 幽奈さんが、自分の体に振りかけだしたのはファブリーズなのだ。

「幽奈さん?なぜ?」

「ファブリーズには、幽霊に対して有効成分であるシクロデキストリンの分子構造が魔法陣の形に似ているって有名な話が有るのです。

ホラーゲームを作っていたメーカーが、霊障に困っていて、ファブリーズを撒くとその霊障が無くなったという話もあるのです」

「そんな、バカな!」

「あたしの薬品の知識に間違いはないのです」

 確かに、ファブリーズを受けた海里さんの体から、黒い霧が浮かび上がる。

 そして、もがき苦しむようにその霧が人型になり、僕たちを睨みつける。

「頭に来た。私をそんな目で見るなんて許さない。その場に縛り付けてあげるから、そのまま、なにも出来ない地縛霊になりなさい」

 そう言うと、ポニテをツインテに結び直した雄奈さんに切り替わると、ブリザードが吹き荒れる。

 その吹雪の結晶は、まさに魔法陣となり、黒い霧を凍えさせ、凍らせ、やがて霧散させる。

 どうだと言わんばかりの雄奈さんに僕は一言いった。

「そのブリザードがあれば、肝試しなんて必要なかったですよね!」


その2


 トンネルに入ると、チャリが突然重くなり、もう一人、チャリの荷台に乗ったようだった。

 そのころ、海里さんの脳内では、

「あなた、なに、頭の中に入ってきているのよ」

「あの、あなた達も、悪霊ですか?」

「なに、言ってるのよ。これはそれぞれ独立した人格なんです」

「だったら、私は誰に憑依すればいいんですか?」

「なによ、仕方ないわね。そこの寝ている有奈にでも、憑依すれば」


 そうして、憑依された有奈だが、今まで何の超能力も無かった有奈は、超能力でポルターガイストや呪いを発動できるようになった。

「私たちの中で、一番意思強い有奈に憑依するなんて、あの悪霊バカよね。有奈に取り込まれて死ぬまでこき使われるわよ」


「バカね。幽霊はもう死んでるのよ」



「「「「チャンチャン!」」」」


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