第38話 例の喫茶店に入ると
例の喫茶店に入ると、雄奈さんの指定席の一番奥の席に座り、マスターに日替わりランチセットを頼む、そして、雄奈さんは関を切ったように話し出した。
「あの浮浪者のカルテには、やっぱり薬物投与の跡が有ったわ。きっと、精神鑑定の時に投与されたのね。それにしても、鍵のかかった書庫で、古いカルテだから、整理もされてなくて参ったわよ」
「そんな場所から、よく短期間で見つけることが出来ましたね」
そういうと、雄奈さんから目つきの鋭い幽奈さんに変わる。
「あたしのスキルが無ければまず不可能だね。ピッキングはお得意だし、欲しい物がどこにあるのか、だいたい鼻でかぎ分けられる」
ピッキングに、お宝の場所を鼻でかぎ分けるなんて、まるで泥棒さんです。暗殺者も同じスキルが必要なんだろうが、殺人願望者よりもう泥棒さんでいいんじゃないかと考えてしまう。幽奈さんの白衣姿もよかったので、レオタード姿もちょっと見てみたい気がする。
「真治くん。聞いてる?」
「あっ、はい、幽奈さんは凄いです」
「そう? わかればいいのよ」
幽奈さんが、少し照れているのかほほを染めて目つきが和らいだ。。
「ところで、そもそもの疑問なんですが、なんで誘拐犯が更生病院に強制入院させられているのが分かったんですか? 人権問題で、被害者にさえ、加害者が何時刑務所を出所とか、今、どこに住んでいるとか教えませんよね」
そこで、幽奈さんはボストン型のメガネを掛ける。コロコロ外見を変えるわけにもいかず、唯一結奈さんのアイデンティティを強調しているようだ。
「私が、警察庁のサーバーにアクセスして、犯罪者データーファイルに潜り込んだから。テヘッ」
「ちょ、ちょっと結奈さん。それって犯罪ですよね。しかも、大胆にも警察庁の犯罪者データって」
「だって、コンピューターの知識は豊富だし、AIだった時の記憶も残っているからね。ハッカーとしては有能よ。プログラム解析はお手のものだし」
「そうですか。でも、絶対にばれないようにしてくださいよ」
「大丈夫、大丈夫。だって、日本の政府関係のシステムよ。まるでセキュリティが為ってなくて、私、あまりに退屈で、欠伸が出たもの」 結奈さん。そこで本当に欠伸をしない。政府関係者が聞いたら泣いちゃいますよ。
「で、次に更生病院のサーバーにアクセスして、患者データを盗み見て、大体どこに、カルテが保管されているか、当たりを付けていたのよね。当時の新聞で、犯人の名前はわかっていたし」
「だから、あれほど、短時間で……」
「そこは、私の異能が在ったからよ」
幽奈さんと思われる人格が、口を尖らかせて文句をいってくる。
「そんなこと。わかっていますよ」
とりあえず、幽奈さんの自己主張を承認してあげて、昼からの予定について聞いてみる。
「ところで、昼から何をしようと言うんですか?」
再び、メガネを掛ける結奈さん。目の下のアイシャドウのようなクマもすっかり消えている。
「昼から、大学付属病院を張るわよ」
「結奈さん。大学付属病院って、海里さんのご両親が務めている病院ですか?」
「そうなの、そこである人物が現れるのを待つの」
「ある人物って?」
「巨富製薬のMRよ。この私が、巨富製薬のサーバーについては、まったくハッキングできないの。それもIDもパスワードも突破しているのに、潜り込んでも、同じところをぐるぐるさせられて、振り出しに戻ってるの。どんなプログラムを組んでるのか?、コードを見ようとしても、まったく見ることができない。まるで、自分が人間の体内に入ったウイルスのように感じたわ」
「だって、コンピューターに不法侵入しているんだがらウイルスですよね」
「確かに、まったく、どんな免疫システムを組んでいるのか?」
「いつまで、そんな話をしているのよ」
そこで、結奈さんの雰囲気が変わり、メガネをはずすと唇に真っ赤なルージュを引く。ちゃんと化粧道具も持って生きているんだ……。
「結奈ったら、そんなまどろっこしい言い方しなくても、要はあたしに媚薬入りのど飴をくれた人を探すと言えばいいのよ。だって、その外見以外、まったく手掛かりがないんだもの」
「なるほど、毎週、出入りしているMRですか」
「そう、あたしに媚薬入りのど飴をくれた人。のこのこ、また大学付属病院に顔を出すなんてバカよね。それとも、あたしに媚薬が効かなかったので、媚薬を飲ませたことに気が付いていないとでも思っているのかしら」
「それで、もし、その人がいたらどうするんですか」
そこで、遊奈さんが、ルージュをふき取ると、ポニーテールに髪を結び直す。喫茶店の一角で制約がある分、色々と芸が細かくなっている。
「決まっているだろ、その野郎をぶっ飛ばす!」
「勇奈さん。それって不味くないですか。証拠もないのにいきなりぶっ飛ばしたりして」
「そんなこと知るか! この俺の身体にあれやこれやいたずらしようとしたんだぞ。もし、遊奈が居なかったら、真治と付き合う前に、ロスト・バージンしていたかもだぞ!」
「そ、それなら、仕方ありませんね」
僕は、あっさり、勇奈さんに同意する。
「真治君、大丈夫だ。後の事はちゃんと考えている」
「結奈さんがそう言うなら……」
いつの間にか、メガネを掛けている結奈に、僕は答えた。
「結奈さん。ぶちのめすのはわかるとして、あれだけ大きい組織、末端社員が知っていることなんて、たがが知れていると思いますよ」
「その通りだ。だから、私たちの狙いはその社員の持っている発注用の専用回線を使った専用端末だ。ネットからは入れないんだから、そいつでサーバーに侵入する」
それにしても、ビュジュアルを変えるのは結構大変そうだ。まさか、メールを打つ時もそうやってしているのか? 僕はそれを想像して少し笑ってしまった。
「なにが可笑しい? 危険だが真治くんの仕事もちゃんとあるんだ」
「ぼくの仕事? 何なんですか?」
「とにかく私たちを一緒に居てくれればいいんだ」
「なるほど、結局、一緒に居るだけの、反って足で纏いになる役立たずという事ですか?」
「そんな、役立たずなんて、わたしたち、真治君がいるから、犯罪に手を染めない決意でいる。有奈というリミッターがない今、真治君がリミッターなんだ。鬼無君の目の前で、人殺しをしないように、行政と製薬会社と暴力団の癒着の証拠をつかんで、世論を動かし警察と検察を動かす」
「そんなに、うまく行くかな?」
あれ、結奈さんにアホ毛が立っいる。
「鬼無君、きっと大丈夫。絶対的な証拠を手にいれ、巨富製薬の悪事を万人の目に晒してやるの」
「そうですね。頑張りましょう!」
「話がまとまったところで、そそそろ、大学付属病院に出向くぞ」
雄奈さんの声で、僕たちは、日替わりランチを食べ終えると、喫茶店を出て、天翔学園前駅に向かう。
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