第37話 翌朝、天翔学園前駅で海里さんを待っている
翌朝、天翔学園前駅で海里さんを待っている。そこへ金髪ツインテの雄奈さんがやってきた。
「電車に乗って、大山駅まで行くからね」
「いえ。でも結構、郊外に行くんですね」
「そうよ。更生病院に行くんだから」
「更生病院と言えば、精神病院ですよね」
「そう、優奈を誘拐した浮浪者。結局、精神の異常が在って不起訴処分、更生病院に強制入院していたのよ」
「精神異常ですか? 」
「そう、でも入院期間はわずか半年、それに、診断書を付けたのが更生病院の医院長。おまけに更生病院は、精神科だけあって、巨富製薬と深い繋がりがある。ここまで言えば鈍いあなたでもわかるでしょ」
そう言ったきり、雄奈さんは横を向いて、拒絶オーラを強化した。
なるほど、精神異常者による犯行は刑法上の罪は問われないが、無罪という訳でなく、実は精神病院に強制措置入院させられなかなか外に出てこられない。刑務所の方が還って自由や希望があるくらいだ。
それが半年で出て来たということは、短期間で症状がなくなったということだろう。それに、巨富製薬と繋がりが有ると考えると、遊奈さんの媚薬の件のこともあるし、精神に異常をきたす薬の入手は簡単なことだろう。その投与をすぐにやめれば、短期間で症状がなくなるだろう。これは薬物投与の可能性が高いな。
僕は雄奈さんの方を見て頷いた。すると雄奈さんがチラッと僕を見て、口角を上げる。
僕は優奈さんたちが何を考えているかうすうす理解できた。
電車で三〇分ほどで郊外駅に着き、そこからはタクシーに乗る。
タクシーの中で、「真治、お前の演技に掛かっているからな」と雄奈さんに念を押される。
演技? 何のことだ。そんなことを考えていると、タクシーが更生病院の前に着いた。
そしてタクシーから降りると、雄奈さんは幽奈さんに切り替わった。外見上は普通の優奈さん。でも目の下には、黒いアンシャドゥが塗られたようにくっきりと隈になっている。
「真治、受付で何でもいいから騒げ、その間に、あたしがカルテを盗んでくる」
そう僕の耳元で囁くと、幽奈さんは完全に気配を消した。
騒ぐ? どうやって? 僕には無理だろう。そう考えている間にも、影の薄くなった幽奈さんは職員通用口から事務所の中に入って行こうとしている。
僕は受付まで行くと、幽奈さんが行った方とは逆の方向を指差し、大声で叫ぶ。
「あーっ、あれはなんだ?! 」
そこにいた職員や待合室の患者が一斉にそちらに振り向いた。
「あほがみ~る、豚のけ~つ!。本当はこっちだ。あれはなんだ。ぶた次郎だ~。ぶた次郎じゃないよ~、とん次郎だ~ !」
もう、やけくそで、思いつく限りのフレーズを連発するしかない。少しでも僕に注目w集めるんだ。
最初は、気の毒そうに見ていた周りの人も、だんだんと目をそらしていく。こんなことを五分も続ければ、警備員も駆けつけてくる。捕まる前に逃げなければ……、僕は病院内を逃げ回り、最後は女子用トイレに逃げ込んで息を潜めて隠れていた。
警備員が男性と言うこともあり、女子トイレの個室までは探そうとしなかったし、入って来た女性も、カギがかかっている個室をわざわざ覗こうとはしなかった。
そうこうしている内に、三〇分以上が経過して、騒ぎも収まっているようであった。
ほっとするのもつかの間、僕が閉じこもっている個室がノックされる。僕はノックを返すがそれでも、再びノックされる。
「幽奈さん?」
僕が、小声で尋ねると、
「今、誰もいない。真治出てこい」
やっぱり、幽奈さんだ。僕はやっと個室から出ることができた。
「よく、僕の隠れている場所がわかりましたね?」
「ああ、感覚を鋭敏にすれば、なんとなく気配でわかる。それでも、結構、病院の中をうろついたかな」
「それで、幽奈さんの方は?」
「見つけたよ。浮浪者のカルテ、古い中に紛れ込んでいたから結構時間がかかった。さて、後はここからどうやって出るかだな」
そういう幽奈さんは、どこで手に入れたのか白衣を着ている。雰囲気まで真似るスキルがある幽奈さんは、どこからどう見ても立派な女医さんになり切っている。違和感を気付かせないスキル。さすが暗殺者である。
「しかたない。あたいが真治くんを連行していることにしよう」
そういうと、幽奈さんが僕の手首を掴み、そのまま引きずるように連れて歩き、受付の前を通り、軽く手を挙げて通り過ぎた。
まるで、私の患者が迷惑を掛けて済まなかったというくらいの感じだ。それを見て、受付や警備員も会釈をしている。そのまま玄関を出ると、止まっている客待ちタクシーに乗り、まんまと更生病院を脱出した。
そうして、タクシーと電車を乗り継ぎ、再び、天翔学園前駅まで帰って来た。その間、幽奈さんは金髪ツインテの雄奈さんに変わり、ずーっと黙ったままだった。
でも、僕をチラチラ見る目は、ずーっと何かを話したそうにしている。
そうして駅で降りると、改札を出た途端、僕の腕を取って体を寄せてくる。
そして、小声で、僕に話しかけるのだ。
「えーっと、昼からも予定があるのよ。ランチ奢るから付き合ってくれるんでしょ」
「あ、はい、僕、暇ですから」
有無を言わせぬ物言いに、僕は即座に返事をする。もともと、休みの日はいつも暇を持て余している。
「じゃあ、ランチはいつもの喫茶店ね。どこに行くかはその時話すわ」
腕を組んだまま、僕を例の喫茶店に引っ張っていく。学校の周りなのに、知人に会うことなど、まったく、気にすることもない。これが雄奈さんだ。僕はブレない雄奈さんに安心する。
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