第36話 そこで、普通の優奈さんに戻った

 そこで、普通の優奈さんに戻った感じがした。でも、アホ毛が立っていない。

「私は、普段、真治さんの前に出ることは無いと思いますけど。私は、有無(うむ)の有の字を当てる有奈です。他の人格からは、ずーっと寝ていて、そこに有るだけという意味で有奈と名付けられました」

「有奈さんですか。初めまして」

「真治さん。私はあなたのことはずーっと知っていました。優奈たちのやっていたことは、私にとっては、すべて夢の中の出来事だったのです。

 それをあなたが目覚めさせてくれました。あなたが流した涙が、私の額に触れた時、熱い感情のような物が私の中に流れ込んできました。その衝撃で私は目覚めたのです」

 そうか、あの時、勇奈さんが言った「眠り姫は、王子様の涙で目を覚ましました」はそういう意味だったのか。でも、王子様だなんて言われても……

「それで、私は脳力の一〇〇%の解放を許可しました。私が目覚める前は、私がAIを制御して、九〇%までに抑えていたのです」

「今までは、一〇〇%じゃなかったんですね」

「ええそうです。AIに脳を制御させることは危険を伴います。だから私は人間の本来の感情や能力を司る10%。すなわち、私自身を絶対にAIに譲らなかったのです。優奈も言っていたでしょう。愛情っていう隠し味が使えるって。人間の感情は時に恐ろしいですからね。それに異能が加わっていたら、AIの存在を知られないようにするために、あなたはAIに確実に殺されていました」

「ああ、幽奈さんの人格が生まれた時の事ですね」

「そうです。AIは無意識に自分の存在に気付く恐れのあったあなたを殺そうとしたんですよ」。今あなたが生きているのは、私のおかげでもあるんです」

「そうだったんですか。でも、そのために、僕は優奈さんたちを殺してしまいそうになりました」

「ふふっ、やっぱりあなたはいい人です。あなたというブレーキがあるから、私は脳力の一〇〇%の使用を許可したんですから。それに、AIの演算も捨てたものではないです。もし、私が最初から目覚めていたとしても、やっぱりあなたを好きになっていたでしょう」

「……えっと……、あの、あなたの性格が優奈さんの本来の性格なんですか? 」

「さあ、性格は環境によっても作られますから、今までの環境が他の七人の性格を作ったんですし、眠っていた私もその環境の中で生きていましたから……。 誰の性格が元の性格なのかなんて、もう誰にもわかりませんよ」


 時々、図書室に来る生徒の合間を抜って、海里さんから伝えられた話は以上であった。

 そして、有奈さんが話し終えた後、下校を促す五時のチャイムが鳴った。

 僕は校門で雄奈さんと別れて、一人で家に帰っている。

 今日の話を総合すると、優奈さんたちのトラウマを作った元凶は巨富製薬だということだろう。それは、優奈の両親の研究が、巨富製薬にとって邪魔になるということだろう。

 そして、幽奈さんの話では、優奈さんたちは巨富製薬に復讐することを考えているのか? 

 そこまで考えて、無理だろうという結論に達した。いくらなんでも、相手は日本の巨大企業であり、政治家を始めバックには国が付いている。

 優奈さんたちに、バカな考えはやめさせないといけないとア改めて決心したのだった。。


 その夜、久しぶりに夕奈さんからメールが入った。

「鬼無くん。私、夕奈です。また、鬼無くんとメールができてうれしいな」

「僕も嬉しいよ」

「鬼無くん。今日のみんなの話をどう思う」

「本当に、巨富製薬がバックで糸を引いていたかどうかは分からないよ」

「じゃ、私たちの気持ちはどうなるの?」

「優奈さんたちの気持ちって……」

「答えてよ。真治くん!」

「優奈さんたちが無念に思う気持ちはわかるよ。でも……」

「でもってなに? 」

「危険すぎる。相手は巨大企業だ。それこそ、バックに何が付いているかわからない。僕たち高校生の手には負えない魑魅魍魎だよ」

「そんなことわかっているわ。でも、これを乗り越えないと私たち本当の意味で融合できない」

 そうか、優奈さんたちが融合するためには、トラウマになった記憶を思い出すだけではだめなんだ。そのトラウマを克服しなければだめだということか。

 ここは、一発諦めさせるためにも僕の気持ちを伝えなければならない。

「夕奈さん、優奈さんたちは今のままがいいよ。僕、今のままですごく楽しいもの」

「それは、ダメなの。私を見殺ししないで生んでくれたパパとママのためにも、やらなくちゃいけないの。どうして真治くんはわかってくれないの?!」

 そうか、僕は自分の事だけを考えて発言していたみたいだ。それにネガティブ発言が続いている。これはそろそろヤバいと考えているとやはり、次ぎから次へとメールの文面が荒れていく。

「真治くんは、夕奈たちのことなんてどうでもいいんでしょ!」

「夕奈、もう真治くんのこと信じられない!」

「真治くんだけは、応援してくれると信じていたのに!」

「真治くんに反対されたら、もう死ぬしかない!」

 などなど、もう、こうなったら夕奈さんを肯定するしかない。

「わかりました。僕もできるだけ、優奈さんたちに協力します。優奈さんたちの恨みを晴らすためにやれるだけのことはやってみます」

 とうとう、優奈さんたちの復讐に協力することになってしまった。本当は止めさせたかったのに。

「真治くん。ありがとう。やはりこういう時は夕奈だよな」

「えーっと、結奈さんですか? 」

「そうだ、心配しなくても危ないことはしないから」

「何かあったら、俺がぶっ飛ばしてやる」

「勇奈さん。頼もしいです」

「あたいのスキルが役に立ちそうです」

「幽奈さん。殺人はあまり奨励しませんが」

「鬼無くん。殺人なんて考えてないわよ。相手は企業なんだから、社会的に抹消できればそれでいいの。この異能者の私を甘く見たことを、地獄の底で後悔すればいい」


 うん? これは誰だ。ちょっと厨二病が入っているようだけど?

「あの、優奈さんかな?」

「えー、鬼無くんわからなかったの。がっかりだな」

 がっかりと言われても、でも、メールの場合は、漢字で名前が打てるので、誰だかわかりやすい。ビジュアルが見えていれば特定しやすいんだけど。

「そういうわけで、明日、私に付き合ってほしいの。場所は電話やメールでは、記録が残るので直接会ってから話すから」

 本格的に動き出すつもりなんだ。しかもかなり重要なことなんだと理解した。

「わかりました。何時にどこに行けば?」

「天翔学園前駅に九時です」

「了解です」

「それじゃ、もう遅いから寝るね。真治くんもしっかり寝てきてね。明日はハードだから」

「分りました。お休みなさい」

「お休みなさい」

 僕はスマホを置いて、ベッドの上で伸びをする。こうなったら僕も優奈さんたちのために命を懸けるしかない。僕は一度は死んだ人間なんだから……。

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