第35話 そののど飴をくれた人は?

「そののど飴をくれた人は?」

「真ちゃん、感づいていると思うけど、首からぶら下げた入館許可証には巨富製薬と書かれていたの」

 遊奈さんが、色っぽい唇を半開きにしてため息を吐(つ)いた。

「さて、今度は俺の番だな。まったく遊奈の奴は、色気だけは一人前なんだから!」

 これは、勇奈さんだ。雰囲気が変わると同時に、金髪、エメラルドグリーンの瞳にポニーテールが揺れている。

「さあて、俺の人格ができたのは、中二ぐらいからだ。優奈のやつ、もともと自分は特別な存在だと自覚していたから、あっさり厨二病に罹(かか)っちまいやがった。あの容姿だから、とにかく色々な野郎から言い寄られるようになったんだが、自分の恋人は特別な能力者と思い込んでいたんだな。でも、あの性格だからはっきり断れないで、相手にとっては優柔不断なところがあるように見えたんだろう。だんだん、申し込み方が強引になっていったんだ」

「強引な申し込み方っていうのは?」

 これは嫌な予感がする。

「もう、無理やりだな。手を掴んで暗闇に連れて行こうとしたり、いきなり抱きついたり、その頃には、優奈に申し込むのは不良ばかりで、相手も完全に体目的になってきたようだった。

 ある時、暗い店に連れ込まれて、それこそレイプのように、ブラウスを引き千切られ、スカートを破られたところで俺が覚醒した」

 いや覚醒って、勇奈さんのほうこそ、中二病を罹っているんじゃないか。でも、そのことには触れずに続きを聞いている。

「一瞬で、俺の身体を押さえつけていた二人をぶっ飛ばして、さらにズボンを下ろそうとしていた奴の股間を力いっぱい蹴あげてやった。それでようやく自由になって、その場は逃げたんだけど、それを恨みに思った不良どもが、グループで俺を付け狙うようになったんだ。

それで、あっちこっちで喧嘩していたんだけど、ある時、見ていた人が警察に通報して、不良だけじゃなく、俺まで捕まえられたんだ」

「捕まったって……」

「俺の足は本気で走れば、オリンピックメダル級以上だから、逃げようと思えば逃げられたんだ。だけど俺自身は被害者だと思っていたんだよな。それで警察で色々、事情徴収されたんだけど、なぜか相手方に弁護士が就いていて、その弁護士っていうのが……」

「「巨富製薬の顧問弁護士」」

 勇奈さんと僕は同時に叫んだ。

「そうそう、怪我の具合は、相手の方が酷いし、俺不利になって、優奈に任せて俺は引っ込んだんだ」

「なんて、無責任なんだ」

 そこで勇奈さんはメガネを掛けて、雰囲気をガラッと変えた。もう髪型や髪の色を代えるのが面倒臭くなったのか?結奈さん。

「そこで、私の人格が生まれたわけ。損害賠償や慰謝料、応じないと告訴するって追い詰められた優奈は、私という優秀な人格を生み出した。

 わたしは経験した出来事や、読んだ書物なんかをビデオテープのように、脳内でいつでも再生できる。それで襲われた状況を逐一警察に文章にして提出してやったの。

 そしたら、出るわ出るわ。目撃者にその場所での指紋、敗れたブラウスやスカートが決め手になって正当防衛が成立した。私が次から次へと、刑法を暗唱して見せたから相手の弁護士もビビっちゃって。おまけに、私の美貌に参っていた警察官たちは、私に有利な証拠を見つけようと必死に動いてくれたわ」

「それはよかったです」

「それで、向こうの弁護士もすべての要求を取り下げて退散したわけ。どうやら、その不良グループのリーダ格に巨富製薬の従業員の子供が居たみたいなんだけど、弁護士が退散すると同時に、その従業員は首になったみたいだな。トカゲのしっぽ切りというわけだ」

「その従業員には気の毒なことですね」

「でも、子どもを不良グループなんかに居させるから利用されたのよ。私から言えば、自業自得よね」

「はあー」

 結奈さんの厳しい見解に生返事しかできない僕。

「警察官たちが参ったのは私の美豪よ。それで、二週間ぐらい警察で拘束されて、もう少しで犯罪者よ。精神的に参っていた優奈は、どうやったらこういうことが無くなるかを考えて、私という人格をつくりだしたのよ。

 それにしても、せっかく私がママに頼んだツインテのウイッグをみんな好き勝手にして」

 ぶつぶつ言いながら、髪の形を治すのは雄奈さんだ。

「これが、優奈に封印されていた記憶、封印されていた記憶は、それぞれの人格にしかわからなかったから、全員の記憶が揃ってびっくりしたわよ」

「全部、巨富製薬が絡んでいた可能性がありますよね」

「そう、巨富製薬。業界第三位の製薬会社で、特に、アルツハイマー病を始めとする痴呆症の薬の販売額は群を抜いているわ。おまけに、政治家への献金や厚生省の新薬認可がらみで何度もスキャンダルを起こしている」

「海里さんのご両親の研究は、巨富製薬にとって邪魔になるんだ」

「そこで、私の出番ですね。パパやママの研究を邪魔する奴は、消えてもらおうかしら」

 そういうと、隈が出来て目つきの悪くなった雄奈さんが、鞄をごそごそして真っ黒いレオタード取り出した。

「あの、あなたは、殺人願望者の方ですよね」

「あったりー。幽霊の幽の字を当てる幽奈さんです」

「あの幽奈さん。何しているんですか? 」

「いや、暗殺者のトレードマーク、黒のレオタードに着替えようと思って」

 そう言う幽奈さんは、もう、制服の上着を脱いで、リボンをほどいている。

「止めてください。こんな所で着替えなんて」

「でも、あたいのアイデンティティが! 」

 なにがアイデンティティだ。その黒のレオタードに銀髪ツインテって、暗殺者というより泥棒さんですよね。

「いや、その人を何人も殺しているような目つきで十分ですって! 美人度が割増しになっていますから」

 僕の言葉を聞いて、幽奈さんはほほを赤く染めている。

 幽奈さんの人格になった時は、目の下に黒いアイシャドウを綺麗に塗ったようなクマができる。それが、冷たい美しさを漂わせているのだ。

「真治が言うから、このアイシャドウだけで我慢します」

 これで、一応七人格だが、後一人居るはずだ。


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