第32話 このまま、小田中線の特急に乗って、新塾駅に向かう
このまま、小田中線の特急に乗って、新塾駅に向かう。そこからタクシーを使って、大学付属病院まで行けば、そこでご両親が待っているそうだ。
そこで優奈さんが出て来た。そして、僕に体重を預けてくる。
「鬼無くん。今までごめんね。やっとすべてを思い出したの」
「あの、すべてを思い出したというのは、額のホクロと関係があるの。ご両親はホクロを刺激するなと言っていたんだけど」
「ホクロのことは、良くわからないの。親に聞いてほしいな。私がわかったのは、今まで眠っていた第七の人格が目覚めたということかな」
「第七の人格? それは、どんな人格ですか? 」
「人格っていうより、記憶ね。生まれてからの記憶がすべて蘇ったわ。私は植物人間だった。その私を誰かが動かしていた。でも、その誰かは破壊されたわ」
「破壊された? 」
「そう、破壊された後、第七の人格があなたの涙で目覚めたというところかしら」
「うーん。良くわかりません」
「その辺の所は、私にもよくわからないの。私が言えることは、第八の人格が鬼無くんを殺そうとしたけど、第七の人格が目覚めて記憶を取り戻して、第八の人格が改心したから、今までどおりになったと言うことなの」
「じゃあ、優奈さんが倒れる前と同じになったということですか? 」
「ちょっと違うわね。私は、脳力を一〇〇%解放できるようになったの。だから、無敵の優奈さんになっちゃったの」
「無敵になったんですか?」
「そう、だから、私にトラウマを植え付けて、別人格を作り出した原因の人たちをこれから、ぶっ飛ばしに行かなくっちゃね。だから、鬼無くん付いて来てよ」
優奈さんが微笑んで物騒なことを言い出した。優奈さんが一体なにを言っているのか僕にはわからない。でも、優奈さんは興奮したように僕にそう告げると、目を瞑(つむ)り、あっという間に寝てしまった。
そうこうしているうちに、電車が新塾駅についた。
僕の隣で。完全に眠っている優奈さんを揺り動かしてみる。
うっすらと目を開けた優奈さんに問いかける。
「優奈さん、大丈夫? 歩ける?」
「鬼無くん。大丈夫、歩けるよ。それに、ちょっと待って、今、人格を変えるから」
少し冷たい感じの雰囲気に優奈さんが変わる。
「あたしは、幽奈。ここからは、気配を消していくから、あたいをしっかり支えてよ」
「えーっと、幽奈さんって言うと殺人願望のですよね? 後ろから刃物でブッすっとなんて勘弁してくださいよ」
「そんなことしないって。瀕死の重症者があなたに支えられてホームを歩くんだぞ。目立たないようにあたいが出て来ただけ」
言われてみればその通りだ。誰の注意も引かずここを乗り切るのは幽奈さんが一番このましい。やっと幽奈さんを抱え駅をでると、そこでタクシーを拾い、運転手に行き先を告げた。
タクシーの中からスマホで、海里さんのご両親に連絡を入れた。ご両親は今、大学付属病院に着いたところだった。
僕たちも、もうすぐ大学付属病院に着きますと告げてスマホを切った。
僕の役目はご両親に海里さんを引渡したら終わりだ。
そうして、大学付属病院の玄関口にタクシーが到着すると、玄関口では、すでに海里さんのご両親が、スレッシャーを用意して待機してくれていた。
僕と海里さんの父親とで、タクシーから幽奈さんを引っ張り出し、スレッシャーに寝かせると、急いでICU室に海里さんを運びこむ。
どうすべきか迷っている僕に、海里さんの母親がそこで待っているように告げると、ICU室に海里さんを乗せたスレッシャーと共に、慌ただしく入って行った。
僕は母親に示された待合室のベンチに腰掛け、ICU室の処置中の明かりが点灯しているのをただ眺めているだけだった。どのくらい時間が経っただろうか? 時間にすれば一〇分程か。
手術服に着替えた海里さんの母親が、ICU室から出てきて僕に告げる。
「額の傷は、今のままでは修復は不可能。頭蓋骨を切開してみないと中の様子は分からないわ」
「額の傷って、あの傷が脳に達しているんですか? 」
「うーん。鬼無くん。君はこれから聞くことを誰にも話さない? だったら、君にだけは言ってもいいかなと思っているんだけど」
「それって僕が聞いてもいいことなんですか?」
僕は、聞けることなら聞きたいのだが、海里さん家族の秘密に部外者の僕が触れることは、なんとなく禁忌のような気がしたのだ。
「いいわよ。まだ詳しくは解らないけど、あなたのおかげで、優奈は目覚めたみたいだから」
「目覚めた? それってどういうことなんですか。僕、誰にも言いません。ぜひ聞かせてください」
「いい、鬼無くん。優奈はね。生まれた時から病気だったの。病名は眠り姫症候群、脳が寝たままの状態で、生まれたときから植物人間だったのよ」
僕は衝撃的な話をおかあさんから聞いて、絶句した。じゃあ、今までの優奈さんは一体?
「それで、私たちは当時研究していたAIに脳の一部を肩代わりさせることを思いついた。 そして、優奈の脳にAIを移植した。額のホクロはそのAIとコンピューターを繋ぐプラグだったの」
「そのプラグを僕が壊した……」
「そういう訳で、もうコンピューターとAIを繋ぐことはできない。AIを外部から制御することは不可能になったの。それにMRIでも、AIが破損していることが確認できました」
「それって、海里さんは、また意識を無くした植物人間になるということですか? 」
「でも、各種の生命維持活動に問題は出ていないの。それに意識もあるようなの。そのことから言えることは、優奈の自意識が目覚めたとしか考えられないの」
確かに、優奈さんは第七の人格が目覚めたと言っていたが、おかあさんが言っていることは、そのことなのか?
「どう驚いた? 優奈はね、AIが動かしていたの。AIは脳をHDDに見立ててAI自身が意志を持って、優奈の脳に色々な指示を出し、優奈を動かしていた」
いままでの優奈さんの人格はすべてAIが作ったもの? じゃAIが破損したら、今までの人格はどうなるんだ?
「目覚めた優奈は、脳が保管する今までの記憶を全部使って、新しい自分を作り上げた。だから、優奈は今までとほとんど変わらないと思うんだけど、鬼無くん、実際はどうだったの?」
「えっと、確かに額を打ちつけた後も、海里さんはまったく変わっていませんでした」
「やっぱり。そのことが知りたかったの。だったらこの手術は、破損したAIの摘出だけで終わる簡単な手術になるわ」
いや、頭蓋骨を切開して、脳から異物を取り出すなんて簡単な手術ではないだろう。それとも何回も同じような手術をやっているのか?
「鬼無くん。大丈夫、AIの摘出手術は初めてだけど、それほど、難しい手術じゃないのよ。優奈が生まれて、十六年経つけど、いまだに色々な規制や障害があって、治験として例が数件あるだけ、まだまだ実用化までは遠いのよね。特に製薬会社が絡むと利権がらみで政治家や官僚を捲きこんで大変なのよ」
「はあ、最先端医療も大変なんですね」
「まあ、優奈の場合は、黙って手術をしたんだけど、そういえば今回もそうね。きっと、復活するのに一週間近くかかるから、それまで、学校もお休みを貰うことになるわ」
「解りました。それじゃ僕帰ります。お大事にしてください」
「うん。優奈は大丈夫よ」
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