第30話 そして、僕たちは観覧車に乗るために

 そして、僕たちは観覧車に乗るために並んでいる列の最後尾に並ぶ。

 このくらいの混み具合なら十五分も並べば、観覧車に乗ることができるだろう。

 ここで、雄奈さんがガムを噛み始めた。

「ガムを噛むなんて、珍しいですね」

「ええ、お口の匂いが気になるから」

 今まで噛んでいなかったのに突然か。まさかキスを意識しているのか?

 僕は、雄奈さんの予想外の行動に期待が膨らむ。

 さて、いよいよ僕たちの番だ。そこでいきなり雄奈さんが、予想外の行動に出たのだ。

 いきなり、雄奈さんから拒絶オーラマックスのブリザードが吹き荒れ、周りの人たちを凍りつかせている。

 そして、僕に向かって大声でわめき散らしだしたのだ。

「もういや、あんたなんかと一緒にゴンドラなんかに乗れない! せっかくここまで並んだから、私一人で乗るからね!」

 そう言うとさっさと係員に無言のプレッシャーを掛けて、ゴンドラのドアを開けさせ、乗り込むと、僕を拒否するようにゴンドラのドアを係員にすぐに締めさせる。

 係員が気の毒そうに、僕を次のゴンドラに案内して、僕をゴンドラに押し込める。

 たぶん、周りの人の眼には、カップルが待ち時間の間に喧嘩を始めて、揚句の果てにゴンドラに別々に乗ったと映っただろう。

 しかし、次の瞬間には、前のゴンドラに乗っていたはずの雄奈は、絶対、内側から開けることが不可能なはずのゴンドラから抜け出し、鬼無の乗った次のゴンドラのドアを開け、ゴンドラ内に乗り込んでいた。


 現在、雄奈に成りすましている幽奈は、スマホに残っていた二人の写真から、遊園地を割り出し、昨日の土曜日に下調べに来ていたのだ。そして、観覧車のゴンドラのドアは、内側に取っ手の無い外側だけのオートロック式のレバーハンドルになっていることを確かめている。

 雄奈は、そのことを確かめると、色はゴンドラと全く同じ色で、直径五センチほどのドーナツ状の薄い円盤で、簡単な金具で、二つの半円状に分離したり、元に戻したりできる道具を作り出している。ドーナツ状の内側の穴には、ゴムのパッキンが付けられその穴の直径は、レバーハンドルの軸にぴったり合っている。そして、その円盤には、ピアノ線が巻きつけられている。

 そして、幽奈は、この道具をゴンドラに乗り込む寸前に、係員の目を盗み、ドアのレバーハンドルの軸に取り付け、後は、手元に持ったピアノ線をゴンドラの内側から引っ張れば、軸が回り、レバーが下(お)り、オートロックが解除されるのだ。

 そうやって、ゴンドラから抜け出した幽奈は、観覧車がプラットホームが長くゆっくり回りながら乗客を乗せることを利用して、一切の気配を消し、次に回ってきた鬼無が乗っているゴンドラのドアを外側から開け、再び、先ほどの道具をゴンドラの取っ手に取り付け、何食わぬ顔で、鬼無の乗っているゴンドラに乗り込んできたのだ。


「やっぱり、記憶を取り戻すためには一緒に乗らないとね。私が、雄奈を説得したよ」

「えーと、今出て来たのは、優しいの字を当てる優奈さん」

「そうなの。間一発だったわ。ドアを閉める瞬間、係員に言って、降ろして貰っていたの。どうしたのかしら? 雄奈、突然怒り出したのよ」

「なんで、怒りだしたんですか? 」

「よくわからない。なんか、みんな、あれ以来、感情が不安定だからね」

(まず第一弾は成功ね。これで周りの人は、私と鬼無は一人ずつゴンドラに乗ったと認識したはず。ゴンドラの前後が逆になっているけど、事故の混乱の中、私が気配を消して、ゴンドラから出て行けば、だれも不思議に思う人はいないでしょう)


 僕の前に座った優奈さんは、僕の顔を見て、ほほを赤く染めている。

「なんか、以前にも、こんなことがあった気がするね。あの時は、どんな話をしたかな」

「どんな話をしたかな。あまり良く覚えてないんですよ。たわいもない学校の話とかかな」

 どんな話をしたかは、僕も覚えていない。

 唯一覚えているのは、焼きそばサンドイッチを食べて、僕のほほについていた青のりを取ろうとして、近づいてきた優奈さんに口づけをして、そして、優奈さんに「ファーストキスは焼きそばソースの味がした」って本気とも冗談とも取れる言葉を返された。でも、この話を優奈さんにしても大丈夫なのだろうか。


「なによ。真ちゃん。ぼーっとして。エッチな事でも考えていた? 」

「えっ、遊奈さんに切り替わった? 」

 前の時は、観覧車が一回りする間は、ずーっと同じ人格だったのに?

 とまどう僕に遊奈さんが近づいてきて、上目使いで僕の瞳を覗き込む。

 なんで二人きりなのにビジュアルが変化しないんだ?

 そして、僕の手首を取り、いきなり僕を引き寄せ、耳もとで囁いた。

「悪いですね。鬼無くん。あたいは、君を殺したくて、殺したくて…… 」

 遊奈さんの雰囲気が突然変わり、冷たいナイフのような危険な雰囲気に切り替わった。

「殺人願望者!」

 僕は思わず唸り声を上げた。その瞬間、カチャという音とともに、ゴンドラの外のノブが回り、扉があけ放された。

 高さ一〇〇メートル以上、ここから突き落とされたら一巻の終わりだ。

 リミットがはずれた海里さんに抗うすべもなく、僕は、ドアの外に向かって押し出される。

 僕は、必死で体を残そうと半身になり、体を入れ替えようとするが海里さんはびくともしない。このままでは外に押し出されてしまう。

「やめてくれ!! 幽霊の幽の幽奈さん!!」

 思わず出た名前だったが、海里さんは驚いたように一瞬動きを止めたのだ。その隙に僕が押し返そうとした時、いつものように、この観覧車のレールのつなぎ目にゴンドラが差し掛かり、大きくゴンドラが揺れた。二人とも立ってもみ合っていたのが相乗効果を生んだのか、その揺れは普段より思いのほか、大きく揺れた。

 動きを止めた海里さんが再び僕を押し出そうとした瞬間だったため、バランスを崩した海里さんに思いっきり頭突きをかましたのだ。

 今、手首を掴まれ動かすことができるのは頭ぐらいのものだったのだ。考える暇もなくとっさに出た頭突きは、海里さんの額にヒットする。

「うっ」

 うめき声をあげた海里さんは、よろめき、半身になっていた僕の横をすり抜け、倒れ込むように、ゴンドラの扉の向こうに消えようとしている。

 そして、揉み合いながらも、僕は、海里さんの足がゴンドラの床から、ドアの外に滑るように出ていくのをスローモーションのように眺めていた。僕は海里さんに掴まれていた手首のまま、海里さんの手首を握りしめ、一瞬の浮遊感のあと、両手に凄まじい重量感が襲い掛かって来た。

 僕が状況を理解した時には、腹這いになって、ゴンドラから胸から先を出し、僕の手の先にぶら下がっている海里さんがいた。

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