第29話 僕は前回着た勝負服を着て

 日曜日の朝、僕は前回着た勝負服を着て駅のホームで海里さんを待っていた。

 背後からいきなり肩を叩かれ、びっくりして振り返ると、そこに海里さんが居た。

 僕は前回と同じ服なのに、海里さんは健康的なTシャツとホットパンツだ。

「どうしたの? 鬼無、びっくりした顔して」

 えっ、誰だ。この海里さんは? んな雰囲気の海里さんを見るのは初めてだ。

「えっと、雄(おす)の字を当てる雄奈さんですか? 」

「なによ。今更。私が誰か、鬼無、わからないの。学校の近くだし、あまり人に気づかれたくないから、気配を消していたのよ」

「雄奈さんって、気配を消すこともできるんだ。今までそのパターンは無かったから驚きました」

「あれ、見せたことなかったっけ。まあ、拒絶オーラは私の存在自体を際立たせるからね。クラスメートとかに、鬼無と一緒に居られるところをあまり見られたくないの」

 それはそうなのだが。でも今までの雄奈さんなら、クラスメートに見られることなどほとんど気にしなかったはずだ。

 もし噂になったとしても、クールに吹き荒れるブリザードで、力ずくでもみ消してしまうだろう。それほど、僕と一緒の所を見られたくないのか? それにしても気配を消すレベルが尋常(じんじょう)ではない。僕でさえ隣に居ることを忘れてしまうほどなのだ。

 さすが、能力のリミッターが外れるだけのことはある。

 僕はそこに納得して、雄奈さんを見失わないように気を付けないといけない。なにせ、雄奈さんは僕を置いてさっさといってしまうタイプの人格だ。


 二人でホームにやってきた電車に乗り、新塾駅で乗り換える。

 でも雄奈さんは、僕の後に付いてくるように行動するため、僕は時々足を止め、後ろを振り返り、雄奈さんの存在を確かめなければならない。

 確かに、雄奈さんは僕の後ろに付いてきている。でも、まるで背景の一部になったかのように、無理に認識しないと見つけることができない。


 そして、やっと、小田中線のホームにやってきた。さすがに、天翔学園前駅と違って、ホームは人でごった返している。

 僕の後ろには、雄奈さんが居る。この駅が小田中線の始発であるため、すでに、遊園地行きの電車はホームに入って出発を待っている状況だった。


 ここから特急に乗るわけだが、前の時と同じようにロマンスシートにふたりで腰掛けた。

 雄奈さんは窓側に体を寄せ、決して僕と接しようとはしない。そして話し掛けてくることも無い。前の時とは全然違うなと思いながら、それもそうか。赤の他人が電車で隣合わせればこんなものかと思い直した。

 僕は、雄奈さんが記憶を思い出す手助けをするために、一緒にこの電車に乗っている。しかたなく僕から雄奈さんに話しかけた。

「雄奈さん。ここまででなにか、心に引っかかることって、ありましたか? 」

「別に、特にないです。前の時はこの特急電車、最初から駅に居ましたか? 」

「いや、前の時は僕たちが並んでいる所に、ホームに入りこんできたんじゃないかな? 確かゴールデンウィークで、臨時電車が何本か出ていました」

「でしょうね。なんか記憶と違うなあと思って」

「そういうことは覚えているんだ」

「そうね。前の時の記憶はすごく曖昧だわ。私は家で倒れたと思っていたぐらいだから。でも、断片的に思い出しつつあるわ。あの写真を見てから。でも…… 」

「でも、なんです」

「でも、その断片的に思い出した記憶には、やっぱり、鬼無はいないのよ」

「そうですか…… 」

 まるで今の僕だな。今の僕は、ともすれば海里さんと一緒に居ることを忘れてしまう。いくらなんでも気配を消しすぎだろう。いままでこんな雄奈さん居たかな?

 ここまで、考えて、海里さんのおかあさんの電話の話を思い出した。YUUNAという人がくれた「幽奈に気を付けて」というメールも。

 突然、僕の第六感が警鐘を鳴らす。

(この雄奈さんは本当に、雄奈さんなのか? 誰か別の人格が雄奈さんに成りすましているんじゃないか。普段の雄奈さんなら、いくら注目を集めようが、それを受け止め、撫で切りにするのが雄奈さんだ)


(やれやれ、鬼無暗殺計画の第一弾は失敗しちゃった。まさか、臨時電車だったとはね。電車が入ってくるところで鬼無をホーム下に突き落として、私はこのまま、ここから消える予定だったんだけど。それで、気配を消していたのに……。 まあ、いいか、念には念を入れたいから。しかし、遊園地で、あまりウロウロして二人でいる所を見られたくないよね。あとあと疑いが残るのは良くないからね。遊園地についたら、すぐにでも行動を起こしたい所ですが…… )

「ところで、私たちは、遊園地で何をしていたんですか? 」

「あの日は、ずっと観覧車に乗っていました。それこそ、全部で十二回も乗っていました」

(ラッキー、それなら私の計画通り、朝一から観覧車を攻めましょうか)

「だったら、遊園地についたらすぐに、観覧車に乗りましょうよ。あー、楽しみだな」

「わかりました。僕もそのほうがいいかなと考えていました」

((密室で二人きり、願ってもない展開です))

二人は同時に同じことを考えていた。

一人は、殺人を犯すために。もう一人は、あの瞬間を最愛の人に思い出してもらうために。


 小田中線の特急電車が、遊園地のエントランスに直結している駅に滑り込んだ。

 僕たちは駅の改札を出て、遊園地の入口で入場券を買い、両脇に土産物やレストランが並ぶウエルカムロードを観覧車に向かい歩いていく。

 雄奈さんは相変わらず、気配を消している。普段ならこの時点で、雄奈さんの美しさに何人もの人が立ち止まり、振り返り、注目を集めるのだが、今日に限っては、誰も雄奈さんに気が付かないようで、人の流れが滞ることなく流れていく。

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