第28話 しかし、僕は返事に迷っている
しかし、僕は返事に迷っている。この一週間、優奈さんたちの態度に打ちひしがれてきたのだ。今日一日で、優奈さんたち少し変わりすぎてはいないか?
「鬼無くん。今までのことを考えると、躊躇するのもわかるんだけど……。私たちもできることなら失った記憶を呼び戻したいんです。だって楽しい思い出だったんでしょ!
それに協力できるのは、鬼無くんだけでしょ! お願い!」
優奈さんの優しい雰囲気が受話器を通して伝わってくる。それほど、記憶を取り戻したいのなら、いままで、優奈さんたちの態度で落ち込んだことなど些細(ささい)なことだ。
「優奈さん。わかりました。じゃあ、明後日の日曜日、朝八時に駅に行きます」
「よかった。さすが、鬼無くんだ。じゃあよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
「日曜日、楽しみにしているから、鬼無くん、お休みなさい」
「優奈さんたちも、お休みなさい」
僕は、受話器を置いて、優奈さんと付き合っていた頃の気持ちが蘇えってくる。
やっぱり優奈さんだ。僕たちの記憶を一生懸命思い出そうとしてくれている。本当に、今度の遊園地で思い出してくれるのならこんな嬉しいことは無い。
すでに、僕の気持ちはワクワクしている。また、優奈さんたちと付き合えるなんて、というか僕たちは別れた事実はなかったはずだ。「今までどおり」なんて希望に満ちた言葉なんだろう。
僕は、そんなことを考えながら眠りに就こうとしたところで、スマホが鳴った。今までのパターンだと話に参加できなかった夕奈さんだろ。そう考えてスマホの画面を見ると、YUUNAとなっていて、「幽奈に気を付けて」と伝言されていた。
「幽奈って誰だ?」
僕はメールを返そうとして、すでにメールの履歴が無くなっていることに気が付いた。
どういうことだ? 幽奈? これが海里さんに現れた第七の人格なのか? 考えても分からない。大体、YUUNAって誰からのメールなんだ。「気を付けろ」ってどういう意味なんだ? 頭の中は疑問だらけだ。さっきまでの嬉しい気持ちから不安だらけの夜を過ごすことになってその日は寝不足になってしまった。
一方、海里優奈の頭の中では脳内会議が行われていた。、
「幽奈、ご苦労様。鬼無やっとその気になったわね。それにしても、あなたみんなの真似が上手いわね」
「結奈、それからみんな、鬼無とチャラチャラして気分を害したでしょ。でも、ちゃんと、結果は出すから」
優奈を始めとするそれぞれの人格は、わけのわからないことを言い、絡んでくる鬼無に嫌悪感を覚えていた。
とても幽奈のように、相手の警戒感をなくすような会話はできないのだ。
「ええ、私たちはみんな、日曜日は表に出ないから、幽奈、後はよろしく」
「首尾よくいったら、御慰(おなぐさ)みってね。いずれにしろ鬼無は日曜日に消えることになるわ」
薄く笑う幽奈の瞳が、光を反射して一瞬白目に変わる。
優奈を始めとする幽奈以外の人格者は、その幽奈の表情を見て、背筋が凍る思いをするのだった。
「幽奈って怖すぎ。あなたが敵じゃなくてよかったです」
「優奈、何言っているのよ。あなたが私を生み出したのよ。鬼無になんの恨みがあるのか知らないけど」
幽奈が、あなたが元凶なのよとでも言うように、冷たい視線を優奈に向ける。
「恨みなんてない。どういうことが遭ったのかも覚えていない。ただ、消えてもらいたいと思っただけなの」
怯える優奈に結奈を始めとするみんなが寄り添ってくる。
「いいのよ。あなたは、嫌なことがあっても忘れればいいの。後は私たちが上手くやるから」
「でも、楽しいことや嬉しいことも忘れている気がするの。それはどうして? そのことだけを持っている私の人格がどこかに居るの?」
結奈が、優奈の問いに答える。
「そんな人格なんて、どこにもいないよ。あと居るのは、ずーっと目覚めない有奈だけよ」
「有奈か。生きているのかも死んでいるのかもわからない。そこに有(あ)るだけ存在。その人格が楽しいことや嬉しいことを宝箱みたいに保管しているなんてありえないな」
勇奈も結奈の言葉を受けて言葉をつなぐ。
「それもそうね」
優奈も二人の話を聞いて無理やり自分を納得させた。
「いい、鬼無が消えることは確定事項なの。みんな、もっとクールに行こうよ。奴が消えれば、もう私たち煩(わずら)わされることも無くなるんだからね」
雄奈が手を腰に当て、みんなを見回すように言った。
「雄奈は、相変わらずクールだよね。シリアスな話が続くから、私や夕奈の出番がないじゃない」
「遊奈や夕奈、何か言いたいことがある?」
「別に無いわよ。こういう話は、ビッチじゃ役に立たないから」
「怖いよ……。暗いよ……。」
「そう、あたいは、優奈の暗い陰(かげ)の部分なんだから。だから、今度のことは全面的にあたいに任せて」
幽奈はそういうと、周りを見回した。優奈を始めとするみんなは一斉に頷き返すのだった。
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