第27話 僕と海里さんのギクシャクした関係まま

 そうして、僕と海里さんのギクシャクした関係まま、学校での一週間が終わる。

 それなりに海里さん全員の人格とは話ができたが、僕たちの関係の進展はほとんどなかった。

 その日の夜、スマホに見覚えのある番号から電話が入った。

「もしもし、鬼無くんですか? 私、優奈のママの優子です」

「あっ、はい、鬼無です」

「ああっ、鬼無くん。学校での優奈の様子はどう? 優奈って友達がいないでしょ。他に聞く人が居なくって」

「えーっと、学校の様子ですか。いつもと変わりないと思いますが」

「いつもと同じなわけはないでしょ。鬼無くんとの関係とか、優奈が倒れる前と一緒なの?」

「うーん、正直に言うと、海里さん。僕のことをまったく忘れている感じなんです」

「まったく忘れている? 鬼無くんの名前とか、存在自体を忘れているということなの?」

「そうじゃなくて…… 」

「はっきりしないわね。何を忘れているか言いなさい!」

「……その、僕たちが付き合っていたこととか、なぜ、付き合うことになったのかとか……」

「やっぱりね。優奈、記憶喪失になったみたいなのよ」

「記憶喪失? 前にも同じようなことが在ったんですか?」

「こんなことは初めてよ。でも、人が変わったようになったことは、今まで何回かあったのよ」

「人が変わるですか? 」

「そう、今日学校から帰ってきたら、いつもと同じように振る舞っているんだけど、何かを隠しているような感じで、私も親だからなんとなくわかるの。それにそうなった時って、いつも、優奈が危ない目にあった後だったから……。でもすぐに元に戻るのよ。でも、今回はずーっとそうなの。それで、不安になって、鬼無くんに電話してみたの」

「別に、今日は危ない目とかには、合っていないと思いますよ」

「だったら、いいんだけど…… 」

「心配いらないと思いますよ。きっと。気のせいだと思います」

「それから、鬼無くん。優奈の額(ひたい)の所に、ホクロがあるでしょう。あれには刺激を与えないでね。記憶喪失の原因はそれだったみたいだから。じゃあね。こんな時間に電話してごめんなさいね」

「いえ、それでは失礼します」

 僕は、海里さんのママから掛かってきた電話を切った。


 記憶喪失だって、僕との思い出の部分だけ記憶がなくなる都合のいい記憶喪失なんてあるのか? しかも、眉間のホクロが原因だって? そういえば、キスをした時、みんな頭の芯がどうとか言っていたよな。でもそんな病気があるのか?

それより、今日、確かに海里さんに違和感があった。おかあさんの話からだと、危険な目にあった後の雰囲気にすごく似ているという話だった。

僕の立てた仮説に、海里さんのママとの話がかぶさってくる。

一般的な多重人格者は、別人格が行っていた行為については、他の人格はまったく知らない。そして、海里さんのおかあさんの話だと新しい人格ができたのは間違いない。

では、新しく出来た人格は、今までの多重人格の人格とは別物で、経験を共有できないのか?

でも、それだと計算が合わない。

海里さんのママの話だと、新しい人格ができたのは今日だ。もし今週の月曜日から新しい人格と入れ替わっていたとしたら、ママも気が付くはずだ。それに、以前考えた第七の人格の存在も気になる。優奈さんみんなの話では、いままで出て来たことはないと言っていた。

殺人願望の人格と一時は考えたこともあるけど、確信は持てない。

一応、警戒だけはしておかないといけないかな?

はあーと僕はため息を吐く。

美少女優奈さんは、僕にはわからないことばかりのミステリアスな存在だ。

もう、彼女には近づかない方がいいや。僕たちが付き合っていたことを、彼女が忘れているのなら僕も忘れた方がいい。やっぱり僕たちが付き合っていたことは間違いだったんだ。

そんなことを考えていたら、僕のスマホが鳴った。

これは電話だな。いったい誰からなんだろう。見たこともない電話番号だ。

電話に出ようかどうしようか悩んでいるが、今だにベルは鳴り続けている。

どうやら、ワン切り詐欺ではなさそうだ。僕は警戒しながら電話に出てみた。


「もしもし、鬼無くん。私、優奈よ」

「ええ、優奈さん、どうして僕の携帯番号を知っているの? 」

「鬼無くん。何を言っているの。電話とメールアドレスの交換をしたでしょう。それでスマホのデータ消しちゃったから、謝ろうと思って」

「その件なら、別にかまわないって言いましたよ」

 優奈さんから電話が掛かってきたのはとても嬉しい。気持ちが踊り上がるぐらいだ。

 でも、優奈さんたちが僕と付き合っていた時の記憶がないなら、僕もその記憶を消し去ろうと、今決心したばかりだ。

「それに、雄奈さんにデータを消されなくても、僕は多分、自分でデータを消していましたよ」

「鬼無くん、それはどういうこと?」

「いや、別に僕たちが付き合っていた事実なんて、もう有っても無くてもどうでもいいですから」

「あのね鬼無くん。私も反省しているのよ。いくら記憶にないからって、鬼無くんに冷たくしすぎたなって」

「そのことも、気にしていませんから」

「なんだ、真治、済んだことをグチュグチュと男らしくないな」

「えーと勇ましい勇奈さんですか? 」

「そうだ、雄(オス)の字の雄奈もデータを消したことを後悔しているんだぞ」

「えーっと、その雄奈です。鬼無、私たちの記憶の唯一の手がかりを消しちゃってごめんね」

 なんか、いままでみたいにみんなが僕に話しかけてくれる。僕は、まだ希望を捨てなくていいのか?

「そういう訳で、データを消してしまった埋め合わせを、いつかするって言ったと思うけど、どうだろう今度の日曜日に、写真にあった遊園地に二人で行かないか? 私たちもそこで何かを思いだすかもしれない。そうなったら元に戻って「今までどおり」になれる」

 これは、結奈さんだ。声のトーンで誰が話しているか分かるほど短い間に、みんなの人格が根深く根付いてしまっていたのだ。

「思い出す可能性ってあるんですか? 」

「それはわからない。でも可能性は高い。記憶喪失はそうなった原因を探り、追体験することで思い出すことが時々ある。私の演算では五〇%ぐらいの確率があるよ」

 それは、あのゴンドラで再び優奈さん全員とキスをするということか? 僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

「真ちゃん。生唾なんか飲み込んで! なんか、エッチなこと考えてるんじゃない。そもそも、あの時、私たちとどこまで行ったか白状しなさい」

 これは、遊奈さんか。 

みんなにキスまで行ったことを言ってもいいのか? みんなの記憶にないことを言うのは少し憚(はばか)られる。だって、寝込みを襲った挙句、事後承諾になってしまったような気がするからだ。

僕が返答に困っていると、遊奈さんが追い打ちをかける。

「私たちが倒れたあの日、なぜか、私たちは勝負下着を着(つ)けていたのよね。まさか、私のブラジャーとか、あっ、まさか無理やりパンティに手を掛けたとか。 ああっ、それが記憶を失った原因ですね」

「そんなことはしていません」

「いやがる私を無理やり…… 」

「だから、遊奈さん。話、聞いています? 妄想が暴走しているんですけど」

「真ちゃん。冗談よ。あなたが私たちにすごく気を使っていることは知っているのよ」

 はーあ、わかって貰えたのか?

「鬼無くん。そういう訳だから、明後日の日曜日、天翔学園前駅で、朝八時に待ち合わせしましょう。それでいいかしら?」

 これは優奈さんに戻ったのか?



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