第24話 やっと金曜日の図書当番の日になった

 そして、やっと金曜日の図書当番の日になった。

 今日こそはと意気込んで学校に向かう。そして昼の図書当番がやってきた。

 やっと、話ができる。

「鬼無、図書室に行くよ」

「ちょっと待ってください。購買でパンを買ってきます」

 少し、優奈さんの手作り弁当を期待していたのだが、雄奈さんは僕の言葉には何の反応もなかった。

「そう、職員室でカギを借りて、先に図書室に行ってる」

と、1人分の弁当箱を持って、さっさと教室を出ていく。

やっぱり、手作り弁当は無しか。海里さん、ゴールデンウィーク明けから様子が変だ。まるで、僕たちが付き合っていたこと自体をすっかり忘れてしまっているようだ。

 でも、カギを取りに行くことは忘れてないような。それに僕を始め、クラスメートのこともちゃんと覚えている。記憶喪失とは少し違うようだ。


 僕は、購買でパンとコーヒーを買い図書室に入っていく。

 図書室には雄奈さんが一人いて、お弁当をいつもの通り上品に食べていた。そしてチラッ僕の方を見ると、また食事を始めた。

 二人きりになったのに、今までのように拒絶オーラのブリザードが緩むことはない。

「雄奈さん。優しいの字をあてる方の優奈さんを出してください」

 僕は思い切って雄奈さんに言ってみた。

「はあ、何を言っているの! 優奈は私よ」

「いえ、あなたは雄という字を当てる雄奈さんですよね」

「鬼無、いい加減にしてよね!」

「じゃあ、結ぶの字を当てる結奈さんと話をさせてください。あの人となら冷静に話ができると思うんです」

「訳わからない!」

 どんどん、口調が荒れていく。

 どういうことだ? 雄奈さんしかもともといなかった? 確かに天翔学園の大部分の人は、雄奈=優奈=天翔学園の氷華である。


「ごめんなさい。後もう一回だけ、勇ましいの字を当てる勇奈さんと話をするのも無理ですよね」

 キスした時、友情?を感じた勇奈さんに一縷の望みを賭ける。

「もう、話すこともないわ!」

 そう言って冷たい目を向けた雄奈さんは、窓の外を向いて、拒絶オーラをマックスに上げてこちらの方は二度と向いてくれなかった。

 やっぱりダメか。僕たちは付き合っていてキスまでした中なのに、もう終わりだ。いや、本当に付き合っていた事実さえあったのか? でも、僕は全員の唇の柔らかさを覚えている。

 僕が絶望に打ちひしがれているうちに昼休みが終わった。


 午後からの授業中は、勉強どころでは無かった。

 僕は、海里さんの取った態度について、必死になって考えていた。

 もともと多重人格者って言うのは、別の人格が出ている時は他の人格は眠っていて、眠っている人格はその別人格がやったことを覚えていない。ていうのが定番だよな?

 でも、いままでの優菜さんたちは記憶を共有していた。じゃあ、いままでの優菜さんたちはやっぱり同一人格がそれぞれの人格を演じていたのか? そこに本当の意味での別人格があらわれた?

 でも、演技であそこまで雰囲気までもが変えられるものなのか?

 いや、考えるのはそこじゃない。どちらにしろ、今までと違う人格が、目の前の海里さんに現れたと考えるのが理屈にあっていると思う。

 そこまで考えて、隣の席の雄奈さんを見る。雄奈さんは先生の話も聞いていないようで、窓の外をぼーっと見ている。これは普段の雄奈さんだ。拒絶オーラを身にまとい、僕の視線に向けてイバラの棘を絡みつけてくる。

 でも、今迄と違うところは、僕の気配に気が付きながら、その長い睫毛が臥せられることも、白いほほが赤く染まることもない。

 やはり、この海里さんは別人格なのか?


 そういえば、自分が二重人格者なのを知って、それぞれの人格が、自分が知らない間に相手が何をしているかを知るために、お互いが日記を残すようになり、それで日常に起こる出来事を共有しながら、お互い何を考え何を思っているかを理解し合って、歩み寄っていく話を読んだことがある。

 そこまで考えて、僕はある考えが浮かんだ。そうだよ。僕のスマホには優菜さんたちとのメールのやり取りが残っているんだよ。これを今の海里さんに見せればいいんだ。

 少なくとも、僕の言っていることが嘘ではないことがわかるはずだ。そのうえで、今の海里さんの人格がどう考えるかは分からない。

 でも、きっと僕たちの今迄の関係は理解してくれるはずだ。

 僕は少し希望を持ってポケットに入っているスマホを握りしめた。

 放課後に少しは希望が持てた。

 僕はそこまで考えて、黒板に板書されていることを慌てて書き写し始めたが、授業の終わりをチャイムが告げた。



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