第19話 次に出てきたのは、赤茶色の髪に

 次に出てきたのは、赤茶色の髪に雰囲気からしてすでにヤバい遊奈さんだ。

「真ちゃん、やっとあたしの出番がまわって来たわよ。真ちゃんも待っていたでしょ」

「別に待っていませんよ」

「そんなはず筈ないわ。このシュチュエーションにこの雰囲気よ。あなたはあたしに何かを期待しているはず! 」

「なにも期待していません。何かあったら僕、勇奈さんにぶっ飛ばされますから」

「あら、根性のないこと。ぶっ飛ばされるぐらいで、目の前のDカップを諦められるの?」

 ああ、この下品な人、何とかしてほしい。この人が優奈さんと同じ体を共有しているなんて。

 このビッチが僕以外の男を誘惑したらどうなってしまうんだ?

「真ちゃん。大丈夫。あたしこう見えて真ちゃん一筋だからね。だから、早くキスしよ」

 そう言うと、遊奈さんが僕の首に腕を回し、体重を預けてくる。僕は思わず腰に手を回す。この体制は、社交ダンスのステップを踏んでいるようだ。

 この体勢から二人向き合いキスをする。

 まるで、ダンスのワンシーンのようだ。

「こんなにキスでしびれるなんて、まだまだ、あたし、経験不足だったわ。ビッチの道は遠いわ」

「いや、別にビッチの道を究めなくてもいいから」

「それにしても、キスをすると頭の芯がじんじんするわね。言っとくけど股間じゃないわよ。頭よ」

「だれも、そんなことは聞いていません」

「これも予想と違ったわね。体が火照るんだと思っていたのに、意外と冷静な感じなのよ」

「僕もそう感じます。もっと、感情が高ぶるかなって思っていたんですけど」

「そういう訳で、あたし、真ちゃんをいじることにするわ」

「ちょっと待て! 」

「いや、止まれない! 」

 言葉なぶりがいつもより下品だ。聞くに堪えない隠語を連発する。まったく、どこでリミットを外しているんだ。

 ゴンドラから出た雄奈さんが額を押さえながら、ぶつぶつ言う声が聞こえる。

「あの子、いったいどこであんな言葉覚えるんだろう? っていうか優奈って実はむっつり?」

 それ、すでに自虐ネタだから。


 さて、続いてはハーフアップにメガネっ子の結奈さんだ。この人は知的だからキスは無いだろうなと考えていると、

「真治くん。私とならキスはないかなと思っている?」

「えー、どうでしょう? 結奈さんは良くわからないですよ。本心を見せないというか?」

「私の本心は、真治くんとキスしたいよ。どう驚いた」

「そうやって冷静に言われても……」

「そうね。私は客観的な物言いをするわ。みんなを俯瞰(ふかん)していると言ってもいいかしら。でも、これが私の人格なの。ちゃんと感情もあるのよ」

「ごめんなさい。僕が悪かったです」

「いいのよ。両親にもよく言われているから」

「両親?」

「両親の前では、ほとんど私が出ているからね」

「そういえば、結奈さん。毎週、大学付属病院に行っていますよね。あれは両親のお供なんですか」

「私も良くは解らないんだけど、もともと、小さい時は体が弱かったみたいなの。今は何でもないんだけど、最近はなんか検査数値が悪いみたいで、毎週、大学付属病院に行くようになっちゃった」

「どこが悪いんですか」

「良くわからない。検査中は私たち麻酔で眠らされているから」

「まさか、死んだりとかは? 」

「ないない。それより、死んだら後悔するから早くキスをしよ」

 そういうと両手を広げて、唇をすぼめて見せる結奈さん。

 知的な人ほど、大胆になると聞いているが今の結奈さんは大胆だ。

 僕も両手を広げて結奈さんをハグする。そして唇にそっと触れる。唇が少し震えている。結奈さんでも緊張するんだ。

 でも、死んだら後悔するって結奈さんらしい合理的な理由だ。

 唇を離すと、ゆっくりと目を開けた結奈さんがふうと息を吐く。

「これが初体験なの? 色々、ロマンチックなことを考えていたけど、どうってことないよね。感触はゼラチンみたいだし、匂いや味はコーヒーだし、抱きしめあっている方が体温を感じられて気持ちがいいな。

 でもあれか、唇というのは食べ物を食べる器官と同時に、女性器をイメージさせる疑似器官でもあるからな。やはり、セックスアピールとしては、唇は求めずにはいられないか……」

「結奈さん、ストップ。やめてください。その医学書みたいな解説、生々しくって、これなら遊奈さんの方が笑えるだけましです」

「ああっ、悪い悪い。なんか頭の芯でキーンとなっていて、思考がちょっとまとまらなかった」

「結奈さんでも、そんなことがあるんだ」

「うーん、やっぱり、少し冷静さを欠いていたか」

「そうですよ。頭脳派の結奈さんらしくない」

「しかし、キスをすると、みんな頭の芯がどうにかなるみたいだったが、自分も経験してみて初めてわかった。私は官能的な刺激を受けて、神経が高ぶることによって起こる現象だと思っていたんだが、それは違っていた」

「違っていたんですか?」

「ああっ、これは神経の高ぶりというよりダメージだ。脳の一部が破壊されるような……」

「大丈夫なんですか? 僕はそういうことは感じなかったんですが」

「たぶん大丈夫。しかし、これは私たちが共有できない経験だということが分かった。まったく、生物学上の雄と雌っているのはまったく不可解なものだな」

「そういうものなんですか?」

「うん、今後の研究課題だ。真治くんにもたっぷり協力してもらうぞ」

 その物言い、キスより先に行けるということですか? そこは期待していいんですか?

「真治くん。エッチなことは考えるなよ。顔に出ているぞ」

「いえ、そういうことは、少しは考えていました」キリッ

「ふふっ、まったく君ってやつは」

 ゴンドラが終着点に向かっている。結奈さんから雄奈さんに切り替わる。

 今は、四時前、時間的にはこれが最後の行列になるだろう。

 




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