第20話 行列に並んでいる間は

 行列に並んでいる間は、僕と雄奈さんはほとんど言葉を交わさない。

 ぼーと今迄のことを考えていると、目の前にゴンドラがやってきていて、雄奈さんは係員に案内されさっさとゴンドラに乗り込んでいる。

 僕も慌てて、雄奈さんの後に続く。


 ゴンドラに乗り込むと、銀髪ツインテにビジュアルを切り替えた雄奈さんがさっそく話しかけてきた。

「鬼無。ぼーっと何を考えていたの?」

「いや、海里さんは、ご両親に僕と付き合っていることを話しているのかなって?」

「まだ、話してないよ」

「やっぱり。平凡な僕では海里さんと釣り合わないと言って反対されるからですか?」

「別にそんなことはないと思うけど……。今日も、クラスメートの男の子と遊園地に行くって言ってきたからね」

「言って来ているんだ」

「そうだよ。ママたら、「デートかしら。若いっていいわね。頑張っておいで」って玄関で旗振ってたんだから」

「それ本当?」

「旗振ってたって言うのは嘘だよ。でも黙って出て来たわけじゃないし。私たち後ろめたい付き合いなんてしていないよね」

 そう言って、覚めた目で僕を見る。

「雄奈さん。後ろめたくない付き合いって、どういう付き合いなんですか?」

「手を握るとこまでかな」

 いたずらぽっく笑う雄奈さん。

「健全の基準の見直しを要求します」

「それは、ダメ。パパとママが泣いちゃうから。私だけでも守らないとね」

「でも、ご両親は海里さんの多重人格のことは知らないんですよね? さっき、両親の前では、ほとんど結奈さんだって言ってました」

「そういえば、そうだね」

「だから、一人の人格がキスすれば、ご両親から見れば、もう同じことなんじゃないですか?」

「私たちはれっきとした別人格だからね。鬼無って、そんな屁理屈(へりくつ)言うんだ!」

「だから、ご両親目線でいえば!」

 いきなり、雄奈さんが、僕の唇に人差し指を当てて来た。

「そんなに、私とキスしたい」

「はい」

 ここまで来て、全員制覇しないわけにはいかない。その思いが必死さに現れたか?

「うーん。どうしょうかなー 。パパとママを裏切るわけにもいかないしね」

 そうやって、さんざん焦らされて、ゴンドラももう五分もしないうちに終点がやって来る、そういったタイミングで雄奈さんが僕に抱きついてくる。そして僕の唇を奪う。

 雄奈さんの唇は漂う冷たく固い雰囲気と違って、温かくそして柔らかった。

 唇を離した雄奈さんが冷たい瞳を和らげ、ニコッと笑う。

「ツンデレの法則その三、キスは自分からする」

 なんですか、その法則。僕はその一もその二も知りません。

「でも、キスしちゃった。やっぱりしない方が良かったかしら。頭の芯がガシャンって壊れたみたい」

 僕は、雄奈さんの瞳を覗き込む。

「大丈夫? 

「ええ、大丈夫よ。しっかりしないとね。もうすぐゴンドラが終点に着いちゃうからね」

 そういうと雄奈さんが息を大きく吐き、元のビジュアルに戻ると拒絶オーラを身にまとった。

 やっぱり、雄奈さんはさっさとゴンドラを降りて、僕は雄奈さんを追っかけるように雄奈さんに続く。やっと、僕が雄奈さんに追いつくと、雄奈さんが名残り惜しそうに僕に言う。

「鬼無、もうそろそろ帰ろうか? 」

「はい、僕も四時ぐらいには帰ろうと思っていました」

「本当に、一日中観覧車に乗っていたな」

「ダメでしたか?」

「いや、充実してたよ」

 僕も、そんなに遅くまで遊ぶつもりもなかった。雄奈さんから充実していたと言ってもらえてよかった。僕も凄く内容の濃い時間が過ごせたと満足している。

 まさか、今日、みんなとキスができるなんて思ってもいなかったし。できすぎだと内心は戸惑っていた。


 帰りの電車も、うまい具合にロマンスシートが予約できた。

 今日一日、本当に嬉しい誤算が続いている。最後までいいことが続くといいなと、思わずニンマリしてしまう。

 ロマンスシートに二人で腰掛けると、雄奈さんはやっぱり体を密着させてくる。

 相変わらず、拒絶オーラは出ているため、話しかけづらいが、今日有ったことで心が満たされているのか、話さないことにまったく不安を感じない。

 すると雰囲気が変わり、優奈さんが出て来た。

「鬼無くん。今日はありがとう。こんなに楽しかったのは、多分、生まれて初めて。でもすごく疲れちゃった。少しだけ寝てもいい?

「うん。どうぞ」」

 僕の肩に頭を乗せてすぐに寝息を立てだした優奈さん。こんなに表に出たことがないんだから少し疲れたのかもしれない。僕は無防備に寝息を立てる優奈さんの顔を見ながら、そして唇をまた意識してしまう。

 そんな幸せな時間が過ぎて行く。しかし、事態は急展開を向かえるのだ。

 ふと気づくと、優奈さんの寝息のリズムが不規則になっている。

 寝入った優奈さんの僕の手に重ねた手からぬくもりがなくなっていく。そして、血色のよかった唇が青ざめていくのが目に見えてわかるようになるのだ。

「優奈さん!」

 僕の呼びかけにうっすらと瞳を開ける優奈さん。しかし、その瞳には色がなく、どこを見ているのかもわからない。

 こんな雰囲気の海里さんは見たことがない。

 その海里さんがぶつぶつと呟いている。

「血圧低下、心拍数低下、体温低下、生命維持機能の全般的な低下がみられます。緊急事態発生」

「なに、海里さん? 優奈さん?」

 発した言葉は、まるで無機質で機械のようだ。この人格は今までの海里さんの誰でもない。

それに生命維持機能の低下、緊急事態発生? 一体なんのことなんだ。

 そして、僕はどうすればいい。そうだ、僕のスマホには海里さんの自宅の電話番号があったはずだ。よかった。念のため登録しておいたのだ。きっと、ご両親ならどうすればいいかわかるはずだ。


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