第18話 再び、観覧車の列に並びゴンドラに乗る

 再び、観覧車の列に並びゴンドラに乗る。

「優奈、初キスをやっちゃたな」

 出て来た金髪ポニーテールで金色の瞳の勇奈さんが口一番に僕に言う。経験を共有しているのだから、当然知っていて当たり前である。

「そうですね。成り行きとはいえ、反省しています」

「反省なんてする必要はないぞ。俺たちは付き合って一か月。そういうイベントもそろそろ有ってもいいかなと考えていたんだ。そこに、デートの話があったから、みんなチャンスだって色めき立ったんだ。まあ、キスに至る過程はそれぞれで考えるという話だったんだがな」

「そうなんだ。僕はまだ早いかなって」

「そうだな。奥手の真治と優奈じゃ無理だと思っていたんだけど。優奈の作戦勝ちだな」

「作戦勝ち?」

「ああ、優奈な。お前が、昼休みによく焼きそばパン食べて、口元に青のりを引っ付けているのをイライラしながら見ていたんだよ。あと、ゴンドラがあそこで揺れるのも計算済みだったな」

「ええっ、そうなんですか」

「ああ、あれで行かないなら男として失格だな。もっとも真治、あまりそのことを覚えていないだろう」

「そうなんです。いきなりのチャンスに体が勝手に反応したって言うか」

「まあ、喧嘩でもそうだな。仕掛けた方は覚えているが、仕掛けられた方はなにが起こったか分からないうちに、地面で伸びていることがほとんどだ」

 いやこういうことを、喧嘩で例えられても困るんだけど。

「そういう訳で、今度はお前から仕掛けてみないか? 」

 そう言って、上目使いで僕を見る勇奈さん。きつめの目で見られると破壊力抜群だ。でも言った勇奈さん自身も恥ずかしいのかほほが少し赤くなっている。

 ここは覚悟を決める所だ。あの優奈さんでさえ、勇気を振り絞ったんだ。

 僕は、勇奈さんの隣に座る位置を変える。そうしておいて、静かにゆっくり勇奈さんに覆いかぶさっていく。

 勇奈さんの顔に近づくと、勇奈さんが目を閉じて顔を少し傾けている。

 ゆっくり、しかし確実に勇奈さんの唇に触れる。唇の柔らかさを堪能するように、頭を入れ替え角度を変える。勇奈さんの唇が半開きになり、吐息が漏れる。

 僕は唇を離し、ふうと息を吐く。

どうやら僕は、無意識に息を止めていたらしい。

「真治。キスが上手いな。頭の芯がとろけそうになった。と言うかとろけた」

「褒めても何もでませんよ」

 やはり自分から仕掛けると、冷静でいられる。

 すると、そこに、勇奈さんの爆弾発言があって、やっぱり混乱させられる。

「真治、あと四人、このままいったら、舌を入れたくなるだろうけど、それはダメだからな。

お前は、どんどん経験豊富になっていくんだろうが、相手はそれぞれ初めてなんだからな」

 そういうと、ニッと笑う勇奈さん。

 どんどん経験豊富になったその先に、なにが待っているかの想像を、僕は無理やり心の奥底に押し込んだ。

「勇奈さん、分かっています」

「いいやつだな、お前は」

 といつもの勇奈さんに戻って、豪快にサンドイッチをぱくつき出した。

 僕も隣で、サンドイッチをぱくつきコーヒーを飲む。

 言葉はないけど、お互いの気持ちが通じ合った友情?が生まれた瞬間だった。

 ゴンドラが終点を向かえ、再び乗車を繰り返す。

 

次の順番は水色の髪の瞳の夕奈さんだ。

 少し怯えた表情の夕奈さんのアクアマリンの瞳は、何かを期待しているようなクルクル動く子猫の瞳だ。そして、やっぱり僕は夕奈さんの隣に座る。

 それさえ無視して、夕奈さんはスマホを取る出し、メールを打ち始める。

 送信ボタンを押したのだろう。僕のスマホにメールが着信した。

「夕奈にも、キスしてくれるの?」

「してもいい? 」

 態度とは裏腹に大胆なメールに、すぐさま僕もメールを返す。

「どうしようかな? っていうより、どうなるか分からない」

「分からないって? 」

「泣き出しちゃうかな。もしかして、死んじゃうかも」

「死んだら困るな。でも、夕奈さんにキスしたい」

 すると、夕奈さんはスマホから目を放し、僕の座っている腿に手を付き、上目使いで僕の瞳を覗き込んでくる。

「あのね、夕奈、怖いから目を瞑るね。真治くんも絶対目を開けたらだめだからね」

 夕奈さんが今日初めて口を開いた。それもしっかりした口調だ。

 夕奈さんは、人の視線がやっぱり怖いのだ。

「大丈夫、僕も目を瞑るから」

 夕奈さんの唇の位置をしっかり確認する。そして夕奈さんの唇が動かないように、両手で、優奈さんの首から顎にかけて優しく包み込む。

 そうすると、夕奈さんがゆっくりと目を閉じていく。そのタイミングに合わせて、僕も瞳を閉じる。

 そして、夕奈さんを引き寄せるように、さらに、僕から近づいていき、そうして、唇を重ねた。

 一瞬、夕奈さんの身体がビクンとなった。

 そして、顎をささえる手に、一筋のしずくが落ちるのが感じられた。

 僕は唇を離し、瞳を開ける。

 夕奈さんの瞳から涙が溢れ、ほほを伝って僕の手を濡らしている。

 夕奈さんが瞳を開け、涙を貯めながら僕に微笑みかける。

「やっぱり、泣いちゃった。えへへっ」

「可愛いすぎるよ」

「ねえ、真治くん、キスをすると頭の芯が熱くなるのね」

「僕もそうかな。やっぱり気持ちが昂(たかぶ)るからかな?」

「うん」

 そういうと、夕奈さんは安心したように、肩に入っていた力を抜き、僕にしなだれかかってくる。

「夕奈さん。少し疲れたかな」

「ううん。今が幸せだから、他の事を考えないようにしているの」

 そうか、別の事を少しでも考えたら、夕奈さんは不安になってしまうんだ。

 僕は夕奈さんに話しかけないで、夕奈さんの体重を受け止め、窓の外の景色を眺めていた。



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