第17話 後一人、本日六人目の人だ

 後一人、本日六人目の人だ。

 ゴンドラに乗った途端に、銀髪ツインテールの髪型に変身する。上目使いで僕を見つめる冷たい瞳なのに、この媚びる感じはなんなんだ。

 まるで、冷たく美しい宝石に魅了されてしまったようだ。この引きつけられる感じ。

 なるほど、僕の読んでいるマンガや小説で、ハーレム展開のものは大体ツンデレ系が勝利を収めるのが分かる気がする。突き放す波と引き寄せる波が大きすぎて主人公は翻弄されてしまうのだ。けなげな方は、波にのまれる主人公を見て、身を引くとか、さらにけなげに協力するとかになってしまう。

「鬼無。どうしたの? 私の顔に何かついているか?」

「えっと、雄奈さんは僕のイメージどおりの人だなって」

「なんだよ。お前には私の事どういう風に写っているんだ?」

「うーん。ツンデレ?」

「はーあっ。ツンデレじゃないもん。お前のことなんとも思ってないし」

「でも、いつものブリザード弱くなってるみたいで」

「だって一応付き合っていることになっているからね。私たち」

 プイッと横を向く雄奈さん。そうやって、僕はいつものキレがなくなった雄奈さんに内心癒されつつゴンドラが一周する。


 さて、ここで二回りめに突入することになるのだが、もう観覧車に乗り出しして三時間を過ぎている。お昼も少し過ぎているのだがどうしようか?

「あそこに、売店で買ったものは持ち込み可って書いてあるから、そこの売店でコーヒーでも買って、ゴンドラの中で、持ってきたサンドイッチを食べちゃえばいいよ。そのくらい見つかんないよ」

 海里さんの発言に僕も賛成し、雄奈さんに観覧車の行列に並んでもらっている間に、観覧車の近くの売店でアイスコーヒーを二つ買って戻ってくる。

 観覧車の受付の係員が、「また来た」という顔をしている。アイスコーヒーを手に持って、雄奈さんがランチボックスを下げているのをまじまじと見ていた。

 こちらの考えが読まれている。なにか声を掛けられるかと身構えたが、なにも言わずに、そのままゴンドラに案内された。

 よくあることなので、お目こぼしなのか、それとも、雄奈さんの冷気に当てられなにも言えなかったのかはわからない。

 ゴンドラに乗り込むと、艶のある黒髪ストレートの優奈さんが出て来た。

「鬼無くん。あの係員の目、ちょっとドキドキしちゃった」

「そうだね。雄奈さんがいてよかったよ」

「それじゃあ、サンドイッチを渡すね。どれがいい」

 優奈さんがランチボックスを開け、僕に中身を見せてくれる。

 いつもの、玉子やハムやチーズを挟んだもの以外に、今日は、ハンバーグや焼きそばを挟んだサンドイッチもあった。

「今日は、ハンバーガーの予定だったから、このハンバーグを挟んだサンドイッチがいいかな。それに焼きそばサンドイッチも捨てがたい」

「そうでしょ。その辺のこと考えて、具を挟んでみたの。鬼無くん昼はいつも焼きそばパンだしね」

「それじゃあ、まずはハンバーグかな」

 ランチボックスに手を伸ばそうとした時、優奈さんが僕の手を掴んだ。思わず掴まれた手に優奈さんのぬくもりが感じられ、ちょっと気恥ずかしくなった。

 それは、優奈さんも同じようで、一瞬、目が合ったかと思うと、ほほを染めている。

「鬼無くん。まず、手拭きで手を拭いてからね」

 そういって、僕の手を、手拭きで拭いてくれている。

「はい、どうぞ」

 そして、サンドイッチを僕に手渡してくれた。

 サンドイッチを口に頬張ると、口の中に、デミグラスソースの味と肉汁が広がる。

「デリシャス。とても美味しいよ。優奈さん」

「どういたしまして。まだまだあるからたくさん食べてね」

 僕は、ハンバーグサンドイッチをすぐに食べ終えると、次は焼きそばサンドイッチに手を伸ばす。

 優奈さんもサンドイッチを上品に頬張っている。

その唇はリップクリームが塗られて、いっそう艶やかで、ほんのり上気した赤みが増した血色のいいピンク色をしている。

僕はなんでこんなに優奈さんの唇を意識しているんだ?

優奈さんが僕に視線に気が付いたのだろう。僕を見てその唇に笑みをたたえている。

僕は少し恥ずかしくなって、焼きそばサンドイッチを一気に口に放り込むと、コーヒーで流し込む。

ふぅ、一息つくと、優奈さんの視線を感じた。優奈さんは僕の口元をじっと見ているようだ。さらに顔を寄せてくる。あまり近づくとドギマギしてしまうんですが……。

「鬼無くん。口元に青のりが付いている」

「えっ、どこどこ?」

 僕が、袖口で口元を拭(ぬぐ)おうとすると、さらに、優奈さんが近づいてきて、拭おうとした手を取った。

「ダメだよ。服が汚れるよ」

 そういうと、ナプキンを取り出し、僕の口元を拭(ふ)いてくれる。

 もう、優奈さんの顔はすぐそこにある。また優奈さんの唇に目線がいってしまう。

 そこで、ゴンドラが少し揺れた。この場所は観覧車のレールの継ぎ目なのかいつもゴトンと揺れるのだ。

 優奈さんがよろめいて、思わず僕は優奈さんの腰に手を回す。

 優奈さんの顔が至近距離にあって、優奈さんが体を僕に預けてくる。もう頭が真っ白になった。ホワイトアウト現象だ。

 唇にやわらかいものが当たっている。それと同時に吐息が漏れるのも聞こえる。でもそれも一瞬だった。唇から柔らかいものが離れると、目の前に優奈さんの瞳があって、その瞳には、呆けた僕が写っている。

「私たち、キスしちゃたね」

 ぽつりと優奈さんがつぶやいた。

「……」

「でも、後悔はしてないよ」

 優奈さん、なんでそんなにはっきり覚えているんだ。僕なんていまだに何が起こったのかよく覚えていない。

「ごめん。思わずキスしたみたいだ」

「謝らないでよ。私、大丈夫だから」

 優奈さんは僕の隣に移動してきて、石になった僕の隣に座ると、またサンドイッチを食べ始めた。僕はすぐには日常に戻ってこられない。

「ファーストキスは焼きそばソースの味がした」

 優奈さんが微笑んで、僕に冗談とも本気とも言えない感じで耳元で囁(ささや)いた。

 それを聞いてやっと、僕も平常運転に戻ってきた。

「ふふっ。お互い貴重な体験をしたわね。私、頭の芯がくらくらするわ」

「僕も、まったくそう思います」

 もう、キスの事にはふれない。二人でいつものような話題でお茶を濁す。

 長く感じた十五分ももうすぐ終わりだ。


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