第16話 ゴンドラに乗ると水色の髪に

 ゴンドラに乗ると水色の髪にアクアマリンの瞳の色をした美少女が座っている。

 ああ、今度は夕奈さんだ。言葉に詰まった夕奈さんは、おもむろにスマホを取り出し、いじり始めた。そして、お互い面と向かっているのに、メールで話を始めるのだった。

「うん。こんな高い所から自分の目で見る景色は初めて」

「えっ、初めてなの」

「そうなの。外でわたしが表に出ることはほとんどないから」

「よかった。ここから見る景色って最高だよね」

「ほんとうに。こんな経験ができるなんて、ありがとう真治くん」

 面と向かっているのに、お互いにメールなんて。でもメールを読んだ後、ちらっと潤んだ瞳で上目使いで僕を見て、微笑んでまた恥ずかしそうに下を向く。

 なんてかわいい仕草さなんだ。こっちまで気恥ずかしくなって身悶えてしまう。

 そうして、恥かしがり屋の夕奈さんをたっぷり堪能したところで、ゴンドラが一周して、昇降口が近づいてくる。


 夕奈さんから雄奈さんに切り替わり、再びゴンドラを降りると観覧車の列に並ぶ。

 さすがに、これだけこの観覧車に乗る人もいないんだろう。受付の人もまたかという顔をしている。

 でも、隣が雄奈さんで、拒絶オーラを出しているので、直接、僕たちに話しかけてこない。きっと、バイト仲間が集まったところで、今日の事が話題になるんだろうな。なにせ、海里さんの美少女ぷりは完璧で目立ちすぎる。


 その視線を掻い潜り、再び、ゴンドラの中に入ると、赤茶色のゆるふわウエーブにアイシャドウに真っ赤なルージュをぬったような派手な顔立ち。男を誘うような雰囲気に僕の体は固くなり警戒感を強める。遊奈さんが出て来たのだ。

「真ちゃん。五月と言えど今日は暑いわね」

 なんなんだこのいきなりの初対面トークは? 僕も当たり障りのない会話を返した。

「そうですね。気温も二五度以上の夏日だと天気予報でも言っていましたしね」

 って遊奈さん、何をしているんです。スカートをまくりあげて、スカートのすそを掴んでパタパタしている。いや噂の勝負下着は見えそうで見えないんだけど……。

「見えた? 今日はここまでだからね」

「なに、考えているんです」

「えっ、だって、このゴンドラにずーっと乗ってたら、突風でスカートがめくれ上がるとか、躓いて転んで、パンツ丸出しになるとかのイベントって期待できないでしょ」

「いえ、全然期待していません」キリッ

「だいたい、女の子は勝負下着の時は、そういうことも内心では期待しているものなの」

「いや、あなただけでしょう」

「そんなことないって、カップル二人が同じことを考えるから、偶然のことが必然のように起こるの」

 なんか話し方まで色気が滲んでるけど、

「そんなこと、小説やマンガの中だけです」僕はキッパリ否定する。

「必ず、私が起こして見せる! 」

 遊奈さんそんなことで、力まないでください。

 あなたが色々と口だけだってことは知っているんですから。こんな風に終始からかわれながらも、楽しい時間が過ぎていく。


 そして、ゴンドラが一周すると、また、観覧車の列に並ぶ。受付ではさすがに呆れらている。

 そして、次に出て来たのは、黒髪をハーフアップした結奈さんだ。そしておもむろにアンダーリムの眼鏡を掛け出した。どうやら知的な雰囲気を出したいみたいだ。

「真治くん。私たちに合わせて色々苦労させるな」

 開口一番、こちらを労う優等生発言だが、僕はみんなに心底楽しませてもらっている。

「とんでもないです。僕も楽しんでいます。普通ならもう話題が尽きている所ですから」

「そうだな。同じ人間ならもう話題も尽きているか? でも全員人格が違うからな」

「そうなんです」

「でも本当のところ、真治くんは優奈が多重人格者だってことをどう思っているんだ?」

「正直いまだに信じられないです。優奈さんが演技して、僕をからかっているんじゃないかって」

「それも無理はない。でも、優奈の好みが真治くんだというところが信憑性があるだろう」

「ですよね。平均を取ってくれないと、とても僕にはならなかったと思います」

「だよな。なんで好みが真治くんになったのか、合成した私がナゾだもん」

 そんな言い方はないだろう。僕にだってプライドというものがある。

「まあ怒るなよ。真治くん。みんな真治くんに感謝しているんだ。まさか、ここまで私たちに馴染んでくれるとは思わなかった」

「そうですか? 凄く光栄です」

「まあ、みんな、くせが強いからね」

「ところで、後一人、七番目の人格の人も僕を認めてくれているんですかね」

「さあ、分からない。なにせ目覚めたことがない」

「目覚めたことがない?」

「そんなに気にするな。今は私と話しているんだろ。私も嫉妬深いところがある」

 なるほど、知的な人ほど嫉妬深いということもあるか。それにしても目覚めていない人格って? 

「どうした?」

「えっと、ちなみに僕、結奈さんの好みに合っているんですか?」

「うーん。どうだろう。合っていないはずないのに合っている。感情を分析するのに苦労しているんだ」

「それ、どういうことなんですか?」

「どういうことって、言葉の通りだ。恋心は理屈じゃないということだな」

 そうなんだ。この人でもわからないことがあるんだ。

「真治くん。世の中で一番わからないのは、自分の気持ちだぞ」

「結奈さん。その通りです。だから占い師が流行るんですよね」

「そうだ、心の持ちようで見える世界が変わる。みんな、誰か肩を押す人が欲しいんだよ」

 そこまで言って、結奈さんは黙り込んでしまった。

「黙り込んでどうしたんですか? 」

「真治くんって、小さいころ結構いじめられてきただろう」

「わかりますか?」

「ああ、その真治くんの相手に合わせるスキル、そう言った環境で磨かれやすいからね」

「そうなんです」

 そうして、結奈さんに人生相談をしている内に、ゴンドラが一周してきた。

 実は結奈さんは相談されることに弱いと見て、相談に乗って貰ったのだ。最後、ニヤッとする結奈さん。

「真治くん。楽しかったよ。話題を誘導する手口も大したものだ」

 やっぱり気が付いていたんだ。でも楽しんでもらえてよかった。知的な人には相談するのが一番だな。僕もいろいろ肩を押して貰った気がする。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る