第11話 その夜、優奈さんからメールがあった

 その夜、優奈さんからメールがあった。

「鬼無くん。今日はごめんね。この騒動は一週間ぐらい続くから」

「一週間も続くの? じゃあ図書室でも優奈さん出てこられないね」

「鬼無。私、本気出すから三日間で、この騒動を納めて見せる」

 このメールは雄奈さんが打ったのか?

「真治、俺が何人か病院送りにすれば、話は早いんだけどな」

 こっちは勇奈さんだろ。ここは止めておくべきだろうなと僕もメールを返した。

「勇奈さん。やめてください。あなたも豚箱送りになっちゃいます」

「私怖くて、雄奈の影に隠れて泣いちゃった」

「夕奈って、ホントに怖がりよね。でも大丈夫、私の計算では、あと三日間でこの騒ぎは鎮静化するわよ。雄奈の本気、久々に見たからね」

 これは、夕奈さんで、次が結奈さんか。

「みんな、心配してくれてありがとう。でも僕は大丈夫だから」

 手と膝を付き涙を流したことは、当然、秘密だ。

「真ちゃん。私が、お口とお胸を使って慰めてあげたいんだけど。あれってなんて言ったけ。パイ…パイ…、パイプベンダー? 」

「折り曲げてどうするんだ! 」

こうして、約二時間みんなとメールのやりとりをして、僕はすっかり元気になった。


 そして、本当にこの騒動は三日間で鎮静化した。

 さらに一日が立ち、今日は二人で図書当番をする金曜日だ。

 さすがに、過去の僕のように、海里さんを遠くから眺めている人は何人もいるようだが、もう海里さんに言い寄る人も、というか、話しかける人もいなくなった。

 こうして雄奈さんの拒絶オーラもかなり緩まっていて、隣に座っている僕も、雄奈さんの気配が読めるようになってきた。

 ついこの間まで、意識を向けただけで、その意識に見えないイバラが絡みついてきていたんだ。

 そして、四時限目の授業中、雄奈さんがメモ用紙を取り出し、何かを書いている気配を感じたら、すぐに机の上に、可愛い絵柄の小さく折られた手紙が置かれた。

 その手紙には、「今日のお昼は、手作りサンドイッチよ。購買にパンを買いに行かないでね」と書いてあった。

 海里さんはこの間の話を覚えていたんだ。いや、僕もちゃんと覚えていたんだけど、この雰囲気では無理だと諦めていたんだ。

「ありがとう。楽しみにしているよ」

 僕は、ノートをちぎって、切れ端にメモすると雄奈さんの机の上に置く。

 すると、雄奈さんはそのメモを見て表情が一瞬ヘニャとした感じだ。もちろん気配だけの返答だ。


 昼休みに、二人で図書室に行き、職員室で借りてきたカギで扉を開ける。

 そして、素早くランチボックスを僕に差し出すと、

「鬼無、ごめんな。本当はゆっくり話をしたいんだけど、でも、こういうことは最初が肝心だから」

 そう言うと、雄奈さんから冷気が吹き出し、ブリザードが吹き荒れだす。それはまるで目視できそうなレベルである。

図書室のカギを開けてから、五分も経たないうちに、なるほど新入生が図書室に殺到してきた。

 僕はまだ、雄奈さんから受け取ったランチボックスの蓋を開けたところだ。

 優奈さん手作りのサンドイッチが色鮮やかに並んでいる。玉子の黄色、そしてハムのピンク色、レタスのミドリに、ドレッシングのペールオレンジが目を引いている。そして、ボリューム満点のトンカツのキツネ色が、男の僕としてはとても嬉しい。

 忙しそうにしている雄奈さんには悪いけど、サンドイッチをつまんで口に頬張る。

「うまい」

 思わず声が出てしまう。どこにでもあるシンプルなサンドイッチなのに、一つ一つの具材の味付けは完璧で、また、その具材を受け止めるパンが柔らかく小麦の味がしっかりしている。これは、もしかしてホームベーカリーなのか?

 もし、このパンがその辺の安売り食パンだと、それぞれの具材が自己主張して、ばらばらになってしまってここまで美味しくはならない。

 このパンが、すべての具材をまとめて、すばらしいハーモニーを奏でている。

(って、僕はなぜ、こんなところで食レポをしているんだ?)


 僕は幸せな気持ちで雄奈さんを横目で見ると、雄奈さんは片手でサンドイッチを食べながら、ポンポンと図書カードに受付印を押して、新入生たちを捌いている。

 こんな行儀の悪い食べ方でも、醸し出す上品さに目を奪われてしまう。

 それは新入生にとっても同じ事みたいで、その美しい仕草と一言も声を掛けない絶対的な拒絶オーラに当てられて、深いため息を吐きすごすごと図書室を後にしている。

そうして、短い昼休みが過ぎていき、僕と雄奈さんは昼の一仕事を終え、図書室のカギを閉める。

「海里さん。今までお疲れ様」

「うん。鬼無、まったく仕事してなかったわね」

「いや、新入生みんな、海里さんの方に並んじゃうから」

「まあ、予想していた通りだけどね。これで放課後は少しマシになっていればいいんだけど」

「あっ、それからサンドイッチありがとう。とても、美味しかった」

「お礼は、優奈に言って。もっとも、今日は出てこられないかも」

 一瞬、ヘラッとするがすぐさま無表情になって、僕を突き放す。

 一見普通の会話に聞こえるが、僕は雄奈さんの拒絶オーラのダメージは、確実に蓄積していて廊下を歩くのにもフラフラしているのだ。


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