第8話 注文していたメニューを

 注文していたメニューを運んできたウェートレスも、この雰囲気にいたたまれないんだろう。こそこそとテーブルにプレートとコーヒーを置くと、すぐに行ってしまった。

 たぶん、別れ話をしているカップルぐらいには見えるか? もちろん僕が振られる役担当だ。

「さて、邪魔者も居なくなったし、これは、私からのお礼よ。ここのホットサンド、けっこう美味しいのよ」

 僕は手に取って、ホットサンドの具を見ると、一つは、卵子とハムとチーズの具、それから、ベーコンとソーセージとレタスにチーズの具、最後に、牛肉そぼろにレタスにデミグラスソースのかかった具。どれも、おいしそうだ。

 僕は、卵とハムとチーズのホットサンドにかぶりついた。卵とチーズの濃厚な味が口に広がる。これは、チーズプレーンオムレツを挟んでいるのか? その味をハムの塩辛さが引き締める。

「おいしい! 」

「でしょう。これで、コーヒーとサラダが付いて六百円はお得でしょ。ハンバーガーなんて目じゃないよね」

「まったく、その通りです」

「鬼無、サンドイッチに異常な執念を持っているみたいだから、今日のランチ、何にしようかって考えて、ここに決めたの」

「雄奈さん。図書室での昼の会話を覚えてくれていたんだ」

「来週の図書当番は期待しなよ。優奈が鬼無の分まで、サンドイッチを作って持っていくって、張り切っていたから」

「そうなんだ。楽しみです」

「あっ、言っちゃった。これは、優奈には内緒だからね」

「それにしても、今日の雄奈さん、よくしゃべりますね」

「そりゃそうよ。女の子は、本来はおしゃべりだからね。友達がいなくて困るわよ」

 雄奈さんは、言った後、しまったっていう顔をしている。

 クールな雄奈さんと言えど、本音が出てしまったというところか?


「鬼無なら言ってもいいかな。あなたって人間的なバランス感覚が優れているのよね」

「人間的なバランス感覚? 」

「そう、人間の性格? 熱血とかクール、チャラいとか硬派とかあるでしょ。鬼無は、そういった性格が、バランスが良(い)いんじゃなく、相手に合わせて、バランスよく変えられる。だからバランス感覚いい。鬼無には、自覚がないんだろうけど」

「ああ、そういうところか。確かにあるかもしれない」

「それが、性格の平均値。だから、わたしたちみんな癖があるけど、鬼無となら上手くやっていける。それに、優奈を救ってくれるんじゃないかって、みんな期待している」

「優奈さんを救う? 」

「私たちは、さっきの図書室のことみたいに記憶を共有しているの。でもね、私たちが、現れることになった悲惨な記憶だけは、私たちがそれぞれ封印しているの。優奈は自分でその記憶を無理やり消し去っているということなの。

 もし、優奈がこれらの記憶と向き合えることが出来たら、私たちは優奈と融合できる。

 優奈も人間としてのバランスを取り戻せる」

「融合って? 」

「私たちが消えて、優奈の一部として取り込まれることよ」

「僕に期待されても、そんなことができるかなあ」

「大丈夫よ。あの私たちの頭脳の結奈の演算に間違いはないわよ。それに焦らなくてもいいわよ。今、けっこう楽しいから」


 そういうと、雄奈さんは、顔を真っ赤にしてぷいと横を向いてしまった。

 こんな重い話を聞かされた後、ブリザードの中に放り出されても……。 でもおかげで、ホットサンドとコーヒーはゆっくり味わうことができた。


 そこから、また二人で、タンデムして雄奈さんの家まで送っていく。

「ここが雄奈さんの家ですか! 」

 高い塀に囲まれ、立派な門構え、かなり広い敷地に、洋館のような建物が立っている。

「そうよ。びっくりした? 」

「かなり」

「私の両親は、ふたりとも大学病院の教授なの。何か脳の研究をしているみたい。忙しいらしくてあまり家にもいない。今日もいないしね。それから優奈には兄弟もいない。もし居たら少しは違っていたかもしれないけど」

 家の中には誰もいない? それは不味い状況じゃないか?

「それじゃあ、ここで、僕、帰るから」

「待って!」

 雄奈さんが俺の袖をつかむ。あれ、雰囲気が違う。毛先の銀色も消えている。これはもしかして優奈さんか。

「家には人を上げちゃいけないって、両親から言われているから。お庭で少しお話しましょ」

「うん」

 名残惜しかった僕は二つ返事をした。

 案内された庭はガーデンテラスになっていて、めちゃくちゃおしゃれで、ティーパーティが開けるぐらいだなと考えていると、優奈さんは本当にティータイムセットを持ってきた。

「なにもないけど、くつろいでね」

 何か高級そうな紅茶に、プチケーキがトレーに載っている。

「優奈さん、ごめんね。気を遣わしちゃったかな?」

「大丈夫よ。それに昨日の件が在って、家の外では出るなって、みんなに強く言われていたから。やっと、鬼無くんと話ができる」

 僕をまっすぐに見つめる瞳は長い睫が濡れているように潤んでいて、やさしいまなざしを湛えている。ちょっとどぎまぎする僕。

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