第7話 きっかり11時

 きっかり11時、警察署の前にチャリで滑り込む。扉の前には、優奈さんがいる。でもあの拒絶オーラ全開で、近寄りがたい雰囲気は雄奈だと思っていると、雰囲気が変わり結奈さんらしい人格が出て来た。

「先に不良に突き飛ばされたって言えよ。警察官は味方だから言い切れば、信用してもらえるから。不良も脳震盪を起こしていて、その辺の記憶が曖昧になっているから」

 確か、僕を突き飛ばしたのは、勇奈さんのはずだが?

「わかった? 」

「あっ、はい」


 警察署の取調室で、当事者兼目撃者として話を訊かれた。

 僕は、結奈さんの言う通りに警察に話した。

「君も巻き込まれて大変だったね。海里さんはこういうことが時々あるんだよ。でも、彼女空手の段持ちで、強いから返り討ちにしちゃうんだよ」

「はあ」

「あの不良には、こっちから良く言って聞かせるから。君があの不良に勝てるわけないよ。

 それにあの股間を再起不能にする手口、間違いなく海里さんだろう。男は怒っていても無意識に同情して、あそこまでできないからなあ」

「はあ」

「事情はよくわかりました。君はもう帰っていいよ。まったく、俺たちのアイドル海里さんに手を出そうとするなんて、二、三年豚箱にぶち込んでやりたいところだよ」

「はあ」

 僕は、警察官の話にどう返事していいか分からず生返事を繰り返すばかりで、取調室を出た。

 

玄関では、雄奈さんが待っていた。相変わらず体から冷気が噴き出ている。雰囲気でも分かったが、髪の先がわずかに銀色に変色しているのだ。これが雄奈さんのビジュアルなのか?わずかな変化だけどこれはこれで髪のサラサラ感が出て綺麗だ。

「何じろじろ見ているのよ?! バッカじゃないの? 大体、パトカーで送っていくって言われたけど、いいって断ったのよ。だって、私たちのせいでこんな面倒な事になったんだから、ランチぐらいおごってあげようと思ってさ」

「えっ、もうそんな時間なんだ。別に面倒なんて思ってもいないよ。だからランチなんて」

「いいのよ。早く、自転車を出しなさい!」


 僕が、自転車にまたがると、荷台に雄奈さんが横座りで乗ってくる。

 チャリに乗る高校生は、一度はやってみたいタンデム走行だ。雄奈さんが、僕の腰に手を回し、胸を背中に押し付けてくる。でも、雄奈さんが出す拒絶オーラで、僕は思わす体が引けてしまう。

 それでも、胸を押し付けてくる。胸とオーラ、この二つのプレッシャーに、僕は盛大に狼狽する。

 さらに、雄奈さんが耳元で言い放つ。

「まったく、みんな、こんな男のどこがいいのよ」

「そんなことを言われても……」

 言葉とは、裏腹に、耳もとに熱い吐息を吹き掛けられる。ツンデレ命の人達は、このギャップ萌えがたまらないのか?

「まったく、夕奈が昨晩は迷惑をかけたわね。あの子はね、小さい時に優奈がさらわれて、狭くて暗い部屋で監禁された時に、出来た人格なの。幸い、すぐに警察が見つけて、犯人は逮捕されたから、何もなかったんだけど。

 その時の怖さや心細さや孤独が、夕奈を作ったのよ。だからね、彼女は二番目に生まれた人格なの。ちょっと病んでるところがあるけど、その時の気持ちの裏返しだから。

 こんなこと話せるのは、クールな私だけなんだから、そんな役回りよね」


 重い話を聞かされてしまった。でも、その気持ちはわかる。僕は夕奈さんを悲しませない。

「雄奈さん。大丈夫です。海里さんの人格すべてをひっくるめて、僕は海里さんが好きです」

 雄奈さんが黙り込んだ。心無しか拒絶オーラが少し弱くなったようだ。

「こら、そこ。そこの喫茶店のランチが美味しいから、鬼無、止まって! 」

 僕は、自転車のブレーキをかけて急停止する。後ろの雄奈さんが前のめって、背中に抱き付いてくる。

「鬼無、今狙ってやったろう」

 真っ赤な顔で、ふくっれ面を僕に向ける。美少女はどんな表情をしても美少女だ。この人が俺の彼女なんていいのだろうか。

 呆けた僕の顔を見て、雄奈さんが表情をきりっと引き締めて、僕に話かける。

「ここは、いつ来てもガラガラで、心が休まるのよ」

「それって、本当においしいの? 」

「大丈夫だって、私だって、人目がない所で、鬼無と話したいもん」

 ついに、雄奈さんがデレた。

 今の表情をカメラに収めたい。その気持ちが表情に出たのか、いきなり、雄奈さんからブリザードが吹き荒れる。

 相変わらずの鉄壁の防御です。

 一人で、さっさと喫茶店の扉を開けると、迷わず奥の席に歩いていく。慌てて、僕が雄奈さんの後を追いかけて、喫茶店に入る。昼時だというのにこの喫茶店、雄奈さんの言ったとおりガラガラだ。

「そこに座って! 」

「は、はい」

 指し示すままに、雄奈さんの前の座席に腰掛ける。

「メニューは私に任せてもらっていい? 」

「も、もちろんです」

 雄奈さんは、水を持ってきたウェートレスにメニューを告げている。

 その後は、いつものとおり、何もない壁の方を向いてぼーっとしている。

 学校に居る時とまったく同じ感じだ。俺もスマホを出して、小説を読み始める。

(脳内会議中かな? )

 

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