第6話 家に帰ると僕は

 家に帰ると僕は、今日一日の僕の身に起こった幸せを噛みしめていた。

 学校一の美少女が僕と付き合ってくれる。それも、三年間も僕の登場を待ち続けていてくれたらしい。

 明日、僕と優奈さんと付き合うことになったとクラスメートが知ったら、ひと騒動が起きそうだ。いや、僕は非公式クラブ「優奈を女神と崇める会」に抹殺されるかも知れない。

 なにせ、あいつらは、優奈さんが処女懐胎すると信じて疑わない狂信集団だ。

 それより、まさかあの優奈さんが、多重人格者だったとは信じられない。いや、多重人格者のおかげで、俺が優奈さんと付き合えることになったんだから否定することじゃない。

 現実でなかったら、僕みたいな平凡な人間が、優奈さんと付き合うことなどありえない。

 でも、学校では二人きりの時以外は、雄奈さんが表の人格に出ているらしいから、ばれることはないか。あの人を拒否する物理的オーラを、かい潜ることなど、僕にはとてもできそうにない。

 やっぱり、期待大なのは、ビッチの遊奈さんだよな。あの遊奈さんだったら、あんなことやこんなことができるかも知れない。恋人ができた高校生がする健全な妄想の最中、スマホが鳴った。

 メールが来たようだ。メールの相手は優奈さんからだ。そういえば、スマホの番号とメールアドレスを交換していたんだ。

メールの内容は、

「今何してる。寂しかったからメールしてみた。今日は少ししか話せなかったけど、夕奈の事も忘れないで」だった。

 寂しい。今日少ししか話をしていない。

「ああ、メールの相手は、恥かしがり屋で、寂しがり屋の夕奈さんか」

 僕は、独り言をいって、その時の状況を思い出す。夕奈さんの態度は、ちょっとびくびくしていて、小動物みたいで可愛らしく、庇ってあげたくなる感じだ。

 僕は、それを思い出して、返信メールを打つ。

「今、ベッドで横になっていたところ。夕奈さん。忘れてないよ。恥ずかしがり屋さんな夕奈さんも可愛らしくて好感が持てたよ」

 すると、すぐに返事か来た。

「鬼無くんの前で、醜態をさらしたと思っていたのに、それが可愛らしいなんて、どうしよう? でも、うれしかったよ。ありがとう。もう、遅いから寝るね。お休みなさい」

「明日、会えるといいね。お休みなさい」

 夕奈さんも、話すのはダメだけど、手紙は大丈夫なんだ。

 そんなことを考えながら、眠りにつこうとすると、またスマホが鳴る。

「今何してる? お話したいな」

 そう言ったメールが、几帳面に三〇分おきに入ってくる。

 一回、完全に眠っていて、返信を忘れていて、一時間後、着信メールの履歴が三〇件残っていた。俺の返信を二分待つという律義さだ。


「どうして、返信くれないの? 」

「スマホ壊れた? 」

「浮気しているんでしょ!」

「もう、夕奈に飽きたんだ! 」

「夕奈を捨てるのね? 」

「夕奈、捨てられたら死ぬからね! 」

 だんだん文面が荒れてきている。慌ててメールを返信する。

「ごめん。一瞬寝ていて気づかなかった。夕奈さんと付き合えて今とても幸せ。そっちこそ僕を捨てないで」

「よかった。もう飽きられたのかと思っちゃった」

「そんなわけないよ。俺は夕奈さん一筋だから」

「メールだと何とでもいえるよね」

「それじゃあ、直接話そうよ」

「それは、恥かしいから無理。わかったから許してあげる」

「よかった。嫌われたらどうしようかと思った」

「嫌ってないわよ。安心した。じゃあおやすみなさい」


 再び、三〇分おきの定期連絡が始まる。

 どうやら、寂しがり屋で、恥かしがり屋の夕奈さんはヤンデレが確定か?

 結局、浅い眠りを繰り返し、朝を迎える。

 このメール攻撃で僕はすっかり春休みの時のメールとマップについてはすっかりわすれてしまったのだ。


 七時になって、やっと他の人格が起きて来たらしい。最後のメールが来たのだ。

「これから、夕奈を寝かすからゆっくり寝てね。私もまた寝ます。優奈」

 今日が土曜日で本当に良かった。学校があったら、授業は完全に爆睡だった。

 惰眠を貪っていたら、今度は、メールと違う着信音が鳴った。

 電話の方か。俺は、ベッドの中で、電話を取った。

「もしもし、俺、勇ましいの方の勇奈。真治、起きてるか? 昨日、俺がぶちのめした不良が、真治の事をゲロった。しかも、女にぶちのめされたのが恥ずかしかったのか、お前にぶちのめされたことになっている。警察が真治に事情を訊きたいってさ」

「僕が?警察に行くの」

「ああ、心配するな。警察官は誰もお前がやったなんて思っていない。俺の実力は、良く知らているから。一応目撃者ということだ」

「わかった。何時にどこに行けばいい? 」

「一一時に黒坂警察署だ。行くのは雄奈。警察の尋問が厳しくなったら、顧問弁護士として、頭脳派の結奈が出るだろう」

「わかった」

 僕は返事をして、時計を見る。今の時間は一〇時前、警察署まではチャリで二〇分、急いで飯食って出れば十分に間に合う。

 そこで、僕は、雄奈さんに会うことを思い出し、私服をあれこれ迷い、ひっかきまわして、結局、ユニシロのポロシャツにジーンズという普通の恰好で、しかもギリギリに出かけるのだった。

 今まで、デートをしたことが無かったので、勝負服なる物を持っていなかったのだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る