第5話 彼氏君、ずいぶん不釣り合いな彼女を連れてるじゃん

「なんだ。彼氏君、ずいぶん不釣り合いな彼女を連れてるじゃん!」

「そこの彼女、こんなどんくさいのほっといて、俺たちと遊びに行こうよ!」


 なんだこのテンプレは? 喧嘩はまったく自信がないが、優奈さんを置いて逃げるわけにはいかない と思うと、優奈さんの雰囲気が突然変わる。

「ああっ、お前ら、怪我したくなかったらとっとといねや! 」

 これは、勇奈さんか。しかし、こんなに刺激するのはまずいんじゃないかな?

「このあま、大口叩いていると、さらってまわすぞ、ゴラァ! 」

 やっぱり不良たちが切れた。近頃の若者は切れやすいのだ。僕は覚悟を決めた。勇奈さんの前に出ようとして、僕の横で突風が巻き起こり、後ろに突き飛ばされていた。

 呆然と見ていると、不良の股間に鋭い前蹴りが、一発ずつ、前かがみにあごが下がったところに、ストレートが炸裂する。あ、くちびるが千切れてピアスが吹っ飛んでいる。

 あっという間に、二人が道路に伸びている。脳を揺らされ、完全に白目を剥いて、泡を吹いている。

 これは、脳震盪を起こしているな。

「まったく、両手をポケットに突っ込んで粋がるなんて、このド素人が! 」

 勇奈さんって喧嘩のプロなんだ。と考えていると、勇奈さんが、こちらを振り向いた。

 その姿は、夕日が逆光になり、金髪のポニーテールがキラキラ揺れていた。

「あの時の……」

「真治にまた乱暴なところを見られちゃったな」

 舌を出しながら可愛く自分の頭をこつんとする姿。やっぱり、春休み最後の日に見かけた少女は勇奈さんだったんだ。

 そこでまた髪をハーフアップにした結奈に変わった。


「もしもし、黒坂警察署ですか? 海里です。そう、また、絡まれちゃって。うん、正当防衛で、相手は今、道路の真ん中で伸びているところ、場所は……。早く引き取りに来て」

 そういうと、スマホを切った。

「君。すぐ、警察が来るから。まったく、小さいころからよくあることなんだ。おかげで、勇奈っていう人格ができたんだけど。でも勇奈はあの調子だろ。一緒に、しょっ引かれそうになって、冷静沈着な私という人格ができたわけ」

「えっと、頭脳派の結奈さんですよね? 」

「そうだ。それで最初からあまりかまわれないよう冷たい雄奈の人格ができたんだが、今日は、いつまでも優奈のままでいたから、隙を突かれた感じだ」

「そうなんだ……。それにしても、勇奈さん、すごいですね」

「ええっ、君にあの動きが見えたのか? 股間に2発、顔面にワンツーが入っていたな」

 なんと、股間に2発で顔面に2発だったのか? 僕には見えなかった。

「私たちって、それぞれの人格になったら、肉体のリミットがはずれちゃて、人間の能力の限界を突破するみたいなんだ。まあ、これが超能力だ。勇奈は身体能力が、私は瞬間記憶とか瞬間理論構築とか、他の人格が経験したことも合わせてだ。それに、雄奈は、物理的拒絶オーラが出せる。女の子の友達ができないのは困り者だけど。でも、雄奈のおかげでこういうことは、かなり減ってたんだ。今日は一番平凡な優奈が出ていたからね」

 そんなことが可能なのか? 他の人格のチートさはなんなんだ。

「だったら、一昨日、勇奈さんが喧嘩していた時、僕に電話をくれましたよね。あれってなんでですか?」

「いや、電話のことは知らない。なんの電話だったんだ?」

 そんな会話も、パトカーのサイレンが聞こえてきたことで続けられなくなった。


「君。今日はここまででいいよ。君がこんなつまらない事に巻き込まれると大変だから。私たちは、警察官とはすでに知り合いだし、ファンクラブも警察署内にあるらしい。だから、いつもの通り正当防衛。警察の人があの人たちをきっちり締めて脅してくれるから、お礼参りも無し。私は、パトカーで送ってもらうから」

「ごめんね。なんか逃げるような感じで嫌なんだけど……」

「大丈夫。私たちは何度も言うけど、こういうことに慣れているから。それより、私たち付き合い始めたんだから、明日からよろしくな」

「そうだね。明日からよろしく。それじゃあ、僕はここで帰るよ。さよなら」

「ああっ。気を付けて」

 知的な感じで挨拶をした結奈さんの髪の毛はストレートになって外見は優奈さんだけど、雰囲気は結奈さんそのものだった。これが外見はそのままで中身が入れ替わるということなのだろう。

 僕は、パトカーが現場に到着する前に、この場所を去った。

 今日一日のあまりに濃い内容にため息を吐(つ)きながら。




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