第2話 そこにチャイムが鳴り

 そこにチャイムが鳴り、新しく担任になった先生が教室に入ってくる。

 ざわついた教室が静かになり、先生が新学期の連絡事項を滔々(とうとう)と話している。僕は隣が気になって先生の話に集中できない。

 これでは、しばらくは教室での勉強が手に付かなくなると考えて、もともと普段から授業を聴いていないことを思い出し、苦笑いをかみ殺した。

 その時、隣の海里さんが何かに反応した気配がした。まさか俺の表情に困惑した?

 しかし、その気配は一瞬で、すぐに自分に向けられた好奇の気配は気のせいのだったように消えている。海里さんは冷気を発しながら、前をまっすぐ向いているようだ。

(はあ、このまま、気配を読むことに神経を使っていると、いつかは、神経が擦り切れるか、気配を読む達人になってしまう)

 そんなことを考えていると、クラスのみんなは廊下に出て並び出した。

(やべ、先生が何を言ったか全然聞いていない)

 焦って周りの声に耳を澄ます。

「ダリー、体育館で始業式かよ。しかも、出席番号順に並んでいくなんて小学生かよ、ったく」

 そうか、始業式か。出席番号順だって。僕は、誰の後ろに並べばいいんだ? すぐ近くに海里さんがいる。そうか、僕は海里さんの後ろに並ぶんだ。


 クラスの列が体育館に向かって動き出す。僕は慌てて海里さんの後ろに割り込んだ。

 僕の目の前、やや下あたりで、歩調に合わせて海里さんの黒髪が揺れる。さらに、視線を下に向けると、ほっそりとした腰が揺れ、さらにスカートから覗くほどよい太さのまっ白い太ももに、慣性の法則に従いスカートが引っ付いたり離れたりとパタパタと揺れている。

 海里さんの後ろ姿を、こんなに間近にじっくり見られる日が来るなんて。

 いつもなら退屈で長い校長の話も、海里さんの後ろ姿に気を取られ、あっという間に過ぎ、生活指導の「各自解散」の声で我に返った。

 教室への帰りはバラバラに帰るらしい。海里さんはちらっと後ろを振り向くと、そのまま急ぎ足で行ってしまった。

 しまった。僕が気配を読むということは、海里さんも気配を読むということか? きっと、僕の目線は海里さんに気付かれているはずだ。

 どわっ、穴があったら入りたい。どんな顔をして隣に座ればいいんだ? いや、いくらなんでも、海里さんも剣の達人じゃ無いんだから、そこまでは分かるわけがない。絶対そうだ。僕は自分に言い聞かせ、何食わぬ顔で教室に入り席に座った。


 どうやら、これから、各委員会の係を決めるようだ。担任が出席番号一番と二番を司会と書記に指名して、まずは代議員をクラスで決める。この辺りは成績優秀者がなるので代議員が決まれば、各種委員会の委員だ。

 僕のような帰宅部は、無理やり推薦という名の押し付けで、面倒くさい役をやらされる。その前に無難な委員に先になっておくことが肝要なのだ。

 僕の狙いは図書委員だ、一週間に一回、当番が回ってくる。昼休みと放課後が潰れるため、あまり人気がないのだ。でも、僕は家にいても、携帯小説を読んでいるかネットをしているので、家でやっていることを図書室でするだけで何も変わりがない。。

 図書委員の立候補が始まった。僕はすぐに立候補する。僕の思惑通り、立候補者は僕だけである。すんなり男の委員が決まった。

 しかし、女子の方で波乱が起きた。普段なら部活に入っていないおとなしめの女子が押し付けられているのだが、なぜか、海里さんが立候補している。立候補者が一人しかいないため、すんなり決まったが、僕はクラスの男どもの視線が痛い。

 大体、海里さんが後に割り込んできたんだから僕には関係ない。それに、同じ委員になったからといって、必ずしも仲良くなれるわけではない。

 一年の時の僕がそうだったんだから。

 そう考えつつも、ひょっとしての希望を捨てきれない僕がいる。


 放課後になった。

 放課後と言っても、今日は午前中だけで、午後一時からの委員会の会議に出なければならない。僕は部活をしている訳ではないので、弁当を持ってきていないため、購買でパンと缶コーヒーを買って教室で昼食を取っていた。

 すると、僕の隣の席で、海里さんも購買でパンを買ってきて食べている。他にも、放課後部活や他の委員会に出席するために、残っているクラスメートがいるが、海里さんと親しくしている女の子がいない。

 今日一日、隣にいて思ったことだが、海里さん、大抵一人ぼっちで静かに過ごしている。

 それに、いつも周りに壁があるようで話かけ辛い。

 僕は思い切って声を掛ける。別にやましいことはないと自分に言い聞かせた。

「海里さん、そろそろ図書委員会に行かない?」

「……うん……」

 だまったまま二人で並んで歩いていく。この沈黙に耐え切れなくなって。図書委員会に向かう途中で、何とか勇気を出して話しかけた。

「海里さんって、ほとんど一人だよね。友達はクラス別々になったの? 」

 でも、本当に親しいなら、休み時間に別のクラスから覗きにくるよな?

「私はほとんど一人よ。だって、脳内会議で忙しいから」

「脳内会議? 」

「いえ、私、空想が好きだから……」

「ごめん。変なこと聞いて」

「いえ、こちらこそ、変なこと言って」

 本当に失礼なことを聞いてしまった。同じボッチでも彼女のそれは僕みたいに無視されてなっているわけではない。彼女が周りと距離を取っているのだ。

 二人は再び黙り込んで、図書委員会が開かれる教室に入った。

 入口のところで、海里さんがいることで視線が集まり、ざわめきが起こる。

 でも、海里さんは意に介さず、2年E組と書かれた机に座って僕を呼ぶ。

「鬼無くん、ここに座ればいいんでしょ? 鬼無くんも早く座れば」

「は、はい」

 慌てて、海里さんの隣に腰掛けた。

 隣のD組の一年の時同じ図書委員で知り合あった赤木が、僕に小声で声を掛けてきた。

「海里さんがなんで図書委員? 一年の時は、何もしていなかったよな」

「さあ、僕にもわかんないなあ? 」

「お前、親しくなったのか? なんか話したか? 」

「いや、業務連絡だけ。なんか見えない壁を感じるしな」

「そうだよな。なにせ、天翔学園の氷華、俺たちが相手にされるはずないよな」

 確かに、図書委員会の面々は、みんな僕と似たような境遇だ。最初からばかな希望を持つ者はいない。やがてどよめきが収まり、なにごともなかったように会議が始まる。

 図書委員の仕事は、昼休みと放課後、本の貸し出しをすることである。だから当然、その時間は図書室にいないといけない。そして、委員活動は三年生は免除され、1年生の本格的な活動は六月からになる。

 そういう訳で、二か月間は二年生だけで貸し出しの業務をすることになるので、A組からE組まで五学級で、なおかつ、一週間は五日間、割り当てればA組からE組まで、一週間に一度係が回ってくることになる。

 今日は木曜日だから、僕たちE組は明日の金曜日、いきなり仕事をすることになるわけだ。

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