蠱惑的な海里さんは秘密が多くて退屈することがない

天津 虹

第1話 プロローグ

 今日は春休み最後の日、手持ちのゲームとラノベをやりつくした僕は、学校の制服を着て久しぶりに町に出ていた。まあ、学校の規則で街に出る時には制服を着用して節度を考えた行動をとるようにという規則があるのだが、私服をあまり持ってない僕としては制服が一番まともな他所行きなのだ。

 そして、本屋でお気に入りの作家のラノベを買っていい買い物をしたとほくほく顔で駅に向かって歩いていた。

 この作家、ネットの小説サイトの出身で、小説サイトで人気が出て最近は書下ろしの作品がメインだけど、どの話も面白く累計で二〇〇万部を超える人気作家になっている。ただし、出版社でもほとんど連絡が取れないということと、エクセレント・カリンというペンネームだけがわかっているだけで、素性は謎に包まれた覆面作家なのである。


 そんな幸せな時間を邪魔するように僕のスマホが鳴ったのだ。

 誰からだ? そんなことを思いながら、スマホの見ると、相手はYUUNAとなっている。

 ……? 俺には外人の知り合いはいないはずだけど……。何かの勧誘か?

 電話に出ようかどうしょうかと悩んでいるうちに、スマホの画面はマップに切り替わった。


 へっ? そのマップには現在地と目的地らしいところに☆印が付いている。

 ここに来いってことか? 一体なんの目的でこんなことをするんだ? 全く意図が分からない僕は悩みながらも、スマホが示す場所の方に歩いていく。表通りを外れた小径は見通しが悪くくねくね曲がっていた。

 こんなところになにがあるんだ? 目的地まで一〇〇メートルというところで、辺りはごみごみとしていて、あまり治安の良い所でないところに誘いこまれたことに気が付いたことで途端に不安になった。

 うん、帰ろう。僕はそこで回れ右をして返ろうとした瞬間、男たちの怒声を聞いたのだ。

「てめえ!?、ナニモンだ!!。海里じゃないのか?!」

 その名前には聞き覚えがあった。僕は無意識にその方向に早足になっていた。

 そして角を曲がったところで、逆光に中に浮かんでいた光景は……、道路に三人のガラの悪そうな男が転がって呻いており、キラキラと光る金髪をポニーテールに結んだ女の子が首だけをコテンとこちらに向けて立っていた。

 「……」その光景に無言になっていた僕。逆光で顔はよく分からないが、制服は間違いなく僕の高校の制服だ。

「だ、だれなの……?」

 驚いたように僕の方を見て何か言おうとしたが、慌てて僕の来た方とは反対側に走り出してしまった。僕も慌てて何か言おうとしたけど、とっさにこんな場面にかかわるのは面倒だと考えて元来た道を早足で戻っていく。手に持ったスマホのマップはすでに消えていて、あの場面に遭遇させることが目的だったことだけは理解できたが、それが一体なんの目的かは全く分からなかった。

「海里って聞こえたけど……、あの女の子、絶対にうちの学校の生徒だよな。うちの学校に留学生っていたか? いや、金髪に染めているのか? 多少茶髪はいたようだけど、あそこまでのプラチナブロンドって……。ああっ、春休み中に不良デビューしたパターンか? あれは不良同士のケンカなんだ」

 そこまで考えて、巻き込まれなくて良かったと心底安堵したのだ。それにしてもあの女の子なにを言おうとしていたんだ? それにスマホの着信履歴にはYUUNAはすでに残ってなかったのだ。狐につままれたように不思議な体験をした僕は、帰りの電車の中で心臓はドクドクとなり続けていたのだ。



 寝つきの悪かった翌日、高校二年の新学期、寝ぼけ眼で掲示板に張り出されているクラス替えの発表を見て、僕は目は一気に醒めた。同じクラスの名簿に学園一の美少女と名高い、海里優奈(かいりゆうな)の名前が在ったのだ。

 僕は昨日のことはすっかり忘れて、うきうきした足取りで教室に向かう。教室の入り口で、海里さんの姿を目で探す。

 背中まで伸ばした緑がかったストレートの黒髪は、日の光を反射して、より一層、艶やかさを増している。大きな瞳にくっきりとした二重まぶた、長い睫(まつげ)そして、大きな瞳は、いつも潤んでいるかのように光彩を湛(たた)えている。

 そして、ピンク色の唇は、白い肌に映え、どこまでも清純さと妖艶さが同居している。

 いまは、窓際の一番後ろの席に座っているため、スタイルは分からないが、その胸はDカップと言われ、引き締まった腰、長い手足は、その辺のアイドルでは太刀打ちできない容姿である。

 そこまで見惚(みと)れて、初めて、僕は海里さんと目が合っていたことに気が付いた。相手に視線を気付かれるとは、片思い歴一年の僕としては一生の不覚である。

 海里さんは、高校入学と同時に同級生から上級生まで、次から次へとコクられ、その度に「タイプじゃないの」と振り続け、すでに一〇〇人以上のイケメンやスポーツマン、文武両道のナイスガイを奈落の底に叩き落としている。

 付いたあだ名が天翔学園の氷華。

 当然、容姿は普通、スポーツも勉強も普通という僕にはまったく高嶺の花、その他平凡な男どもと同様、負ける勝負にチップを賭けるバカな行動に出ることはない。

 いや、何人かは勝負に出たようだが、「鏡を見たことがあるの? 」の一言で撃沈。もしかして美的感覚が他の人とは違っているのかという淡い期待も裏切られている。

 そういう訳で、その他の男どもと同様、遠くから眺めているだけの対象である。

 そういった対象と目が合うということは、ストーカ―認定されないようにするためにもしばらくは海里さんの方を見ることができない。僕は何事もなかったように、黒板に貼られている席次表を見る。

 僕の名前は鬼無真治(きなししんじ)、僕の名前は海里さんの隣の席のところに在った。ああそうか。クラス替えの最初は出席番号順になっているのか。鬼無なんて変な苗字で、からかわれて親を恨んだこともあったが、今、初めてこの苗字に心底感謝した。

 いそいそと海里さんの方を見ないように席に近づいていくと、そこで、海里さんに声を掛けられた。

「おはよう」

 川のせせらぎような清らかな声だ。

 いきなり声を掛けられてどぎまぎしてしまう。

「お、おはようございます」

 同級生なのに、敬語を使っちまったぜ。まあ、スペックは断然、海里さんの方が上なんだけど……。

「あの」

「にゃ、にゃんでしょうか?」

 なに、この連続攻撃。敬語どころか舌かんじまった。

「いえ、えっと、別に…… 」

 そこまで言って黙り込んで下を向いてしまった。な、なんなんだ一体。しかし、その顔をじっと見るわけにもいかない。僕と海里さんは何事もなかったように席に座ったままだ。

 僕は、いつものように携帯小説を取り出す。昨日買ったお気に入りの作家の奴だ。海里さんを気配だけで探るが、窓の外をぼっーとみているだけのようだった。




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