21日 【掌編/コメディ】バカとマヌケ ~偏差値2ミリの頭脳戦~ (1/2)
真夏、盆休みの日。
日本家屋の縁側で、少年はお腹を出して寝転がり、風鈴を見上げていた。
ちりん、ちりん――――
祖父との思い出は、いつでも風鈴の音から始まる。
「れん。腹ぁ出して寝ると風邪引くぞ?」
「バカはカゼ引かないんだもーん」
「まったく……」
少年の祖父は古木のような人で、いつも杖をついて歩いていた。しかし不思議と強い芯を持っていて、孫である少年にも優しい。彼はそんな祖父を尊敬していた。
だから、その言葉を覚えているのだろう。
「れんは自分を馬鹿だ馬鹿だと言うがな。じいちゃんはそうは思わんぞ」
「えー? でもオレ、もう五年生の歳なのに九九もよくわかんないよ。みんなからもバーカバーカって言われる」
「九九わかんないのはまずいな」
「じいちゃんまで!?」
「だがな、れん。おまえはいずれわかっていくさ。九九よりも大切なことをな」
「漢字の書き方とか?」
「れん」
しわくちゃの手が、彼の頭を撫でる。老いてはいても、そこには確かな体温と、慈しみがあった。
「わからないことは恥ではない。馬鹿であることは恥ずかしくないのだ。むしろ、馬鹿であれ。何事も、まずは『わからない』と自覚するところから始めるのだ。半端にわかった気になるほど愚かなことはない。そういう点では、おまえはそのままでよい。馬鹿のまま、突っ走っていけ」
「バカのまま……」
「そうだ。馬鹿でいい。だが、馬鹿でありつつも、ほんとうに大切なものを見極める目は持ち合わせていなくてはならんよ」
「バカでいい……」
「うむ。……いやその後に言ったことが一番大切でな」
「バカで、いい……!」
「れん?」
「オレは……バカで、いいんだ!!」
~五年後~
「よっしゃああああッッ!! じいちゃん!! オレ、合格したぜ。偏差値2のクソバカ高校、
少年・田中
時は四月一日。場所は学園内、体育館。
モヒカンのバカ、インテリメガネ風のバカ、原住民風のバカ、お嬢様風のバカなどなど、十人十色のバカが集まるクソやべえ入学式が始まった!
「えー、みなさんが静かになるまでに五億年かかりそうなのでもうガヤガヤしたまんまで入学式を始めます。キレそう。それでは校長式辞です。校長、お願いします」
「おっけ~」
ババ抜きに勤しむ新入生や、ビールジョッキを打ち合わせる保護者たち。チンパンジーのウキャウキャ声やアフリカゾウのぱおぱお声もひっきりなしに響いている。そんななか、壇上にどう見てもナメクジにしか見えないナメクジが登壇した!
「はいはーい、僕がこの天賽学園の校長だよー」
「ナンダテメー!!」「ナメクジジャネーカ!!」「ナメテンノカ!!」
新入生から野次が飛んだ。しかしナメクジはそれを宥めるように「でも君たちよりはぼくの方が頭は悪いと思うよ」とマイク越しに言う。しかし火に油。新入生たちは「ハア!? オレタチノホウガバカナンダケドォ!?」とブチギレ始めた。
そう、天賽学園は特異な高校。
バカであればあるほど校内での地位が高くなる魔境なのである。
暴れ出すバカども。灰皿、ブタメン、水素水、コロコロコミックなどなど、新入生たちがたまたま手に持っていた物が壇上に投げつけられ、校長をプチュっと潰す――――
かと、思われた。
「静かにしな、秀才ども」
校長を守ったのは、ひとりの男子生徒であった。
投げつけられた椅子やらゴミやらはすべて、蒸発するように消滅している。
「まったく……手に負えない秀才どもだね。ボクは不安になるよ。キミらの頭の良さは、まるでアインシュタインじゃないか」
この上ない罵倒である。
耳を塞ぎたくなるほどの、常軌を逸した暴言であったが……
新入生たちの五割は、憤るでもなく悲しむでもなく、すでに戦意を喪失していた。
なぜならば。
その男子生徒は、全裸であった。
(な……なんて堂々たるバカなんだ。入学式に全裸だと!?)
一方の田中煉獄丸。むしろ逆に、ふつふつと挑戦の意思が湧き始めている。
(ただ者じゃない……! さすが天賽高校だぜ。だけど……)
「やいやいやい! 全裸だから何だってんだテメコノヤロウ!」
声を上げたのはモヒカンの新入生、モブ山すぐ退場する太郎である!
「全裸になるくらいなら俺様にだってできるぜ!! オラァッ!!(全脱ぎする) うわああああああ!!!(猥褻罪で警察官にしょっぴかれていく)」
「ふん……インテリめ」
(当然の結果だ……モブ山は〝後追い〟に過ぎねぇ。最初に入学式で全裸になった奴こそが真のバカ。だからこそ……だからこそ!)
ナメクジ校長を守った全裸男子が、壇上から去ろうとする。その時であった!
煉獄丸が椅子の上に飛び乗り、大声を上げる!
「おい全裸野郎!」
「……何者かな?」
「オレは田中煉獄丸ッ! オレこそが世界で一番バカだと証明するためにここへ入学したッ!」
「ほう……?」
「オレはこの学校で、てめ~を超える最強のバカになるッ! それは1たす1が2であるくらいには確実な未来なんだぜッ! オレは田中煉獄丸だッ! この名を覚えておきやがれッ!」
啖呵を切り、息を荒げる煉獄丸。周囲でバカどもが「おお~」と称賛のような声を上げている。今日はこのくらいにしておくつもりであった。入学式をこれ以上台無しにするわけにはいかない。
だが。
しかし。
全裸男子が、煉獄丸に向き直る。
「待ちなよ」
「……えっ?」
「まずは名乗ってくれてありがとう。どうせ忘れるけどね……! ボクはマヌケだから」
「何だと……!」
「で、キミ。自分のこと、バカって呼んだ?」
「あ、ああ。呼んだぜ? それが何――――」
「バカっていうのは」
全裸の男は、挑発されてそのままではいられぬ。
「1たす1が何なのかすらわからないヤツのことを言うのさ」
ぞっ……!
体育館内のほぼ全員の体に、鳥肌が立つ。
……今までは、本気では、なかった。
全裸男子は、すべてを曝け出したかのように見えて、まだ恥部を残していたのだ。
煉獄丸もまた、すさまじい〝
(ば……バカな……ッ!)
「ボクは本村
首元に死神の鎌が添えられたような錯覚を起こし、煉獄丸の全身に汗が噴き出す。
「やるかい? キミと、ボクとで。入学祝いの〝
【つづく】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます