1-2 過去と未来の交差点で ③


「ということなんだけど、どう思う?」

「――ということなんだけど、っじゃない!! とんでもないことになってんじゃん!?」


 翌日の放課後。例によって写真部の部室に向かい、昨日我が身に降りかかった喜劇とも悲劇とも呼べる出来事をありのままに、俺は佐伯に伝えた。

 案の定、驚きを隠し切れないどころか、一切隠そうともしない全開ぶりには、見ているこちらとしても清々しいくらいだった。


 姫君と庶民くらいの差があるカップルどころか、しかも相手から告白してきた、それも二人同時となれば、誰もが驚きを隠し切れないのは当然だろう。だからと言って、それをそのまま悟らせるのは、失礼になる。

 それでも気の知れた相手だと思って、遠慮なく言ってくれるのは、個人的には嬉しいものだ。


「え、大丈夫? 後で高額な請求書が届いたりするんじゃない? 裏社会の怖い人とかが難癖付けてくるかもよ? あっ、壺とか買わされたりするかも、怪しい新興宗教に勧誘されたり」

 前言撤回。遠慮ないどころか、行き過ぎたことまで言い出した。

 まぁ、佐伯のことだから冗談っていうのは見え見えだけど。


「いや、待て。言い過ぎだ。というかどんだけ出て来るんだよ」

「あはは。ごめん、驚きの余り、つい」

 笑ってはいるものの、佐伯の表情は愛想笑いのように少し引きつっている。


「というか、こんなとこにいて大丈夫なの?」

「もちろん。大事な部活動だしな」

 大げさに格好付けた声で言う。

「バレバレの嘘を吐くなー」

 

 雪村響子。国富飛鳥。二人から同時に告白され、そのままの勢いで二人と付き合う。要するに、彼氏彼女の関係になったらしいのだが、実感が湧かないどころか、一生慣れない気すらしている。

 そんな二人に比べると、まだ付き合いが長い佐伯と言葉を交わしている方が楽でいい。良い意味で楽なのだ。頭を使わずとも小気味良いやり取りができる。

 かと言って、雪村と国富との関係をないがしろにするつもりはないし、上手くやっていけるようにはしたいと思っている。

 いざ、男女の関係を意識すると、心は平静を保てなくなってしまうものなんだと、知った。


 それにしても、あれは何だったのだろうか。

 昨日、雪村と国富が去った後に拾った『来世ノート』についても、佐伯に話したかったんだけど。あの後、持ち主も分からないまま誰かの机に置いておくのも申し訳なく思えたのと、担任に帰るよう急かされて考える時間もなかったことも加勢して、そのままリュックに入れて持って帰ってしまった。

 

 他人のものを勝手に持って帰ってしまうのは倫理的に如何なものかとも考えたが、それを見つけてしまった者の定めとしては、仕方なかったと思い込むことにした。

 だって、そのまま放置でもして、クラスの誰かの物だったとして、朝一で持ち主ではない他の誰かが見つけてしまった場合、その持ち主が誰なのかとクラスで話題として持ち上げられてしまうじゃないか。

 

 そのノートについて何を知っているんだって思うだろうけど、それはもう見るからにヤバいヤツにしか思えない。そんなものをクラス中に公開された持ち主は、「自分のものです」と名乗り出ることができるか? その人の気持ちを考えるとその選択は出来ないだろう。 

 目にしてしまったという責任が俺にはあるわけで、それを見て見ぬフリなんてできなかった。

 周囲にその存在が明かされることのないように、これを持ち主の所に帰してやるというのは、無理難題かも知れないが、乗り掛かった舟だ。俺はそれを成し遂げると誓った。

 と、意気込んだまでは良かったんだけど、家に着いてリュックの中を覗いたらそれがなくなっていたのだった。

 

 徒歩での帰り道、きちんと締めていたリュックからノートが飛び出すとは考え難く、リュックに入れた記憶自体が間違っていたというのもあり得ない。リュックの中で消失したとしか思えなかった。だからあの『来世ノート』なるものの実態を俺は知らない。

 無理して意気込んでいた過去の自分には悪いが、俺はその時、胸を撫で下ろす思いだった。

 なくしたのではなく、なくなったのだ。俺のせいではない。そう思い込むことにした。俺は悪くない。そう自分に言い聞かせた。

 だからと言って、罪悪感を抱いていないわけではなく、誰かがそれを失くしたことに気付いて今も焦燥感に苛まれているかもしれないと思うと、今日一日中生きた心地はしなかった。


「でさ。その話が本当だったとして、ずっと二人と付き合っていくってことはできないわけでしょ?」

「え? あぁ。確かに」

 佐伯はまだ半信半疑でいるみたいで、俺自身もそうであるが、それを言葉にするのは敢えてしなかった。

 今この状況を正しく捉えられているかも分からないのに、先のこと何て全く頭にあるわけもなく、佐伯のふとした疑問に俺は言葉が続かなかった。


「まだ学校にいる内はそれでもいいよ? でも、私たちいつかは卒業していくんだし、雪村さんは同級生だからいいけど――」

 

 途中から佐伯の言葉は俺の耳を右から左へと受け流されていった。

 考えるのが嫌になってしまうのは、俺の幼さ故で、いつかは向き合わなければならないと知りつつも、俺はその言葉の重みに耐え兼ねて耳を塞いでしまった。


 



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最初で最後のラブコメ 入川軽衣 @DolphinIsLight

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