1-2 過去と未来の交差点で ②


 国富飛鳥には未来が見える。

 物心が付き、自然に言葉を交わすようになった時には、既にそれを自覚していた。

 最初はただ「何となくそんな気がする」という感覚で留まっていたが、いつしか正確に未来を予測することができるようになっていた。

 ただそれは、自分と、自分の周りの人物の未来に限られた。


「そう言えば、先輩と一緒に帰るのって、初めてお会いした時以来ですよね」

「あぁ。あなたが無理やり迫ってきた時のことね」

 飛鳥が話題を代えた以上は、追求するわけにはいかない。

 響子は皮肉交じりに言葉を返す。

「うっ。あの時のことをまだ根に持ってるんですか?」

「いいえ。ただ、あなたのことは少し嫌いだなって思っただけよ」

「そ、それはすみません」

 苦い顔をして飛鳥は縮こまった。

「冗談よ」

 内心では飛鳥との間に壁を作っているつもりでも、その壁が徐々に崩れていっていることを響子はまだ気付いてはいない。やがてそれも自明のことになるだろう。


「響子先輩、あそこ行きません? 駅前にこの前出来たカフェ! あそこの抹茶ラテがめっちゃ美味しいって、クラスのユミちゃんが言ってて」

「抹茶ラテ? 私甘すぎるのはあんまり」

「他にも色々メニューありますから、行きましょうって、響子先っ輩!」

「も、もう仕方ないんだから。あとで、夕飯の買い出し付き合ってよ」

「あ、じゃあ先輩んちでご飯食べたいですー」

「ちょっ。流石にまだ早いわ」

「まだ、ってことは、可能性があるってことですか?」

「うっ。そんなにキラキラした目で見つめないでくれるかしら」

「じゃあじゃあ、とりあえずカフェには行きましょ」

「もう、分かったから、手を引っ張るのやめてよ」


 飛鳥には、響子と仲良くなれる未来が見えていた。

 それと同時に、同じものを取り合う仲であることも知っていた。

「私、周藤真樹せんぱいのことが知りたいんです」

「それなら、私に尋ねるのは間違っているわ。私は彼のことを何も知らない」

「現状はそうでしょうけど」


 周藤真樹。

 飛鳥が口にしたその人物の名前が、自分の頭の中に浮かんだ人物と一致している事実をもう一度噛み締めた。

 動揺を悟られないように努めたつもりだったが、彼女がそれを口にしていた時点で、その防衛本能が意味を成していないことに、響子は後で気付いた。


 二人は図書室から響子が独り暮らしをする小さなアパートに場所を移した。

 初めてあったばかりの人物を部屋にあげるのは抵抗があったが、周りが気にならない場所かつ予算が掛からないという点においては最良であったため致し方ないと、響子は自分に言い聞かせた。

 生活に最低限必要なものしか置かれていない殺風景で無個性な部屋。注意を逸らすようなものは何もない。

 飲み物を用意するようなおもてなしを行うのが常識だということを響子は勿論知っていたが、好意どころか嫌悪さえ抱いている長居して欲しくない相手に、それは必要ないと判断した。


 小さな長方形のテーブルを隔てて二人は腰を下ろした。

「言いませんでしたか? 私、未来が見えるんです」

「うん、さっき聞いた。だから、それが何だって言うの?」

「私が言っているのは、ただの予想や予測といった意味ではありません。本当に起きる事実が分かるという意味です」

 飛鳥のテンションは相変わらず明るく元気で、言っていることの信憑性には逆効果に他ならない気がした。相手を信じ込ませる正攻法としては如何なものかと心配になる反面、何にせよ信じるに値する言葉ではないと、響子は思った。

「あなたが言うように、未来を見られるとして、それがなんで周藤くんに結びついて、私に結びつく必要があるの?」

 自分自身が特殊な状況にあることを分かっていて、彼女の言葉を虚言と決めつけるのは違う気がした。

 響子はただ、飛鳥が本題に入ることを望んだ。


「私には、響子先輩と、周藤せんぱいが二人で楽しそうに暮らしている未来が見えたんです」


 もったいぶった割には、肩透かしを食らった。

 そう感じるのが当たり前なのかもしれない。

 未来が見えるという異質な特性から得られる情報にしては多少インパクトに欠ける。

 しかし、雪村響子だけはその言葉を聞いて、雷に打たれたかのような衝撃を全身に感じていた。


 何それ?

 率直な感想は、「つまらない」の一言に尽きた。嘘を吐くにしてももう少しマシな嘘を吐けばいいのに。


「そ、それは本当なの!?」

 響子自身が抱いた思いとは異なり、口をついて出た言葉には快の感情が滲み出ていた。

 藁にも縋るような勢いで、響子の心臓が跳ねる。


「マジのガチです。私を信用して下さい」

 胸をトンと叩いて、飛鳥はふんぞり返る仕草をする。

 今時の女子らしい口調であることはいいのだが、言葉の重みが薄れてしまっていることを教えてあげた方がいいのかと、響子は冷静に思った。


「ですけど、先輩。未来というのは、未来でしかありません」

 飛鳥の声が僅かに震えていたのを、響子は感じ取った。

 人差し指をピンと立て、注意を引くように、飛鳥は語り始めた。


「私が今まで観測してきた未来の出来事が変化したためしはありません。だからと言って、それに甘んじて努力を怠れば、その未来を手にすることはできなくなる。そんな可能性だってあるんです。占いとかだって、そうです。朝の情報番組で見る占いのランキングがいい順位だったとしても、自らの行動が不幸を呼び寄せることだってある。逆もまた然りです。良くないことが起きる未来が見えるなら、行動で変えてみせればいいだけなんです」


 もっともらしいことを言うものだ。

 響子は、呆然と聞いて思った。

 運命論を信じている身ではないため、響子にとって彼女の言い分に引っかかることはなかった。けれど、そんな説法を解かれた所で、冷静さを取り戻した響子の心が揺れ動くことはなかった。


 微妙な空気が六畳間の狭苦しい空間を支配した。


「つまり響子先輩、周藤先輩に告白しましょう!」

 静寂に耐え切れなくなったのか、飛鳥は苦し紛れに予め用意していたであろうセリフを放った。


「え、ちょっと。いや、そんな」

 またも、響子の感情は大きく揺さぶられた。

 何かを想像して赤らむ頬。

 避けては通れないことだと知って前々から、覚悟していたとは言え、それを如実に意識した時、響子の頭の中は真っ白になった。



『ねぇ。私たち、本当に一緒になれないの?』

『ごめん』

『そんな、ひどいよ!!』

『でも、気持ちは絶対に、一番に、君を愛していると、誓える』

『私も。私もあなたが好き。あなたを愛してる』

『生まれ変わったら、今度は必ず君を幸せにする。約束するよ』


 また、あの夢を見た。

 段々と遠ざかる。

 涙を流しているその女性は、雪村に他ならない気がした。

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