1-1 風は桜を舞い上げて ⑤


「あのさ、これってドッキリ? 的なアレだよね」

 精気を失って声はガラガラだ。

「ドッキリ? 何のこと?」

 雪村はキョトンとした表情で頭にハテナを浮かべる。

 あざとい。

 計算じゃないなら、何とも恐ろしい。国富ならまだしも、雪村のそれは天然モノに違いない。


「せんぱいはきっと、可愛いカノジョが一気に二人もできたことが信じられないって、驚いてるんですよ」

「そ、そうだよ」

 あっけらかんとして言う雪村と国富が俺には理解できない。


「驚いたっていう意味では、ドッキリ大成功って感じかもね」

「確かに。せんぱいの表情ったら可笑しくて。ふふっ、もう一回写メ見ようっと」

 二人して何も気に留めていないような雰囲気を漂わせている。

 それを目の当たりにすると、俺が考え過ぎなのかとすら思えてくる。


「本当に、俺でいい、のか?」

「せんぱい、私と響子先輩とじゃ、不満だって言うんですか?」

「周藤くん、あなたは素直に言葉そのままを受け取ればいいの。しつこい男は嫌われるわよ?」

「不満なんかあるわけない。嫌われたくもない。だけど……」


 本当に。本当に嘘でもなく、冗談でもなく、ドッキリでもないのだとしたら、俺は俗に言う「二股」を掛けることになる。

 二股なんてのは不誠実な人間がやるもので、決して倫理的に許されるものではない。ただ俺のパターンは特殊というか、始まりから二人だし、互いに容認している。これはギルティなのか?

 

「そうだ、響子先輩! 周藤せんぱいなしで、二人で撮りましょうよ」

「う~ん。どうしよう」

「え~。響子先輩一緒に撮りましょう。私ツーショットがいいんですよ。響子先輩がとってくれなかったら、さっきの画像を編集して周藤せんぱい抜き出してくっつけなきゃいけないので。パパッと撮りましょうよぉ」

「そこまでして、欲しいの? ちょっと寒気がしてきたんだけど」

「いやいや、そんなやましい気持ちとかないですから、純粋に、純粋に一緒に撮りたいなぁって」

「もう。仕方ないわ」


 俺なんかいなくても、二人で楽しそうにやってる。仲が良いのか悪いのかよく分からない二人だ。学年も違えばタイプも違う、その二人が俺のことを好きだと言っている。

 

「本当に、嘘とか、冗談とか、ドッキリじゃないのか? ネタ晴らしするタイミング的にはもう遅いくらいなんだが」

 ボソッと呟いた。


 雪村や国富が言うように、彼女らの言葉を疑わずに、深読みせずに、ありのままを受け入れたらいい。

 そうすれば、可愛い恋人が二人もできる。

 当人がそう言っているのだから、難しいことは考えないで、それでいいじゃないか。

 そう思ってしまう自分がいる。そう思ってしまうのが、俺らしい。目に見える物だけが見えればいい。知る由もないものを、知りたいとは思わない。探求心なんて皆無だ。けれど、それではいけないと訴える自分もいる。

 俺も一端の高校生男子。誰かと恋仲になることがあっても何らおかしくない。

 ただ、恋人同士になろうというのに、相手のことを知らない。相手が俺に抱いている想いを知らないというのはどうなんだ!?

 

「二人とも、聞いてくれ」

 俺は意を決して立ち上がり、口を開いた。

 この違和感を伝えなくちゃならない。

 二人で自撮りした後、写真を見返している二人の背中に向かって、俺は声を振り絞った。


「俺、やっぱり二人のこと――」

「せんぱい、ちょっとストップ」

 焦りから、二人が振り返り切る前に話しを切り出したが、直ぐに俺の言葉は行き場を失う。

 国富が険しい表情で、掌で静止を促すポーズを向けてくる。

「けほっ、な、なんだ?」

 席を切って流れ出した言の葉を無理やり栓をしたせいで、抑えきれなかった言の葉の残滓が咳となって昇華されていく。

 咽て苦しいが、何があったのかを把握することが最優先だ。


「今、向こうから先生がこちらに歩いて来てます」

 国富は廊下側の窓を指差し、向かいの職員室がある棟から、教師がこちらに歩いて来ていることを報せた。


「えっ、この教室に向かってるの?」

 雪村が国富に尋ねる。

「おそらく。2年4組の先生ですよね」

「よ、よく見えるな、ここから」

 窓の方に寄って見ると渡り廊下をこちらに向かっている、制服を着ていない人のシルエットが見えた。ただ、視力が良いとも、悪いとも言えない俺の目では、その相貌までは分からなかった。


「何か問題があるのか?」

 放課後に教室に残っているという経験は今までないが、特に悪いことでもないような気がするけど。

「この状況を先生が見たらどう思うか考えて」

「そうそう、せんぱいはもっと危機感を持って」

 

 人気がなくなった校舎、夕暮れの教室。男子一人に女子二人。灯りも付けずに、薄暗い空間。少し騒がしくしたってそれに気付く人はいないだろう……。

 いや、いやいや。

何もやましいことはない。


「はい。先輩はおとりになって下さい」

「え? おとり?」

「今、二人で決めたから」

「え、なんで!?」

 何故か雪村の声からは冷たさを感じた。

「せんぱい、変な妄想してたでしょ」

 ジト目で国富が呟いた。


 国富はどこかに鞄を置いて来ていたのか、何も手にしていなかったが、雪村は下校の支度をしていなかったのか、自身の机を探り、急いで教科書を鞄に詰め込んでいた。


 二人は教師から遠い方の出入り口に立ち、タイミングを見計らってこっそりと教室を出る。そして、俺が先生の相手をしている間に、二人は下校する。

 俺の是非を問わずに、勝手に決められた作戦。割りを食うのは俺だけで済むという、完璧な作戦だそうだ。

 盾になることについては異論ないが、精神的なダメージを負うという事実だけは、頭の片隅に置いていて欲しい。


 ガラガラと音がなり、担任教師の植山が顔を出す。

 その音とほぼ同時に、雪村と国富が教室を静かに飛び出してゆく。

 俺は自分の席に座って、居眠りしているのを装った。


 結果として、二人は無事に下校していった。

 俺は、担任教師にアホのヤツのレッテルを張られただけの軽傷で済んだ。

「忘れ物を取りに戻ったのですが、眠気に襲われてつい……」


 はぁ。騒がしい一日だった。

 こんなに感情がジェットコースターのように、急速に浮き沈みすると、疲れる。

 問題も消化不良だし。

 明日どんな顔して、雪村に会えばいいのか分からない。


 教師に鍵を返して、さっさと帰るようにと告げられた後のことだった。

 大きくため息が零れて、首を垂れた先に、誰かのノートが落ちているのを発見した。

「お。なんだこれ?」

 手にしてみると、その装丁は色褪せていて、凡そ今時の高校生が使用しているようなものとは似て非なるように思えた。

 誰のだろうか。落ちていた位置的には雪村の机のすぐ横だけど。


「瀬戸 美弥子」

 ノートの裏側に持ち主の氏名が記載されていた。

そんな名前の生徒、うちのクラスにいたっけ?

 まぁ、他のクラスから借りたっていうのもあり得るのか。


「来世ノート?」

 ノートを表に返すと、表紙のど真ん中にそう記されていた。

「なんだそれ」


 いけないとは思いつつも、俺は小さな好奇心に駆られ、少し気が引けるが、中身を見てみることにした。


『生まれ変わったら、今度は必ず君を幸せにする。約束するよ』


 それは開幕から、見ちゃいけないものの匂いがプンプンする代物だった。

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