1-1  風は桜を舞い上げて ②


「どう思う?」

「どう思うって、控えめに言って、キモい」

「おい、いくら他人だからって、女子にそんなこと言っちゃダメだろ」

「いや、マキマキに言ってんのよ」


 放課後、俺は写真部の部室に顔を出していた。

 特別教室棟の階段を登り切った場所に、普通の教室の3分の1もないほどの狭いスペースの部屋が写真部の部室となっており、勉強机を四つ並べた卓を囲んで椅子が並ぶ。

 使い古されたものばかりで構成された部室は、明らかに低予算を思わせる作りだ。

 写真部に欠かせないカメラ自体が、高価なものなので、その他に予算を費やせないという事情もあるのだろう。


 4月は新歓の時期であり、いつ新入生が体験に訪れても対応できるように、副部長である俺は、今月中は部室にいる必要があった。

 カメラに関しての知識はこれっぽちもない副部長はいる意味があるのか? という疑問について佐伯は、「事務的な手続きとか、人数が多い時に重宝するでしょ」とのこと。

 未だ訪問者ゼロの部室。暇を持て余した俺は佐伯に、今日の出来事を話していた。


「気にし過ぎなんじゃない? 深い意味なんてないと思うけど」

「いいか、佐伯。男というのは、愚かな生き物なんだって広辞苑に書いてあるくらいだ。女子の何気ない一言、一挙手一投足で、自分に気があるんじゃないか? って思ってしまうんだぞ」

「あぁ、そう。というか広辞苑には、そんな陳腐な内容は乗っ取らん」

 佐伯は阿保らしいと言わんばかりに、溜め息を吐いた。


「でもさ、何とも思ってない異性のクラスメイトに挨拶なんてするか? 佐伯もクラスの男子に挨拶してんの?」

「え? 私がそんなタイプに見える?」

 少しキレ気味に佐伯は質問を質問で返した。

「あ、すまん。そう言えばお前、クラスでは全く喋らないんだったな」

 佐伯は親しい相手には饒舌になるが、普段の学校生活では物静かで声も小さく、滅多に喋ることはない。

 知り合い始めの頃と、現在の佐伯とではキャラクターが違いすぎる。

 他愛もない会話を交わせるようになってからも、クラスメイトのいる教室や、他の同級生や先輩が周囲にいる時は、俺と会話するのは避けたいらしく、そういった状況下では口を利いてくれなくなる。

 俺と会話している時みたいに普段も喋れば、友達もできて楽しくなるだろうと思う。それがお節介だということは、よく分かるから口にはしないけれど。


「謝んなくていいから、というか、マキマキも同じでしょ!?」

「俺は別に、仲の良いヤツが周りにいないってだけだし、クラスメイトとはそれなりにやっていけてるから」

「それ、一年生の時の話でしょ? 新しいクラスでは馴染めてないでしょ? 見栄張ってるのバレバレだかんね」

「くっ。年一で交友関係はリセットするタイプなんだよ。俺は」

「あっそう。要するに、図星だったってワケね」

「お互い様だろ?」

「まぁ私も、マキマキも似たような者か」

 今度は二人して、溜め息を吐く。


「というかさ、そんなに気になるなら、聞けばいいじゃん」

 古めかしいカメラをいじりながら、佐伯の方から話を戻して来た。

「できるならもうやってるよ」

「あ、ごめん。背中から悲壮感がすごい伝わって来るよ」

「慰めの言葉はいらないよ。何もかも、この俺の卑屈さが悪いんだよ」

 大袈裟に暗いトーンを演出してみる。

「あぁ、マキマキがいじけモードに入ってしまった。もう、新入生が来るかもしれないんだから、先輩がシャキッとしてないでどうするのよ」

 落ち込んでいるように見せたのをネタだと見抜いた上で、佐伯はバシバシと俺の背中を叩いた。

「痛いって」

 冗談で背中を叩いてきた割には、痛くて睨み返したが、新入生がまだやって来るかもと思っている旨の発言に関しては、怒られそうなので触れないでおいた。


「そうだ、声掛けるのが難しいなら、手紙というか、メモみたいなの書いて渡すってのはどう?」

「いや、キモいだろ。隣の席なのにわざわざ手紙とか」

「うぐ。確かに。私としたことが失念だ。てか、それがキモいってのは分かるんだね」

 隣の席じゃなけりゃ起こらなかっただろう出来事は、隣の席じゃなけりゃ答えが導き出せたかもしれないけれど、そんな取り留めないことを書き殴っても答えが出てこないことを、本当はもう知っていた。


「そもそもマキマキってあんまり周りを気にしてないヒトなのかなって思ってたけど、そうでもないんだね」

 佐伯との付き合いは半年くらいしかないけれど、おそらくその見立ては間違っていない。

 周りによく見られたいとかいう感情はない。かといって、嫌われてもいいとか、孤独でいたいっていうわけでもない。

「そう思ってはいたんだけどな。カッコ悪いままでいたくないっていう思いはあるのかも」

「えー、何それ。マキマキのくせにそんなこと思うんだね」

 悪戯な笑顔で、佐伯は茶化すように言った。

「くせに、ってなんだよ」

 口をとがらせて、不満の意を表明する。

「ごめん、ごめん。私はマキマキのこと、カッコ悪いとは思ってないよ」

 少し恥ずかしそうに、佐伯は呟いた。

「えっ?」

 聞きなれない言葉に、俺は自分を指差しする。

「いや、見た目の話じゃないからね」

「わ、分かってるよ」

「部活の存続が危うかった時に助けてくれたしさ。なんだかんだ言って、こうして活動にも顔を出してくれるわけだし」

「別に大したことじゃないし、というか、半強制的にやらされてるだけだろ」

 ジト目で佐伯を見る。

「それでもね。私は、感謝してるから」

 そう言って、佐伯は笑った。

「そういうのは、求めてないんで。まぁ少しでも役に立ててるなら、良かったけど」

 どこか歯痒い感じがして、俺は目線を逸らした。

「もっと積極的になってくれたら、その方が私は嬉しいんだけどな~」

「それは遠慮しておくわ」

 顔の前で右手を振って、否定のアピールをする。

「あっそう」

 分かっていたよ、と言わんばかりの落ち着いた表情で、佐伯は少し微笑んでいるように見えた。


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