第93話 エピローグ①
魔神教会による大規模な侵攻から、一週間が経った。
その間、迷宮都市はてんやわんやだ。
ギルドマスターなどは、後処理に追われてげっそりとしていた。
俺は取り調べを受けまくったくらいで、なにもしていないけど……。
ともあれ、この一週間でようやく落ち着いてきた。
魔神教会は氾濫によって同時多発的に迷宮都市周辺を襲撃し、さらには旅神の神子まで狙った。
まさに迷宮都市と魔神教会の全面戦争とも言える戦いだった。
だが、神子様を狙った武者は、俺とポラリスによって阻止された。
狙われていた神子様は無事。ついでに、フェルシーも一命を取り留めたらしい。
後から聞いた話だと、各地に散った上級冒険者によって、氾濫も速やかに解決されたという。おかげで、事件の大きさの割には被害が少なかったらしい。とはいっても、民間人と冒険者双方にそれなりの被害は出たが……。
結果だけ見れば上々だ。
武者が失敗した時点で他の魔神教会の面々は立ち去ったらしく、迷宮都市にはいつもの日常が戻っている。
もちろん、魔神教会の脅威が完全になくなったわけじゃない。
キースとエルルさんが会ったという老師と魔神の神子。その二人は未だ発見されていないのだから。
だが、ひとまずはこの平穏を喜びたい。
「ようやく来ましたか。裁判の途中だったのを忘れたのですか?」
「エッセン様……」
そして俺は、たっぷりの休養期間を経て、再び旅神教会の大聖堂を訪れていた。
待っていたのは、ニコラスとフェルシーだ。
「あー、神官長。あの時は決断してくれてありがとう」
「もう神官長ではありません。今回の責任を取り、辞任しました」
「あ、そうなの?」
「当然です。どころか、罪に問われるでしょう。ある程度抑えられたとはいえ、相応に被害が出ていますからね。今も、ほら」
ニコラスがちらっと一瞥した先には、厳しい表情をした高位神官が立っていた。ニコラスの見張りか。
「私は、自分の正義に従って行動したつもりです。なので、後悔はありません。ですが……もう少し上手いやり方があったのかもしれないと、今なら思います」
「まあ、あんたのおかげで助かった人もいるだろうな。俺は殺されかけたけど」
「私がいなくなったところで、旅神教会はそう変わりませんけどね。これからも頑張ってください」
うへえ。俺、もしかしてこれからも追われるのか? 勘弁してほしい。
ニコラスには、以前のような覇気はない。もう神官長ではないのだから、当然か。
あの常に鬼気迫るような圧力があったのは、役職による重圧もあったのかもしれない。今となっては、考えても仕方のないことだが。
もうニコラスと話すことはない。元々、そんなに親しくもないしな。
彼から離れて、壁際でうずくまるフェルシーに近づく。
俺に気が付いて、彼女が顔を上げた。
「エッセン様、あのね……」
フェルシーとも決して仲良くはなかったが、少しだけ行動を共にした仲ではある。
あの時、フェルシーが身を挺して神子様を守っていなければ、俺たちは間に合わなかっただろう。
それに……あの後、神子様からフェルシーの境遇を聞いた。
だからと言って許せる問題ではないけど、一定の理解は示せると思う。
「ボク、なにがダメだったの? 全部、言われた通りにやったのに。魔物は悪で、エッセン様は悪のはずなのに。なんで、神子様を守ったのはエッセン様なの?」
彼女の中で今、常識が壊れかけている。
ずっと洗脳されてきたらしい彼女にとって、旅神教会の教えが全てだった。
それに従って行動しているうちは強気だが、それが壊れると……こうも脆くなる。
「ボクはどうしたらいいの……?」
この一週間、たくさん考えたのだろう。そのことが、彼女の表情から読み取れる。
フェルシーの常識では、俺という存在は理解不能のはず。
だが、世の中理解できることばかりじゃない。
フェルシーは俺よりも若いんだ。これから、まだまだ変われる。
こうして自分の常識を疑うようになっただけでも、大きな一歩だ。
新たな自分になれるかは、彼女の気持ち次第だ。
そこまで面倒を見てやる義理はないし、俺にも正解はわからないけど……少しくらい、お節介を焼きたくなってしまう。
「俺の親友の言葉を教えてやるよ」
「え……?」
「信念のある奴は強い」
敵であった武者も、強い信念の元戦っていた。
大なり小なり、みんなそうだ。冒険者じゃなくても、みんな自分が大切なもののために毎日働いている。
「大したものじゃなくてもいい。自分の心に一本、芯を持て。いや、既にあるかもな……。絶対に譲れない信念を自分の中から一つ見つけるんだ。でもそれは、他人に言われたものじゃダメだな」
「信念……」
「なんでもいい。複数でも、途中で変わってもいい。信念を見つけたら、それに従って生きるんだ。そうすれば、道に迷うことはなくなる」
フェルシーはぼーっと、俺の顔を見つめている。
ゆっくり、俺の言葉を受け入れているのだろう。その表情は歳相応の幼いもので、かつての不気味さはかけらもない。
しばらく考えたのち、フェルシーが口を開いた。
「ご飯……」
口元を柔らかく綻ばせて、目じりに涙を浮かべた。
「美味しいご飯、いっぱい食べたいなぁ……」
「いいじゃん」
「うん……!」
これ以上は無粋か。
フェルシーは一応、神子を守った立役者の一人だ。罰せられることはないし、多少の報酬は出るだろう。
その後、神官の地位に残るのか別の道を選ぶのかは、彼女自身が選ぶことだ。
「エッセン様、ありがとう」
「おう」
俺はフェルシーに見送られて、大聖堂を出た。
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