第92話 背中合わせで
「エッセン、その素敵な鎧、寒さは大丈夫かしら?」
「ああ。問題ない。好きにやってくれ」
「よかったわ。“ニブルヘイム”」
おお、サバンナスコーピオン戦で使ったスキルだ。
あの時は時間稼ぎが必要だったが……今回は、ここに戻るまでに準備しておいたのだろうか。
大聖堂の大広間が、銀色に染まる。
壁も床も空気でさえも凍り付き、完全にポラリスに掌握された。
「“火山”の魔物とは相性がいいのよ。残念だったわね」
「フシュー」
スルトの身体は凍り付いてはいなかった。全身から放たれる熱気が、常に周囲の氷を溶かしている。さすがに、Aランクのボスはこの程度じゃ倒れないか。しかし、やや動きづらそうだ。
「恐ろしい能力ですね。ぜひ喰らいたい」
「お前には勿体ねえよ。……スルトの身体って喰えるのか?」
「食べられる魔物を、わざわざ貴方の前に出すはずないでしょう」
マグマの肉体……どうやって食べればいいのか皆目見当がつかない。ポラリスに頼んで氷にしてもらおうかな。
などと考えるくらいには、気持ちの余裕が生まれてきた。
「スルトは私が倒すわ。“火山”のボスにはいずれ挑もうと思っていたの」
「任せた」
短く、やり取りを済ませる。
終わるのを敵が待ってくれるはずがなく、スルトと武者が同時に跳びかかってきた。
「“灼熱術師”“蒸気機関”」
「ははっ! 寒そうだな!」
俺は“鱗甲”のおかげで、なんともない。
武者も各ギフトで対応しているようだが、やはり動きが鈍っている。
彼の刀を“餓狼剣”で軽々と受け止めた。
「フシュー」
視界の端で、スルトが灼熱の槍を作り出すのが見えた。
スルトは槍を片手で引き絞り、ポラリスに向けて投擲した。
「“鬼呪の波動”」
あの温度だと、さすがのポラリスでも凍らせるのに時間がかかる。
だが、視界に入れば俺の効果範囲だ。空中で石化させ、無理やり温度を下げる。
「ありがとう。“氷雪断”」
そうなれば、ポラリスの氷からは逃げられない。槍は凍り付き、呆気なくレイピアで砕かれた。
「“岩石術師”“土使い”“ノーム”」
俺がよそ見したのを好機と見たのか、武者が至近距離から岩の弾丸を複数放ってくる。
「くっ……!」
“炯眼”によって、スルトを見ながらでも武者の動きは見えていたが……最初から石なので、石化のしようがない。そして、“鬼呪の波動”以外では対応が間に合わない。
石の弾丸は錐もみ回転しながら、俺の頭と心臓を狙った。
“魔王の鎧”の防御力を信じて、正面から受けるか?
「粗末な弾丸ね」
俺の後ろから、ポラリスがレイピアで精密に突き、全ての石弾の軌道を逸らした。
石弾は俺たちの横を通り越し、壁に穴を空ける。
「ありがとう! 助かった」
ポラリスが隣にいることが、こんなにも頼もしいなんて。
そして、隣に並び立てるくらい強くなれたことを嬉しく思う。
今の俺たちなら……誰にも負ける気がしない。
「フシュー」
「最後に頼れるのは刀だけですね。喰らえ、“食人刀”」
背後からはスルトの拳が。
正面からは、武者の刀が、それぞれ真っすぐ迫る。
ポラリスと背中をぴったり合わせて、それらを迎え撃つ。スルトの攻撃は、ポラリスに任せておけば大丈夫だ。俺は、前だけに集中する。
「“氷柱槍”」
「“餓狼剣”」
“餓狼剣”がうなりを上げて、武者の刀に食らいつく。武者の身体も限界で、後には引けない。
そして、鋭い牙が……ついに武者の刀を噛み砕いた。
背後……ポラリスの元では。
地面から生えた巨大な氷柱がスルトの半身を貫いていた。
「私の刀が……」
「俺の勝ちだな」
ギフトを凝縮したという刀が砕け散り、武者が目を見開く。
「フシュー……」
「今度、万全のあなたに会いに行くわね。こんな環境じゃ、本気で戦えないでしょう? 本来はマグマの中を移動し、マグマを自在に操ると聞いているわ」
……なぜか、ポラリスがスルトと友情を育んでいる。
本来の場所でなくともここはボスエリアの結界外なんだし、普通に戦ったら相応に強かったはずだが……初手の“ニブルヘイム”が決まりすぎたな。
「ポラリス、倒すぞ」
「ええ、終わりにしましょう」
感想戦は後からでいい。スルトとは、これからもいくらでも戦える。
“餓狼剣”を肩に担ぎ、武者の前に立つ。
彼は諦めたように、呆然と立っている。
「なあ、なんで魔神教会に入ったんだ?」
「あなたは知らないでしょう。迷宮都市は魔物という明確な敵がいる分、人間同士の争いは少ない。ダンジョンのない遠くの国などは、常に人間の国同士で戦争していますよ。私は、それを止めたかった……」
「……魔物に支配される世界のほうがマシだと?」
「それなら少なくとも、戦争だからという理由だけで人を殺すような世界ではなくなります」
俺の知らない世界だ。
たしかに、魔物が闊歩している世界では戦争なんてしている暇はないだろう。
「それが良い世界なのかは、俺には判断できない。だが、俺の目的とは相容れない。だから、止めさせてもらう」
「それで十分です。正義などと言われるよりも、よほど」
武者は憑き物が落ちたような顔で、目を閉じた。
「殺しはしない。俺が喰らうのは……お前の中のギフトだ」
魔物が魔神の眷属であり、“魔物喰らい”がその力を喰らっているのだと言うのなら。
同じく魔神のギフトである武者の能力も、喰えない道理はない。
「“魔物喰らい”」
俺のギフトは、今度は口からではなく手から出てきた。
黒い、液体のような影だ。狼の顎のようにぱっくりと口を形作ると、どんどん大きくなって武者を丸ごと呑み込んだ。
「いただきマス」
スキルは獲得しなかった。
でも、彼のギフトが純粋なエネルギーとなって、体内に取り込まれていくのを感じる。
「罪はしっかりと償ってくれ。最後は人間らしく、な」
「承知しました」
ただの人間に戻った武者が、仰向けに倒れて空を眺めた。
間違いなく、今までで一番の強敵だった。
「エッセン、こっちも終わったわ」
「なに? 結局喰らうチャンスなかったな」
「ふふっ。それなら今度一緒に“火山”に行きましょう? ……もう、一緒に戦っていいのよね?」
「ああ。――待っててくれてありがとう」
「ううん、全然」
ポラリスが本当に嬉しそうにはにかんだ。
問題はまだ山積みだが……今はこの幸せを噛みしめよう。
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