第91話 餓狼剣

 ポラリスの案内で、空から大聖堂に辿り着いた。

 そういえば。ウェルネスの別荘に突撃する時も空から行ったな……なんて、関係ないことが脳裏い浮かぶ。


 さすがに今回は窓を突き破ったりせず、普通に入口から入った。


「これは……酷いな」


 異変は一目でわかった。

 通路に、切り捨てられた神官や兵士が大勢いたからだ。


「急ぎましょう」

「ああ」


 弔っている暇はない。

 中には息がある人もいて、呻いているところを見ると武者が来てからそう時間は経っていないだろう。救護活動は慌ただしく動いている使用人や医者に任せて、俺たちは先を急ぐ。


 そして、最奥の広間に入った時……ちょうど、武者が少女に刀を振り下ろしているところだった。


「……っ、“健脚”」


 咄嗟にスキルを使い、地面を蹴った。

 間に合え……!


「“大牙”“毒牙”“吸血”“大鋏”そして……“エンシェントティラノの牙刃”」


 “太古の密林”のボス、エンシェントティラノ。上級のボスを二十八体も立て続けに倒せたのは、この魔装のおかげだ。


 “牙刃”は、手のひらから巨大な牙を生やすスキルだ。

 それと、他のスキル融合させる……。


「喰らえ――“食人刀”」

「させねえよ。魔装――“餓狼剣”」


 少女と武者の間に割り込んで、魔装を発動させる。

 俺の手元に現れたのは、一振りの大剣だ。刃に当たる部分には牙がびっしりと並び、毒と血が滴っている。


 “餓狼剣”で、武者の刀を正面から受け止めた。


「待たせたな、“人間喰らい”」

「やはりあなたですか。“魔物喰らい”」


 なんとか間に合った!


 見たことはないけど、この少女がたぶん神子。そして後ろで倒れているのはフェルシーか?

 とにかく、二人とも生きている。


「ポラリス、二人を安全なところへ!」

「わかったわ」


 ポラリスが二人を抱きかかえる。

 見た目は細いけど、さすが武闘派の冒険者、軽々と担いでいる。


「逃がしませんよ」

「この前とは立場が逆だな」


 追おうとする武者に斬りかかる。

 “餓狼剣”は飢えた獣のような剣だ。軽く切りつけるだけで血液を吸いあげ、毒を流し込む。深く切り込めば、牙が肉をえぐる。

 上級のボスですら数回で絶命させる武器だ。武者といえど、無視できない。


「“剣豪”“侍”“騎士王”」

「“魔王の鎧”」


 互いに、己の肉体を強化し、得物を構える。

 条件はほぼ同じだ。


「追うのはあなたを倒してからにしましょう」

「あの時殺さなかったこと、後悔させてやる」

「いえ、今もあわよくば勧誘しようと思っておりますよ。その姿、そこらの魔物よりも魔物らしい。どこぞのボスエリアにいても違和感ありません」

「最近、褒め言葉に聞こえてきたな」


 魔物っぽい。ああ、それが俺だ。


 魔物の力で強くなったのだから、それを否定することはできないし、しない。


「この食人刀は、使用頻度の低いギフトを全て凝縮して刀の形にしたものです。いわば、喰らってきた人間たちの魂……濃密な力の塊。あなたに防げますか?」

「飢えた獣が一番恐ろしいってこと、教えてやるよ。その刀は喰えたもんじゃねえけどな」


 これ以上の会話は無用だ。

 どうせ、俺たちは相容れない運命だ。


 “魔王の鎧”で大幅に上昇した身体能力で、武者と剣を交える。


 なぜ武者が魔神教会にいて、魔物の世の中を望むのか。理由なんて知らないし、もしかしたらなにか深い理由があるのかもしれない。

 でも、関係ない。俺にも譲れないものがあるから。


 だから、恨みじゃないし、怒りでもない。

 俺は俺の信念のために、武者を倒す。


 そして始まる、高速戦闘。


 武者が次々と繰り出す斬撃を、丁寧に“餓狼剣”で防いでいく。下手に鍔競り合いをしようものなら、餓狼剣から伸びた牙が刀そのものや武者を喰らおうとするから、武者はすぐに引かざるを得ない。

 だが、俺にも余裕はない。武者の動きは“魔王の鎧”を使った俺よりも速く、斬撃は一回一回が必殺級。油断はできない。


 でも前回戦った時は、まともに防ぐことも、攻撃することもできなかった。

 それが今回は、戦えている。


 どころか、やや押している。

 “餓狼剣”は武者を一撃で倒せるポテンシャルがある。そのため、武者は慎重になっているのだ。


「……“水流術師”“雨乞い”“ウンディーネ”」

「“鬼呪の波動”」


 痺れを切らした武者が、水の魔法を発動する。

 即座に魔法の発生源ごと水を石化させる。


 “鬼呪の波動”という魔装は、色々試した結果、魔物本体を石化させるには至らないが、それ以外であれば視界に移るものを自由に石化させられる。

 魔法など、取るに足らない。


「“迅雷砲”」

「“盾使い”“空気使い”“金剛”“力士”」


 お返しとばかりに放った帯電した衝撃は、武者の貼り手によってかき消された。


 ここまで来ると、小細工は無意味だ。

 互いに最高の攻撃力が武器である以上、こちらで決着を付ける必要がある。


「千日手ですね。仕方ありません。使う気はありませんでしたが……」


 武者が懐から、紫色の宝玉を取り出した。高く掲げ、拳で握り割る。


「それは……!」

「降臨せよ。スルト」


 それは、人型の魔物だった。

 身の丈は武者より少し大きいくらい。全身がマグマのようにぐつぐつと赤く煮えたぎっていて、目と角だけが黒い。


 炎の悪魔。そう表現するのがしっくりくる。


「あれは“破軍の火山”……Aランクダンジョンのボスよ」

「ポラリス、戻ってきたか。じゃあ大丈夫だな」

「ええ。二人なら、負ける気しないもの」


 神子とフェルシーを運び終わったポラリスが戻ってきた。


 敵は強大だ。しかし、不安はなかった。

 ポラリスと二人でなら、勝てる。


「こちらも二人であることをお忘れなく」

「フシュー……」


 俺たちを挟み撃ちするように、武者とスルトが立った。


 ポラリスと背中合わせに、剣を構える。


「終わらせるぞ」

「ええ」

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