第88話 ex.案内者

 下級地区、豊神の廃教会にて……。


「はぁ……はぁ……」


 “炎天下”キースが戦い初めてから、実に五時間が経った。

 未だ、魔物の召喚は止まらない。


「キースさん!」

「大丈夫だ! 動くな」

「でも、そんなにボロボロで……」

「問題外だ。俺は最強の冒険者だぞ」


 Aランク三体、Bランク五体、Cランク以下を合わせれば、合計で五十体ほど。

 キースが廃教会の中で倒した、魔物の数である。


 上位の魔物ほど、発生のペースは遅い。

 それでも、常に複数の魔物相手に戦い続けている。対多数を得意とし、単独で高い火力を発揮することができるキースでなければ……とっくに殺されていただろう。


 否、彼であっても既に満身創痍だ。


「それより、扉は開かないのか?」

「さっきから試しているんですけど……」

「ふん、まあいい。魔物を殺し尽くすから待っていろ。そうしたら、壁に穴を空けてやる」


 老師と魔神の神子という、魔神教会の手合いは、とっくにこの場を離れた。


 だというのに、魔物の召喚は止まらない。

 おそらく持続的に召喚を続ける魔法でも使っているのだろうが、その止め方はわからなかった。


 手当たり次第に魔法陣がある場所を破壊してみたりもしたが、特に効果はなかった。


「でも、壁もなにか魔法がかかっているようで……」

「……ちっ、こいつらがいなければ脱出に集中できるというものを」


 魔神教会が動き出すという夕刻まで、もう幾ばくも無い。

 彼らの計画を知っているのになにもできないことに歯噛みする。キースはその怒りを炎に込めて、また一体、魔物を吹き飛ばした。


 あるいは、二人で逃げるだけなら不可能ではないかもしれない。

 しかしその場合、この魔物たちが下級地区に解き放たれる。


 それは、魔物の氾濫で故郷を失ったキースにとって、絶対に看過できないことだ。

 同時に、ダンジョンで氾濫を起こそうとしている魔神教会の計画も止めないといけない。歯がゆい思いを感じながら、ひたすら魔物を倒している。


 倒しても倒しても終わらない。そのことに、少し挫けそうになる。

 しかし……。


「あの戦闘馬鹿なら、喜んで戦うんだろうな」


 嬉々として魔物に噛り付く変態冒険者を思い浮かべる。

 エッセンなら、ランキングを上げられる状況に大喜びだろう。


 そのことを思い、自然と笑みが漏れる。


「負けられんな」


 ここを乗り切れば、キースも中級になれるだろう。

 最強までの道のりは、未だ遠い。それを自覚してなお、彼は最強を自称する。


「“ヘリオス”」


 身に宿すは、太陽そのもの。


 空気が歪むほどの熱気が、廃教会を満たす。

 瞬間、低ランクの魔物たちは自然に発火し、灰となった。


 Bランクの魔物であっても、彼には近づけない。


「私もなにかしないと……」


 エルルは胸の前で、ぎゅっと両手を握った。


 また、守られているだけだ。

 ヴォルケーノドラゴンの時も、今回も。いや、普段の生活も、冒険者に守られ続けている。


 冒険者のサポートが受付嬢の仕事だ、なんてカッコつけて言っていたけれど、命を張るのはいつだって冒険者だ。

 自分は、安全なギルドで働いているだけ。今も、彼の背中を見つめるばかりで、なんの助けにもなっていない。


 商人としても中途半端だ。

 雇われて受付業務をしているけれど、自分の手でお金を生み出しているわけではない。


 それでも自分なりのプライドを持って働いていた。

 でも、いざ危機に陥った時、自分にできることはなにもないことに気が付く。


 財神のギフトにも、驚くほど有用なものもある。それこそ、世界を変えてしまえるほどの強力なギフトが。

 影響の範囲を考えれば、旅神のギフトよりも力があるかもしれない。

 たとえば、今の貨幣システムを作り上げ、維持しているのは財神のギフトである。経済は、財神なしでは成り立たない。


 でも、エルルが持つのは“案内者”という、極めて限定的で小規模なギフト。


 街を襲う魔物の危機に、大切な人のピンチに、なにもすることができない。


「エッセンさんが、困ってるのに……」


 優しい、年下の冒険者。

 大したことをしていないのに、大げさに感謝してくれる。身を挺して守ってくれる。

 そんな彼に、なにも返せていない。


 このままでは、エッセンもキースも、街の人たちも、みんな失ってしまう。


「そんなの、ぜったい嫌です」


 余談だが――。

 ギフトは、使用者の望みによって成長する。最初から決まっているわけではない。必要に応じて、新たな能力が発現するのだ。


 エルルのギフト“案内者”は、使用者を導くギフト……。望む方向に、道を案内する能力だ。進化すれば、あるいは未来を見通す能力にもなっただろう。


 だが、今必要なのはそんなスキルじゃない。


「エッセンさんを助けたい……。お願い、財神」


 エルルは祈るように目を閉じた。


 その時。


『スキル“言の葉書”を与える』


 エルルの脳内に、財神の声が響いた。


「これは……」


 スキルはすっとエルルの体内に溶け込み、すぐに使えるようになった。

 使い方は手に取るようにわかった。


「“言の葉書”」


 それは、音を導き、届けるスキル。

 商人としての使い方はいくらでもある。

 でも今は、それよりももっと届けたい言葉がある。


 エルルの前に、手のひらサイズの白い鳥が現れた。


「エッセンさん……」


 エルルの言葉を聞き届けた鳥は、壁を抜けて飛び立った。

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